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 夜明け前に目が覚めた。
 と言っても、不安で起きたわけではなく、体内時計が起きろと伝えてきたのだ。

 キリル様の起床時間も頭に入っているので、それまでには朝食を作り、暖かい状態でお出ししたい。ただ、環境が変わったのだから、キリル様の起床もいつもと違うかもしれない。

「・・・となると、下ごしらえだけしておこうかしら」

 王家の時は日替わりの分業制、それも調理に関しては料理人のお手伝い程度だったけれど、ここでは全て自分たちで行わなければならない。キリル様もやる気になっていらっしゃるけれど、あのお方は主だ。やることは多いから、朝食を作ってからキリル様が起きるまでに洗濯をしてしまおう。

 私はキッチンではなく、ある理由のためにすぐさま外へと向かった。

「うん、大丈夫そうね」

 私は外にあった井戸を確認した。本当は生命線だから昨日のうちに確認したかったけれど、落ち着けるスペースの確保のために掃除を優先していたのと、確認しようとしたときにはもう暗くなっていたので止めてしまったのだ。

 井戸の水は上からでも水が張っているのが分かり、異臭もしない。私は紐の付いた桶を投げて、水が入ったのを確認して引き上げる。近くで見ると、とても澄んだ綺麗な水だ。私は桶から手で水をすくい、ほんの少し口に含んで味を確認する。お腹を壊してしまいそうな水ならすぐに吐き出すつもりでいたのに、

 ゴクッ

 私はすぐに飲み込んでしまっていた。

「美味しい・・・・・・」

 ここがどこかは分からない。
 けれど、山が見えて、森に囲まれているせいか、ここの水は街の水はもちろん、王家で飲む水よりも格別に美味しい。

「これなら、良い料理ができそうだわ」

 私は井戸からすくう用の紐の付いた桶から取っ手の付いた桶へと水を入れていき、両手でキッチンに近い裏口へと向かった。

「ふふふふふんっ」

 調理器具も研がないといけないかと思ったけれど、キリル様が王宮から持ってきてくださった。いつもの慣れ親しんだ包丁で食材を切って行く。今日の朝食はパンと具沢山のスープだ。私は鍋の火力と湯気から温度を確認して、食材を鍋に入れる。周りには火が飛び移って火事になるようなものはない。

「よし、とりあえず、ここまでね」

 私はエプロンを脱いで、お屋敷の中を歩いて回った。
 子どもみたいに遊びで探検したいわけでも、仕事の息抜きと言う訳じゃない。
 この屋敷でメイドとして活躍するためには、お屋敷がどんな間取りになっているか、どんな道具があるかを確認しなければならないからだ。

 ただ、一か所一か所の部屋の扉を開けると、王宮で見たことがある美術品が数多く収容されている部屋や、見たことがない民芸品が収容されている部屋、武具が収容されている部屋など、扉の向こうには自分が創造しないような物が保管されていて、仕事なのだけれど、少し扉を開けるのが楽しくなっている私がいた。
 
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