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竜司と子猫の変わる日々

僕のバイト終わりに待ち伏せされてた件

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 竜司さんがお会計を済ませてから、僕は何度も時計を確認してしまった。

 あと二十分

 バッシングを終えてテーブルセットを確認して、ふと時計を見る。

 あと十五分

 ……五分しか経ってない。
 気にしてると時間ってこんなに進むのが遅く感じるものなんだな。
 会いたい。
 早く、会いたい。

 竜司さんが僕のことを待ってくれている。

 たったそれだけのことがすごく嬉しい。
 誰も、僕のことを待っててくれなかった。
 待つのはいつも僕。
 送って行くって言ってくれたのも、竜司さんだけ。
 どんなに遅くなっても帰りは一人。
 恋人になっても、帰りはいつも一人。
 それが僕の『いつも通り』で、どんなに恋を重ねても変わらないことだった。

「ね、今度はちゃんと紹介してほしいな」
「え」

 あと十分

 布巾の片付けやあいたテーブルの紙ナプキンを補充しながらちらちらと時計を見ていたら、そんな言葉がかけられて少し驚いた。

「だから、無理、て……」
「でも、すごく恰好良い笑顔をみせてくれたし、よく目があったし、このお店のこととか聞いてくれたし、それって脈アリってことよね?」
「あの…」
「いちお、お店のカードの裏に私の番号書いたケド……知り合いっていう伊東くんから紹介してもらったほうが、あの人だって私に声をかけやすいと思うのよね」
「……っ」

 同じバイトの女の子が嬉しそうに話す内容に、鼓動が嫌な感じで早くなってくる。

「知り合いって、伊東くんのお兄さんのお友達とか?あ、親戚のお兄さんとか?とにかく見ただけで『スパダリ!』って感じだったし」

 そりゃ竜司さんは恰好良いよ。
 僕だってそう思う。
 ……けど、仕事は少しサボるし、甘い物好きじゃないし、……変態さんだし。

「……スパダリとかじゃ……」
「あの外見で普通の人だなんてありえないでしょ!?あ、まさか、やっぱり恋人がいるのかしら。だから伊東くん、紹介できないなんて言うの?」
「恋人………は、いな─⁠─⁠─」

 恋人はいない

 ……そんなこと言ったら、きっと、もっと、竜司さんのこと聞かれてしまう。興味を持たれてしまう。
 それは、嫌だ。
 竜司さんが僕以外の人の手を取るなんて……、そんなの、嫌だ。

「と、とにかく、紹介は、無理、だから」

 竜司さんは、僕だけの─⁠─⁠─⁠

 ……違う。
 僕だけの竜司さんじゃない。
 わかってる。
 わかってるけど……、竜司さんの腕は僕が掴んでいたい。

「ゴミ、捨ててくる」
「ちょっと、伊東くん…っ」

 この感情はなんだろう。
 引き止めてくる女の子に背中を向けて、カウンター奥のゴミ箱を手に持った。
 時間も丁度いい。
 厨房の人たちにも声をかけて、ゴミ出しを終えてそのままロッカーに向かった。
 着替える前にスマホを手にして、メッセージアプリを立ち上げる。

『着替えたら出るね』

 って短い文章を送ったら直後に既読がついて、可愛い黒い子猫の『了解』スタンプ。
 ……こんなに早く返事をくれる。
 竜司さんは何も言ってくれないけど、きっと、僕のこと少しくらい特別に思ってくれてるはず。
 この感情は自惚れなんだろうか。
 元彼氏の浮気現場を目の当たりにして、僕がショックを受けてるから優しくしてくれてるだけなんだろうか。……ショックなんて、すぐに消えた気もするけれど。

「……わかんないよ……、竜司さん」

 ため息はよくない。
 けど、気づいたらため息が出てた。
 竜司さんの気持ちもわからないけど、こんなことでもやもやしたり、まるで独占欲みたいな感情をもってしまう自分の気持ちもわからない。

「あ、着替えっ」

 悶々と考えすぎてた。
 慌ててエプロンを取って、白いシャツはそのままに、上から竜司さんのカーディガンを羽織る。着てきた服はエプロンと一緒にカバンの中に押し込めておけばいい。
 何も入れてないロッカーには施錠はいらない。
 大きな音が立たないようにロッカーを閉めて、従業員用の裏口に向かった。

 ……うん、ごちゃごちゃ考えるのはやめよう。
 竜司さん、すぐ近くにいるかな。
 ここの裏口はお客さん用の駐車場からは少しわかりにくいから、僕が竜司さんの車を見つければいいかな。
 でも、竜司さんの車って黒色だったから、夜だとわかりにくいかもな。

 なんか、楽しくなってきた。
 口元に自然と笑みが浮かんでしまう。
 ちょっとだけ息をついてから裏口の鍵をあけて、少し重い扉を押し開ける。
 少し冷たく感じる外気が流れ込んで、肩を竦めてしまった。
 夜にカーディガンだけは寒かったかな……。とりあえず今日はいいや。竜司さんが僕のこと待ってくれているから。
 冷たい外気の中に一歩進み出る。
 閉じた扉から鍵が閉まる音がした。
 竜司さんの車を探さなきゃ……って駐車場の方向に視線を移したとき、不意に右腕を強くつかまれた。

「のぞみっ」
「え」

 僕の腕を掴んでいたのは樋山君だった。

「話がある。バイトが終わるの待ってたんだ」

 街灯に照らされた樋山君の顔は、昼間見たように眉間にシワが寄って険しいものだった。……その目は、昼間よりも昏さを増してる気がする。
 ぞわぞわ……って背中に悪寒が走って、心臓が変な音を立て始めた。




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