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竜司と子猫の変わる日々

僕のバイト先で竜司さんから驚かされた件

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 ディナー目当てのお客さんが増える前に一度休憩に入って、まかない夕飯を食べる。時間が決まってるわけではなくて、その日の忙しさとかにもよる。
 休憩室で本日のまかないパスタを食べつつスマホを確認したら、竜司さんからスタンプが送られてきていた。

「……死んでるんだけど」

 黒猫がぺしゃっと潰れてぐったりとしてるスタンプ。一目で疲れ切ってるのがわかるやつ。
 思わず笑ってしまう。
 忙しくて疲れてるのかな。

 あ、もしかして。
 ……僕を送ってくれたから、朝も昼も、きっと仕事に遅れてるよね。そのせいで仕事が溜まった?上司の人とかに怒られた?
 ……あんなに何でもできそうな竜司さんが怒られてる姿なんて想像もできないけど、社会人なんだから時間には厳しいはず。
 もしかして僕のせい?
 スタンプが可愛いとか笑ってる場合じゃない。
 謝らなきゃ。
 絶対、迷惑かけてる。
 でも、『ごめんなさい』なんて送ったら、また気を遣わせてしまう?
 どうしようどうしようと悩んでるうちに、休憩時間が終わってしまった。結局『ごめんね』も、『頑張ってね』も、何も返せないまま電源を落としてロッカーに仕舞った。バイトが終わったら改めて連絡しよう。

 十七時を過ぎる頃から、夕食目的のお客さんが少しずつ入ってくる。
 ピークの十八時には、平日でも八割位はテーブルが埋まる時があって、ホールは僕の他にあと二人でまわしていく。まあ、暇なときは暇だから、早上がりとかするんだけど。
 今日は週初めってこともあって、十八時半過ぎにはだいぶ空席が目立ってた。
 食器を下げに行ったとき、「二十時あがりでいいよ」って言われた。
 二十時か。少し早い。着替えたらすぐ連絡入れよう。
 ……明日は朝イチの講義はないから、もしかしたら会える、のかな。
 ……や、金曜日にはお泊まりだし、お昼に会ったときには何も言われてない。朝もお昼も僕に時間を使って上司の人に怒られてるんだろうし、仕事が沢山なんだろうし、会えるかもなんて期待しちゃ駄目だ。
 そもそも、僕と竜司さんの間にはちゃんとした関係を示す言葉だってないんだから。

 ……自分の思考に胸がなんだかチクチク痛んだ。
 覚えのある痛みのようなのに、なんの痛みなのかわからない。ただ理解できるのは、期待して裏切られたら、この痛みが強くなるってことだけ。
 馬鹿だなぁ、僕。
 裏切るも何も、竜司さんと僕の間にはなんの関係もないんだから、期待するのも、裏切られたと感じるのも、全部僕の身勝手な考えなのに。
 ……あんまりにも竜司さんが僕に優しいから、甘えてしまってるだけ、だ。他に理由なんて、ない、はず。

 またしてもチクチクと胸が痛み始めたとき、来店を告げるベルが鳴った。

「いらっしゃいませ─⁠─⁠─⁠─⁠」

 拭いていたテーブルから顔を上げて来店したお客さんを確認して、僕の思考がまた止まる。

「何名様ですか?」
「一人だけど─⁠─⁠─⁠─⁠」

 ウェイトレスの女の子の少し高くなった声。
 それから、この三日間で聞き慣れた低めの心地の良い声。

 え、なんで。

 固まった僕に視線を合わせて、少し意地悪に笑う竜司さん。

「こちらにどうぞ」

 女の子が竜司さんを席に案内する。……なんとなく、店内にいる女性客からの視線も竜司さんに流れてる気がする。
 心臓がバクバクしてる。
 こんなの聞いてない。

「あ、僕が持っていくから」

 水を持っていこうとした女の子の横から手を出した。……いつもの僕なら絶対そんなことしないけど。

「え、伊東くん?」
「……あの人、僕の知り合いなんだ」
「そうなの?」

 女の子は僕と竜司さんを見比べてから、グラスの乗ったトレイを僕に渡してくれた。

「伊東くんの知り合い…って、すんごい恰好良い人なんだけど…!ね、ね、お願い、今度紹介してくれないかな!?」

 小声でもテンションが高くなった女の子の声。ホールに筒抜けになってないといいけど。

「それは……ごめん、ちょっと、無理かも」
「えー」

 非難めいた声音を聞きながら、メニューに視線を落としてる竜司さんのところに向かった。
 女の子が案内した席は、比較的奥まった場所で、周りのテーブルはさっきあいたばかりだ。

「い、らっしゃぃ、ま、せ」

 水の入ったグラスをテーブルに乗せるだけなのに、手も声も震えた。
 竜司さんはメニューから視線を上げて僕を見ると、また柔らかに微笑んで……、や、苦笑した。

「なんでそんなに緊張してるんだよ」
「……っ、だって」

 すごく、小声で。店内BGMでこれくらいの声なら他のお客さんには聞こえないはず。

「……来る、なんて、言ってなかった……っ」
「のぞみを驚かせたかったんだよ。来ないほうがよかった?」
「……ううん。来てくれて、嬉しい」

 会えた。
 来てくれた。
 嬉しすぎて、緊張する。

「……そのエプロン姿、似合ってる」
「っ」

 細めた目は、僕を上から下まで眺めてた。
 ……なんか、服を着てるのに、視姦されてる気分になってきて恥ずかしい。
 竜司さんの手はそわそわと少し動いては、テーブルの上に戻っていった。……もしかして、頭を撫でようとしてくれたのかな。竜司さん、よく撫でてくれたから。



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