63 / 67
竜司と子猫の変わる日々
僕が少しおかしくなってる件
しおりを挟む竜司さん。
僕は少しおかしいのかもしれない。
「のぞみ、だし巻き卵作れる?」
「え」
何故か竜司さんの膝の上で、何故か竜司さんに手ずから食べさせてもらった僕。
竜司さんは小鉢を一つ手に取ると、また僕に食べさせてくれる。
お煮しめ、美味しい。
「無理ならいいんだ」
「や……、作れるとは、思うけど」
でも…と、半分くらいなくなっただし巻き卵を見た。
上品で、とても美味しいものが目の前にある。
竜司さんはこのお店によく来るらしいし、僕の作るだし巻き卵なんて、ここのに比べたら……、ううん、違う。比べるまでもない。これほど美味しいものなんて作れない。
「……こんなに美味しく作る自信ないよ」
だし巻き卵に限らず、こんなに美味しい料理を食べてる竜司さんなんだから、満足してもらえるものを僕が作れるなんて思えない。
……昨日の朝食は、料理と言うには簡単なものだったし。
……それに、大して得意でもない料理を押し付けて、竜司さんに呆れられたくない。
「のぞみ」
「ん」
体を屈めた竜司さんが、後ろから僕に頬ずりしてきた。それから、反対側の頬を手でムニムニと揉まれてしまう。
「変なこと考えてるだろ」
「……へんなこと?」
僕は竜司さんの膝の上で、背中を向けて座ってる。だから、僕の表情が竜司さんに見えるわけないんだけど────
「俺はのぞみの手料理が食べたい。毎日だって食べたい。だし巻き卵は俺の好物だから、のぞみが作ってくれたらそれ以上に嬉しいことなんてない。失敗してもいい。きっとのぞみは俺のために頑張って練習してくれるだろうし」
「竜司さん」
「お前が俺のためにしてくれることを、俺が嫌がるはずないだろ?」
本当に?
「信じろ。俺は嘘は言わん」
揺るがない声音に胸がぎゅって痛くなった。それから、お腹の奥が熱くなってくる。
「作ってくれるか?」
「……ん、うん」
頬からお腹に移動した竜司さんの腕には、僕を捉えて離さないように力が込められた。
この腕が、いい。
力強くて、熱くて、安心できる。
「のぞみ」
……降ってくるキスも、好き。
竜司さんは、僕の恋人じゃない。多分、セフレでもない。けど、何故か、今一番僕に近い人で、僕のことを理解してくれる人だ。
ただのマッチング相手。
竜司さんにとっては、マスターからお願いされたって理由だけの付き合いかもしれないけど。
「ん」
厚みのある舌が口の中を這い回る。
はふ…って口を離したら、竜司さんの口元は笑みの形をしていて、離れた僕の唇をぺろりと舐めた。
「週末、楽しみにしてる」
「……ん」
竜司さんはずっと楽しそうだった。
この笑った顔、ずっと見ていたい。
週末のお泊り予定の日まで、頑張って練習しておかなきゃ。
……そういえば、昨日はオムライスを作って、って言われた。
竜司さん、卵の料理好きなのかな。
そうだ。
昨日だって、僕の料理が食べたいって言ってくれたんだから、きっと、大丈夫。
何度もキスで食事を中断されながらも、なんとか食べ終わった。最後はちゃんと?竜司さんの口にデザートも押し込んだし、完璧だったと思う。
竜司さんとの食事があまりにも楽しくて、お店を出る頃にはもうすっかりと樋山君とのことを忘れていた。
バイト先のアリスまで送ってくれた竜司さんは、僕が車を降りるときに「往来だから」と言って、僕の頭をなでた。
見られないところならキスをしたかったらしい。唇も撫でられながら言われて顔が熱くなった。
ふわふわで、胸の奥が温かい。
「伊東くん、何かいいことでもあった?」
「え」
黒いエプロンを腰に巻いて裏からフロアに出るとき、すれ違った店長からそんな言葉をかけられた。
「いつもより可愛い顔してる。………あー、これ」
可愛い顔ってなに。
そんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡ってる間、店長はポリポリと頭をかいて困ったような顔をした。
「セクハラになる?」
「え」
「ほら、今そういうの厳しいでしょ」
「僕は別に……。でも、可愛い顔、て」
「ああ、うん、いつも可愛いんだけど、あ、違う違う」
……僕は何も言わないまま、店長は何度か言葉を選んで直して、はぁ、とため息を付いた。
「いつもより口角が上がってて、可愛………幸せそう?な、顔してるから」
「……幸せそう、ですか?」
「うん」
幸せ、なんだろうか。
店長が何度も僕を『可愛い』って言うことには何も感じない。嬉しいも、嫌もない。
『のぞみは可愛いな』
不意に思い出すのは竜司さんの眼差しと言葉。
思い出すだけで胸の中はもっとほわほわでポカポカになる。
嬉しい。
竜司さんにそう言われるのも思われるのも嬉しい。
それが幸せ、なんだろうか。
ほら。
やっぱり僕はおかしい。
竜司さんのことばかり考えてるし、竜司さんの喜ぶ顔が見たいし、竜司さんに『可愛い』って言ってほしいし。
僕の中が全部全部竜司さんで染まってく。
それが、全然嫌じゃない。
「────から、今度の休みに二人で」
「あ、それじゃ僕、フロアに出ますね」
「え?あ、ああ、うん、え、と」
「店長、これから休憩ですよね。すみません。お邪魔しました」
「あ、いや」
店長は何故かまだ困ったような顔をしたままだったけど、きっとまだセクハラだなんだと悩んでたんだろう。
「大丈夫です。セクハラとか思ってないので!」
完璧な笑顔を作れたと思う。
こころなしか店長の顔が引きつっていたように見えたけど、気にしない。気にしたほうが失礼な気がするし、余計に気を遣わせちゃうかもしれないし。
店長にペコってお辞儀をしてから裏を抜けてフロアに出た。
ランチの一番忙しい時間からは少しずれているけど、店内はまだそれなりにお客さんがいる。
気を引き締めていかないとね。
*****
ゆっくりですみませんm(_ _;)m
182
お気に入りに追加
1,514
あなたにおすすめの小説
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

兄たちが弟を可愛がりすぎです
クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!?
メイド、王子って、俺も王子!?
おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?!
涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。
1日の話しが長い物語です。
誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる
ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。
※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。
※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話)
※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい?
※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。
※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。
※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。
【完結】お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
第12回BL大賞奨励賞いただきました!ありがとうございます。僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して、公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…我慢の限界で田舎の領地から家出をして来た。もう戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが我らが坊ちゃま…ジュリアス様だ!坊ちゃまと初めて会った時、不思議な感覚を覚えた。そして突然閃く「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけにジュリアス様が主人公だ!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。だけど何で?全然シナリオ通りじゃないんですけど?
お気に入り&いいね&感想をいただけると嬉しいです!孤独な作業なので(笑)励みになります。
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる