僕を裏切らないと約束してください。浮気をしたら精算書を突きつけますよ?

ゆずは

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竜司と子猫の変わる日々

僕が少しおかしくなってる件

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 竜司さん。
 僕は少しおかしいのかもしれない。





「のぞみ、だし巻き卵作れる?」
「え」

 何故か竜司さんの膝の上で、何故か竜司さんに手ずから食べさせてもらった僕。
 竜司さんは小鉢を一つ手に取ると、また僕に食べさせてくれる。
 お煮しめ、美味しい。

「無理ならいいんだ」
「や……、作れるとは、思うけど」

 でも…と、半分くらいなくなっただし巻き卵を見た。
 上品で、とても美味しいものが目の前にある。
 竜司さんはこのお店によく来るらしいし、僕の作るだし巻き卵なんて、ここのに比べたら……、ううん、違う。比べるまでもない。これほど美味しいものなんて作れない。

「……こんなに美味しく作る自信ないよ」

 だし巻き卵に限らず、こんなに美味しい料理を食べてる竜司さんなんだから、満足してもらえるものを僕が作れるなんて思えない。
 ……昨日の朝食は、料理と言うには簡単なものだったし。
 ……それに、大して得意でもない料理を押し付けて、竜司さんに呆れられたくない。

「のぞみ」
「ん」

 体を屈めた竜司さんが、後ろから僕に頬ずりしてきた。それから、反対側の頬を手でムニムニと揉まれてしまう。

「変なこと考えてるだろ」
「……へんなこと?」

 僕は竜司さんの膝の上で、背中を向けて座ってる。だから、僕の表情が竜司さんに見えるわけないんだけど─⁠─⁠─⁠─⁠

「俺はのぞみの手料理が食べたい。毎日だって食べたい。だし巻き卵は俺の好物だから、のぞみが作ってくれたらそれ以上に嬉しいことなんてない。失敗してもいい。きっとのぞみは俺のために頑張って練習してくれるだろうし」
「竜司さん」
「お前が俺のためにしてくれることを、俺が嫌がるはずないだろ?」

 本当に?

「信じろ。俺は嘘は言わん」

 揺るがない声音に胸がぎゅって痛くなった。それから、お腹の奥が熱くなってくる。

「作ってくれるか?」
「……ん、うん」

 頬からお腹に移動した竜司さんの腕には、僕を捉えて離さないように力が込められた。
 この腕が、いい。
 力強くて、熱くて、安心できる。

「のぞみ」

 ……降ってくるキスも、好き。
 竜司さんは、僕の恋人じゃない。多分、セフレでもない。けど、何故か、今一番僕に近い人で、僕のことを理解してくれる人だ。
 ただのマッチング相手。
 竜司さんにとっては、マスターからお願いされたって理由だけの付き合いかもしれないけど。

「ん」

 厚みのある舌が口の中を這い回る。
 はふ…って口を離したら、竜司さんの口元は笑みの形をしていて、離れた僕の唇をぺろりと舐めた。

「週末、楽しみにしてる」
「……ん」

 竜司さんはずっと楽しそうだった。
 この笑った顔、ずっと見ていたい。
 週末のお泊り予定の日まで、頑張って練習しておかなきゃ。
 ……そういえば、昨日はオムライスを作って、って言われた。
 竜司さん、卵の料理好きなのかな。
 そうだ。
 昨日だって、僕の料理が食べたいって言ってくれたんだから、きっと、大丈夫。




 何度もキスで食事を中断されながらも、なんとか食べ終わった。最後はちゃんと?竜司さんの口にデザートも押し込んだし、完璧だったと思う。
 竜司さんとの食事があまりにも楽しくて、お店を出る頃にはもうすっかりと樋山君とのことを忘れていた。
 バイト先のアリスまで送ってくれた竜司さんは、僕が車を降りるときに「往来だから」と言って、僕の頭をなでた。
 見られないところならキスをしたかったらしい。唇も撫でられながら言われて顔が熱くなった。
 ふわふわで、胸の奥が温かい。

「伊東くん、何かいいことでもあった?」
「え」

 黒いエプロンを腰に巻いて裏からフロアに出るとき、すれ違った店長からそんな言葉をかけられた。

「いつもより可愛い顔してる。………あー、これ」

 可愛い顔ってなに。

 そんな疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡ってる間、店長はポリポリと頭をかいて困ったような顔をした。

「セクハラになる?」
「え」
「ほら、今そういうの厳しいでしょ」
「僕は別に……。でも、可愛い顔、て」
「ああ、うん、いつも可愛いんだけど、あ、違う違う」

 ……僕は何も言わないまま、店長は何度か言葉を選んで直して、はぁ、とため息を付いた。

「いつもより口角が上がってて、可愛………幸せそう?な、顔してるから」
「……幸せそう、ですか?」
「うん」

 幸せ、なんだろうか。
 店長が何度も僕を『可愛い』って言うことには何も感じない。嬉しいも、嫌もない。



『のぞみは可愛いな』



 不意に思い出すのは竜司さんの眼差しと言葉。
 思い出すだけで胸の中はもっとほわほわでポカポカになる。
 嬉しい。
 竜司さんにそう言われるのも思われるのも嬉しい。
 それが幸せ、なんだろうか。

 ほら。
 やっぱり僕はおかしい。
 竜司さんのことばかり考えてるし、竜司さんの喜ぶ顔が見たいし、竜司さんに『可愛い』って言ってほしいし。
 僕の中が全部全部竜司さんで染まってく。
 それが、全然嫌じゃない。

「─⁠─⁠─⁠─⁠から、今度の休みに二人で」
「あ、それじゃ僕、フロアに出ますね」
「え?あ、ああ、うん、え、と」
「店長、これから休憩ですよね。すみません。お邪魔しました」
「あ、いや」

 店長は何故かまだ困ったような顔をしたままだったけど、きっとまだセクハラだなんだと悩んでたんだろう。

「大丈夫です。セクハラとか思ってないので!」

 完璧な笑顔を作れたと思う。
 こころなしか店長の顔が引きつっていたように見えたけど、気にしない。気にしたほうが失礼な気がするし、余計に気を遣わせちゃうかもしれないし。
 店長にペコってお辞儀をしてから裏を抜けてフロアに出た。
 ランチの一番忙しい時間からは少しずれているけど、店内はまだそれなりにお客さんがいる。
 気を引き締めていかないとね。










*****
ゆっくりですみませんm(_ _;)m
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