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竜司と子猫の変わる日々

竜司は子猫の妄想が止まらない

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「おい、今何時だと思ってやがる。俺が何回電話したかわかってんのか!?」

 オフィスが入ってるビルについた途端、エントランスで待ち構えていた中濱なかはま慎也しんやが目を吊り上げながらそう怒鳴ってきた。

「おはよう、慎也」
「ああ、おはよう………って、そうじゃない!」
「まあまあ。副社長のお前がいれば問題ないだろ?」

 慎也は眉間に深い皺を刻みながら、盛大なため息をついた。

「だとしても社長はお前だこの馬鹿野郎が。ほら会議の資料。歩きながら頭に叩き込めっ」
「ああ」
「……お前のことだからどうせ遊んで羽目を外しすぎてたんだろ。今度は男か、女か」
「子猫だ」
「は?」
「子猫を拾った」
「は?」
「可愛くて仕方ない。尻尾の先まで毛を逆立ててかと思えば、すぐ懐いて腹を出して甘えてくる」
「は?」
「だが甘え下手で人一倍傷つきやすい、繊細な子猫だ」
「……お前、動物飼うの?」
「飼えるものならもうさっさと鎖に繋いでるな」
「……どこかの飼い猫か?」
「いや。……ああ、あえて言うなら、大志が親猫だ」
「……意味わかんねぇんだけど。大志が飼い主ってこと?」
「子猫は俺のペニスを難なく飲み込むんだ。……ああ、身体の相性もいいってやつなんだろうな」
「え………、は…………?」
「小さな体で健気に俺に寄り添ってくる……。たまらない」
「……竜司、お前、まさか獣姦なんて扉を」
「は?」
「女にも男にも飽きて、小動物に手を出したのか……?」

 何を言ってるんだ。
 呆然と立ち尽くした慎也に、今度は俺が盛大なため息をついた。




「……大学生の男なら、それならそうと早く言ってくれ……。どうしてくれんだ。さっきの会議何一つ頭に入ってないぞ……俺……」
「男というよりも男の子。いや、子猫だ。俺の可愛い子猫。あれで成人してるというんだから、社会人になったら大変そうだ。……ああ、そうだ。他に行く選択する前にここに就職させればいいんじゃないのか?」
「……その子の意思とか、ちゃんと確認しろよ。とにかくだ、仕事はやれ、全うしろ、決められた時間に出社しろ」

 慎也は大志と同じ腐れ縁の『仲間内』だ。だから、俺の性格も私生活も十分把握してるし、俺に対して遠慮はない。そして俺も隠すようなことはしない。
 実家は兄が継ぐだろうし、俺としては後腐れなく仕事ができればいいと考えていた。別に、親から離れようだとか、家を継げないことへの反発心とか、そんなもんじゃない。
 ただ、自由にやりたかった。
 慎也と共に始めた二人だけの会社も、気がつけばそれなりに大きくはなっていた。

 子猫はまだ二年か。
 卒業までまだ二年以上。
 その間に入籍……いや、その間に、なんて悠長なことは言ってられない。もう年内だ。年内には子猫のすべてを手に入れてしまいたい。

「なあ、俺の匂いが好きだとか包まれていたいとか、それってもう俺のことが好きになってるよな?」
「……嫌いな相手の匂いを心地よく感じたりはしないだろうな」
「だよな?……ならきっかけだな。きっかけさえあれば子猫は俺のものだ」

 子猫が俺への想いに気づいたら、俺にその想いを伝えてきたら、即座に俺も伝えよう。行動に出よう。

「子猫は俺の秘書だな。家でも会社でも子猫を愛でられるなんて、これ以上幸せなことはないと思わないか?よし。秘書だ。秘書に決定だ。俺の目の届かないところに配属なんかしたら、俺の仕事が進まなくなる」
「……その子猫ちゃんが傍にいたらいたで、お前は仕事を放置しそうだがな……」

 慎也は何故か長いため息をついた。
 まあ、いいか。
 
『社長……駄目です、こんなところで』

 少し大人びた容貌にスーツを纏った体をデスクの上に押し倒したら、子猫は顔を赤くしながらそんな事を言うに違いない。

『竜司……さ、ん』

 妄想の中の子猫がグレーのカーディガンを羽織った姿に変わった。

『匂いつけて……いっぱい……』

 カーディガンの下は素肌だ。
 甘えるように俺に両腕を伸ばして、首にしがみついてくる子猫。
 慎ましく閉じていたはずの蕾には、子猫のディルドコレクションの一つがずぷりと挿っていて─⁠─⁠─⁠

「慎也」
「なんだよ」
「抜いてくる」
「ああ……。……って、は!?」
「子猫の破壊力が凄まじかった」
「おま……っ」

 慎也の喚く声が聞こえるが……まあいいか。




 午前の仕事に目処がついたのは正午になろうかという時間だった。
 手元においてあるスマホに子猫からの連絡はない。あるのは仕事絡みのものばかりだ。

「昼、食べに行くか」
「ああ」

 慎也もあらかた片付けたのかデスクから立ち上がっている。
 俺も返事をして立ち上がってから、子猫も昼あがりだと思い出した。

「慎也、昼は一人で摂ってくれ」
「あ?」
「子猫を補充してくる」
「補充って……お前」

 訝しげに聞いてくる親友に、苦笑が漏れた。

「別に襲いにいくとかぐっちゃぐちゃにしてくるとか、そんなことは考えてないぞ?」
「……お前の今までの素行の悪さがあるからな。大志ひろゆき孝明たかあきも、『ちょっと補充』なんて言葉聞いたら俺と同じことを思うに決まってる」
「……どんだけ信用ないんだ、俺」
「そういう生活をしてたお前の自業自得だ」

 返す言葉もない。
 まあ……確かに。仕事のストレスを誰かを抱くことで発散してたときもあったが、俺にはもう子猫がいるしな。

「午後はバイトなんだよ。その前にうまいもんでも食べさせたいだろ?」
「……バイトがなかったらその子まで食う気だったろうが」
「嫌われるようなことはしない」

 笑って返すと、慎也は目を見開いて俺を見た。

「お前、竜司か?」
「は?」
「……嫌われてもきにしないのがお前だっただろ」
「ああ」

 優先してきたのは自分の性欲を満たすことだった。確かに、体だけの関係なら嫌われても何も問題なかった。
 今までは、だが。

「本気なのか」
「まあな」

 この年にして本気の恋が初めて、ってのも情けないが、本気の恋なんて一生で何度もするもんじゃない。

「……そうか」

 はぁ…とため息をついた慎也だったが、俺を見据えニヤリと笑う。

「仕方ないから応援してやる。ほら、行ってこいよ」
「お。じゃあ多少の遅れは見逃してくれるってことだな」
「んなこと言ってないだろが」

 とは言いつつも笑う慎也。
 ……三十分程度なら大目に見てくれそうだな。



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