59 / 67
竜司と子猫の変わる日々
僕を竜司さんが助け出してくれた件
しおりを挟むカバンの肩紐を握る手が震えてた。
走りたいのに足が少し震えて縺れそうになる。
けど、早く離れなきゃ。
人目がないところに行くのも駄目だ。
万が一追いつかれて捕まったときに、ダメ元でも助けを呼べる場所にいなきゃ駄目だ。
怖い。
僕を殴る人はいた。
別の人と関係を持ってた人もいた。
なのに、何故か、あの人のことがとても怖く感じる。
なんでだろう。
何が違うんだろう。
上司の娘と結婚することになったから僕のことは愛人にするって堂々と言い放った僕の初恋の人。拒否したら殴られたけど、こんなに怖さは感じなかった。
今までの彼氏たちにだって、殴られたり罵詈雑言吐かれたりしたけれど、別れるって言った後に、あの精算書を突きつけた後に、こんな執着を見せた人はいなかった。
ある意味、すっきりと関係を絶っていた。
なのに、なんで。
できる限り人の波を辿るように玄関まで辿り着いたときだった。
カバンの中でスマホが震えている。
まさかあの人が……って恐る恐るスマホを取り出したら、『竜司さん』って名前を見てすぐに通話ボタンを押してた。
『のぞみ、昼に入ったか?バイトまで時間あるなら昼飯を───』
「りゅ、じさん……っ」
『のぞみ?』
竜司さんだ。
竜司さんの声がするっ。
『どうした、何があった』
「助けて……こわい……っ」
ひく…って喉が鳴った。
我慢してた涙が溢れそうになる。
『何が……っ、ああ…くそっ、十分……、いや、五分で迎えに行く。待てるか?』
「ん……ぅん……っ」
『俺が助けてやるから。安全なところにいるのか?』
「ひと……、が、いっぱい、いるから……っ」
人混みの中にまだあの人の姿はない。
お昼に外に出る人や学食に向かう人で、とにかく人が多くてざわざわしている。
「りゅ、じさん」
『どうした』
「電話……きらなくて、いい?」
『ああ。そのまま握ってろ』
「うん……っ」
竜司さんの声を聞いてると少し落ち着いてきた。
こんなぐすぐすしながら助けを求めるなんて子供っぽいだろうか。竜司さんは呆れないだろうか。
竜司さんは午前中にあったことを普通に話してくれた。
僕はそれに相槌を打ちながら聞いていたけど、それだけでもまた心が落ち着いていくのがわかる。
『のぞみ、そろそろ外に』
「うん」
キョロ…っと周りを見渡した。
あの人の姿は見えなくて、でも早足で外に出る。
そのままの早足で大学の敷地を抜けたとき、僕のそばに見慣れた車がとまった。
「のぞみ」
ドアが内側から開けられた。
少し慌てたような、ううん、心配を滲ませたような顔の竜司さんと目があった。
竜司さんの顔を見たら、また喉がひくっと鳴った。
何度も、何度も、唇にキスをされる。
「ん……っ、んっ」
「……のぞみが無事で良かった」
「ん、ぅ」
あぐらの足の上に横向きに座らされて竜司さんに抱き込まれながら、たくさん、たくさん、キスをもらってる。
竜司さんの車に乗り込んですぐ、車は流れるように走り出した。
どこに向かって走ってるのかわからなかったけど、竜司さんは僕の右手を握りながら、何があったのか聞いてくれた。
あの人───樋山君に言われたこととか、全部話した。何故かすごく怖く感じたことも。……最後に股間を蹴り上げたことも。
竜司さんは蹴り上げたことに対しては『よくやった』って褒めてくれた。でも、それ以外のことには、険しい表情をしながら何か言っていた。
とにかくどこかに落ち着こう…って言われて頷いた。
喫茶店とかかな……って思っていたのに、竜司さんが車を止めたのは佇まいがどっしりした感じの料亭の前だった。
……そして、あれよあれよと女将?らしき人に案内されるままに連れ込まれたお座敷で、なにか料理を頼んだあと、僕はずっと竜司さんからのキスをもらってる。
「竜司、さん」
「すぐ俺に電話しろ」
「でも」
「今日はたまたま大学に向かってたからすぐ迎えに行けたけどな。そうじゃなくても手は打てる」
「……でも、竜司さんに迷惑」
「迷惑じゃない。会議中でもお前からの連絡ならつながるようにする。……俺がそうしたいんだ。のぞみが俺の知らないところで泣くなんて我慢できない」
そんな風に言われて、また僕の喉がひくっと鳴った。
「嘘じゃないからな?お前を慰めるためのこの場しのぎの軽い言葉でもないからな?」
「うん……っ」
「……ああ、ほら。泣くな。これからバイトだろ。目が腫れたまま行く羽目になる」
竜司さんは僕を首を腕で支えながら、テーブルの上から湯気がでてるおしぼりを取った。それを軽く広げて、僕の目元に被せてくる。
「少しはいいだろ。食事が来るまでそうしてけ」
「……きもちぃ」
「よかったな」
力強い腕に頭を完全に預けて、すぐちかくに竜司さんの匂いを感じていると、自然と『大丈夫』って思えてくる。
出会って三日目だなんて思えない。不思議なくらい、僕は竜司さんのことを信頼してる……みたいだ。
竜司さんが普通に「食事が来るまで」って言ったから、僕は深く考えずに竜司さんの足の上で横抱きに抱えられるようにして目におしぼりを当てていたんだけど。
食事ね、食事。
ここ、料亭な感じなところで、女将ぽい人に竜司さんが注文してたんだから、当然、食事を運んできてくれるのもこの料亭の人なわけで。
食事が運ばれてきて、声がかかって。竜司さんがすぐに返事をしたから襖が開いて。多分、同じ女将の「あらあら」って声がして。
恥ずかしくなって起き上がるに起き上がれず、そもそも竜司さんが僕を抱く腕から力を抜かないから抜け出すこともできず、竜司さんと女将の人が何か話してたけど恥ずかしすぎて聞き取れず。
再び襖が閉まるまで、僕は少しも動くことができなかった。
「のぞみ」
目元のおしぼりを取られて、目に入るのは竜司さんの笑った顔。
「真っ赤だな」
「だって……っ、絶対子供だって思われた……っ」
「俺の腕の中にすっぽりと収まって可愛いが、子供とは思われてないから気にするな。それよりほら、昼飯を食べよう。バイトの時間に遅れるだろ?」
「ん…」
のそりと頭を上げたら、テーブルの上に並んだ料理の数々に目を奪われた。
80
お気に入りに追加
1,507
あなたにおすすめの小説
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる