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竜司と子猫の変わる日々

僕を竜司さんが助け出してくれた件

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 カバンの肩紐を握る手が震えてた。
 走りたいのに足が少し震えて縺れそうになる。
 けど、早く離れなきゃ。
 人目がないところに行くのも駄目だ。
 万が一追いつかれて捕まったときに、ダメ元でも助けを呼べる場所にいなきゃ駄目だ。

 怖い。
 僕を殴る人はいた。
 別の人と関係を持ってた人もいた。
 なのに、何故か、あの人のことがとても怖く感じる。
 なんでだろう。
 何が違うんだろう。
 上司の娘と結婚することになったから僕のことは愛人にするって堂々と言い放った僕の初恋の人。拒否したら殴られたけど、こんなに怖さは感じなかった。
 今までの彼氏たちにだって、殴られたり罵詈雑言吐かれたりしたけれど、別れるって言った後に、あの精算書を突きつけた後に、こんな執着を見せた人はいなかった。
 ある意味、すっきりと関係を絶っていた。
 なのに、なんで。

 できる限り人の波を辿るように玄関まで辿り着いたときだった。
 カバンの中でスマホが震えている。
 まさかあの人が……って恐る恐るスマホを取り出したら、『竜司さん』って名前を見てすぐに通話ボタンを押してた。

『のぞみ、昼に入ったか?バイトまで時間あるなら昼飯を─⁠─⁠─⁠』
「りゅ、じさん……っ」
『のぞみ?』

 竜司さんだ。
 竜司さんの声がするっ。

『どうした、何があった』
「助けて……こわい……っ」

 ひく…って喉が鳴った。
 我慢してた涙が溢れそうになる。

『何が……っ、ああ…くそっ、十分……、いや、五分で迎えに行く。待てるか?』
「ん……ぅん……っ」
『俺が助けてやるから。安全なところにいるのか?』
「ひと……、が、いっぱい、いるから……っ」

 人混みの中にまだあの人の姿はない。
 お昼に外に出る人や学食に向かう人で、とにかく人が多くてざわざわしている。

「りゅ、じさん」
『どうした』
「電話……きらなくて、いい?」
『ああ。そのまま握ってろ』
「うん……っ」

 竜司さんの声を聞いてると少し落ち着いてきた。
 こんなぐすぐすしながら助けを求めるなんて子供っぽいだろうか。竜司さんは呆れないだろうか。
 竜司さんは午前中にあったことを普通に話してくれた。
 僕はそれに相槌を打ちながら聞いていたけど、それだけでもまた心が落ち着いていくのがわかる。

『のぞみ、そろそろ外に』
「うん」

 キョロ…っと周りを見渡した。
 あの人の姿は見えなくて、でも早足で外に出る。
 そのままの早足で大学の敷地を抜けたとき、僕のそばに見慣れた車がとまった。

「のぞみ」

 ドアが内側から開けられた。
 少し慌てたような、ううん、心配を滲ませたような顔の竜司さんと目があった。
 竜司さんの顔を見たら、また喉がひくっと鳴った。






 何度も、何度も、唇にキスをされる。

「ん……っ、んっ」
「……のぞみが無事で良かった」
「ん、ぅ」

 あぐらの足の上に横向きに座らされて竜司さんに抱き込まれながら、たくさん、たくさん、キスをもらってる。

 竜司さんの車に乗り込んですぐ、車は流れるように走り出した。
 どこに向かって走ってるのかわからなかったけど、竜司さんは僕の右手を握りながら、何があったのか聞いてくれた。
 あの人─⁠─⁠─⁠樋山君に言われたこととか、全部話した。何故かすごく怖く感じたことも。……最後に股間を蹴り上げたことも。
 竜司さんは蹴り上げたことに対しては『よくやった』って褒めてくれた。でも、それ以外のことには、険しい表情をしながら何か言っていた。
 とにかくどこかに落ち着こう…って言われて頷いた。
 喫茶店とかかな……って思っていたのに、竜司さんが車を止めたのは佇まいがどっしりした感じの料亭の前だった。
 ……そして、あれよあれよと女将?らしき人に案内されるままに連れ込まれたお座敷で、なにか料理を頼んだあと、僕はずっと竜司さんからのキスをもらってる。

「竜司、さん」
「すぐ俺に電話しろ」
「でも」
「今日は大学に向かってたからすぐ迎えに行けたけどな。そうじゃなくても手は打てる」
「……でも、竜司さんに迷惑」
「迷惑じゃない。会議中でもお前からの連絡ならつながるようにする。……俺がそうしたいんだ。のぞみが俺の知らないところで泣くなんて我慢できない」

 そんな風に言われて、また僕の喉がひくっと鳴った。

「嘘じゃないからな?お前を慰めるためのこの場しのぎの軽い言葉でもないからな?」
「うん……っ」
「……ああ、ほら。泣くな。これからバイトだろ。目が腫れたまま行く羽目になる」

 竜司さんは僕を首を腕で支えながら、テーブルの上から湯気がでてるおしぼりを取った。それを軽く広げて、僕の目元に被せてくる。

「少しはいいだろ。食事が来るまでそうしてけ」
「……きもちぃ」
「よかったな」

 力強い腕に頭を完全に預けて、すぐちかくに竜司さんの匂いを感じていると、自然と『大丈夫』って思えてくる。
 出会って三日目だなんて思えない。不思議なくらい、僕は竜司さんのことを信頼してる……みたいだ。

 竜司さんが普通に「食事が来るまで」って言ったから、僕は深く考えずに竜司さんの足の上で横抱きに抱えられるようにして目におしぼりを当てていたんだけど。
 食事ね、食事。
 ここ、料亭な感じなところで、女将ぽい人に竜司さんが注文してたんだから、当然、食事を運んできてくれるのもこの料亭の人なわけで。
 食事が運ばれてきて、声がかかって。竜司さんがすぐに返事をしたから襖が開いて。多分、同じ女将の「あらあら」って声がして。
 恥ずかしくなって起き上がるに起き上がれず、そもそも竜司さんが僕を抱く腕から力を抜かないから抜け出すこともできず、竜司さんと女将の人が何か話してたけど恥ずかしすぎて聞き取れず。
 再び襖が閉まるまで、僕は少しも動くことができなかった。

「のぞみ」

 目元のおしぼりを取られて、目に入るのは竜司さんの笑った顔。

「真っ赤だな」
「だって……っ、絶対子供だって思われた……っ」
「俺の腕の中にすっぽりと収まって可愛いが、子供とは思われてないから気にするな。それよりほら、昼飯を食べよう。バイトの時間に遅れるだろ?」
「ん…」

 のそりと頭を上げたら、テーブルの上に並んだ料理の数々に目を奪われた。



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