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竜司と子猫の長い一日
僕が作る料理を食べたいと竜司さんが言ってくれた件
しおりを挟むマスターが作ってくれるオムライスは、昔ながらのオムライス。ケチャップ味のチキンライスが綺麗な黄色に包まれて、ケチャップがかけられてるやつ。ふわとろ卵のオムライスも好きだけど、僕はこれも好き。
プレートにはオムライスの他に、ちょっとサラダとプチシュー。…昨日の大人様ランチの名残だろうか。
今日はコーンポタージュじゃなくて、コンソメスープ。玉ねぎとわかめ入り。
竜司さんのお皿にも、基本同じもの。大きさが全然違うけど。
「美味いな」
「うん。美味しい」
やっぱりマスターのごはんは美味しい。
「のぞみ、今度オムライス作って」
「え」
竜司さんが突然そんなことを言い始めたけど、マスターのオムライスを食べてる最中にそんなこと言われても困る。こんなに美味しくできないよ。
「…マスターのが美味しい」
「俺はのぞみが作った飯が食べたい」
そんなこと言われても。
……嬉しいとは、思ってるけど。
「お前なぁ…無理強いするなよ?のぞみちゃん、竜司の言うことなんて聞き流しておけよ。甘やかしたら無理難題言い出すぞ」
カウンターの中から、マスターが眉間に皺を寄せながら言ってきた。
「のぞみが嫌なら無理強いはしない」
竜司さんは特に表情を変えることなく、オムライスを一口、口の中に収める。それから僕の方を向くと、スプーンを置いて僕の頭をなでた。
「のぞみがどうしたいか、だ。…ある意味料理人の大志と同じものを作ってほしいって言ってるわけじゃなくて、のぞみが作るものを食べたいって希望」
「……うん」
僕が作ったものを竜司さんが食べてくれる。食べたいって言ってくれる。
朝食は喜んでくれた。他の物も、喜んでくれる?
「……わかった」
「約束な」
「うん。約束」
笑った竜司さんが小指を出してきたから。僕も小指を出して誰とも交わした記憶のない指切りをする。
…また一つ、嬉しいことが増えた。
残りのオムライスを大事に食べる。
マスターの味の…ってことを言われたわけじゃないけど、でも、やっぱり美味しいって思ってもらいたいから、マスターの味を少しでも盗めたらいいなぁなんて考えながら。
まあ、マスターは僕が『教えて』って言ったら、多分普通に教えてくれるけど。
そんなことを考えながら食べていたら、あっという間に食べ終わってた。サラダもスープも食べ終わって、最後にプチシューを口に放り込む。
甘いものはいくらでも食べれそうだから不思議。
「のぞみ」
「?」
呼ばれて、竜司さんの方を見たら、口元にプチシューが押し付けられてた。
「食べて」
「ん」
食べるけど。
昨日とおんなじことしてる。
二個目のプチシューを咀嚼しながら、竜司さんを見ていた。
……見ていて……、はたっと、気づいた。
「あ」
「ん?」
「…竜司さん、甘い物、苦手、だった」
「うん?――――あー…」
「ごめんなさい…っ、僕、忘れてて、パンケーキ…!!」
思いっきりシロップたっぷりの甘いパンケーキを勧めた上に食べさせた。うっかり忘れて、嫌な思いさせてた…っ。
「お前、パンケーキ食べたの?」
どうしようどうしよう……って血の気の引く思いをしていたら、カウンターの中からグラスを拭きながらマスターが声をかけてきた。
「食べた」
「お前が?」
「そう」
「チョコレート一つ口にしないお前が?」
「ああ」
「なんで」
「……のぞみがくれたからな。拒絶はあり得ない。なにより優先だ」
「へぇ」
でも、それって、我慢してたってことだよね。
「竜司さん」
「別に食べれないわけじゃない。それより、お前が幸せそうな顔をして食べてる姿が見たいだけなんだ。だから気にするな」
「でも……」
僕がしたことに納得がいかなくて竜司さんを見たら、竜司さんは少し笑って僕の耳元に口を寄せてきた。
「のぞみが食べさせてくれたら食べれる。もちろん、お前の笑顔つきで。それか、のぞみの体に盛り付けてくれたら綺麗に平らげるが?」
「っ」
「やろうか?たっぷりの生クリームでも用意して」
「し……しなぃっ」
「本当に?」
息が入ってきて、わざとらしくベロリと耳を舐められた。
途端、僕の背中にぞくぞくと快感が走り抜けて、たまらずに竜司さんの体を両手で押し戻していた。
「竜司さん、変態っ」
……意外にも、少し、少しだけ声が大きくなってしまって、店内のあちこちから視線を感じたけれど、竜司さんは笑いながら麦茶を大人の男らしい仕草で飲み始めた。きっと誰も、このグラスの中身が麦茶だなんて思わないだろう…。
「また食べさせてくれ」
「……ケーキでもいいの?」
「ああ」
「……わかった」
もういい。
本人がこう言うんだから。
僕が気にすることじゃ…ない、はず。
「仲がよくて何よりだ」
マスターは止まっていた手をまた動かし始めた。口元に笑みが浮かんでる。
竜司さんはカウンターに左肘をつきながら、右手は僕の左手に触れる。僕の指を一本一本確認するように、ゆっくり、丁寧に触っていく。
「そろそろ行こうか」
「ん」
またしても竜司さんに見惚れていた僕は、くすっと笑った竜司さんに指の先にキスを落とされて現実に戻った。
…格好いいというか気障ったらしいというか。でも、この仕草が様になっているというか…。
竜司さんに見惚れるなという方が難しいんだと思う。きっと、多分、絶対、他の人だって見惚れると思う。
だから、またしても見惚れていた僕がぼーっとしてる間にお会計は終わっていて、苦笑したマスターから頭もなでられ気づいたのはもう仕方ないんだ。
「のぞみちゃん、またな」
「はい。ごちそうさまでした」
仮にもバーを出るときのセリフとは思えなかったけれど、僕とマスターの挨拶はこれでいいんだと思う。
「のぞみ、寒くないか?」
「平気」
寄り添って、手は当たり前のように繋いで。
寒いわけ、ないよ。
*****
お待たせしております。
今後も不定期更新になりますが、よろしくお願いいたします。
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