僕を裏切らないと約束してください。浮気をしたら精算書を突きつけますよ?

ゆずは

文字の大きさ
上 下
47 / 67
竜司と子猫の長い一日

僕が『大人の仕草』をしたら竜司さんが盛大にむせた件……解せぬ

しおりを挟む



 ぼーっとしてる間に車が走り始めて、ぼーっとしながら僕と繋がれた竜司さんの手を見て、ぼーっとしつつ竜司さんの横顔を眺めてた。
 ……つまり、相当ぼーっとしてたってこと。

「のぞみ、ついたぞ」
「あ、うん」

 どこかのパーキング。
 ぼーっとしてる僕に苦笑して、竜司さんがさっさと車を降りてしまった。
 僕があたふたとシートベルトを外していると、助手席側のドアが外から開けられた。

「竜司さん」
「あんまりぼーっとしてるとこのまま押し倒すぞ」

 ちゅ

 笑みを含んだ言葉を発しながら、竜司さんが僕の額にキスをした。
 したいなら、いいのに。
 僕が、車の中はいや、って言ったから?

「飯、食いに行こう」
「……うん」

 手を引っ張られて車から降りた。引っ張られた勢いのまんま、竜司さんの胸に抱き込まれる。

「どこ?」
「どこだと思う?」
「……えと」

 車の中でもずっと竜司さんを見てたから、いまいちどこらへんに来たのかわからなかったのだけど。

「……あれ?」

 手を引かれてあるき出して、なんか見覚えのある場所だな……って思って。
 『open』の小さなボードだけがかけられた飾り気のないドアの前に立って、ようやく、気づいた。

「竜司さん」
「飯、うまいだろ」

 あ、うん。知ってる。美味しいよね。
 竜司さんがドアを開けると、いつもどおりの鈴の音が響く。

「いらっしゃ――って、竜司か。のぞみちゃんも?」
「あ、あの、こんばんは、です…」

 こんな時間(二十時近く)にマスターのところに来たことなかったから、なんかドキドキする。
 店内には三組くらいのお客さんがいる。
 カウンターの中には、マスターの他にもう一人知らない男性もいる。

「あー、なに。こんな時間に二人して。ほら、のぞみちゃん、いつものとこ座んな」
「あ、うん」

 カウンターのすみっこ。
 腰をぽんぽんと叩かれて、竜司さんからも促される。
 僕がいつもの椅子に腰掛けると、竜司さんは隣の椅子に腰を下ろした。

大志ひろゆき、腹減ったから飯」
「いやいや、だから、ここは飯屋じゃねぇんだよ」
「のぞみも腹空いただろ?」
「うん……」

 パンケーキ分はゲーセンで消費したから、それなりに空いてる。

「ったく……我儘なやつだな」

 と、文句言いつつ、マスターはどこか嬉しそう。

「のぞみちゃん、オムライスでいい?」
「うん」
「じゃあちょっと待ってな」

 マスターは僕の頭を何度か撫でてから、カウンターの奥に入った。

「どうぞ」

 その間に、もう一人の男の人が、僕と竜司さんにおしぼりを用意してくれる。

「……マスターのところに来るならそう言ってくれればいいのに」
「外を見てたら気づくだろ?……まあ、のぞみは俺ばっかり見てるから、気づけなくても仕方ないけどな」

 でも一言くれればいいのに。

「のぞみちゃん、竜司に酷いことされなかったか?」

 奥からひょこっと顔を出したマスターが、すごく真剣な顔で聞いてきた。
 僕はちらっと竜司さんを見てから、ニヤリと笑う。

「いっぱいされた」
「のぞみっ」
「竜司、お前なぁ……」
「でもね」

 カウンターの下で、竜司さんの手を握る。

「すごく楽しかった!」
「そうか。そりゃよかった」

 マスターはそう言って笑うと、また奥に戻って行った。

「……死んだかと思った」

 繋いだ僕の手をぎゅむぎゅむ握りながら、竜司さんは天井を仰ぎ見た。
 ……何故そこまでダメージを受けているんだろう。
 カウンターの中に残ってる男の人は、僕たちのやり取りを見て笑いながらグラスを二つ、僕たちの前に出してきた。
 ロック氷が入った茶色の液体。
 ……もう騙されないぞ。

「……やっぱり麦茶」
「『のぞみさん』にお酒は出すなとオーナーから言われてますから」

 と、笑顔のままさらりと言われた。
 ……初対面の男の人……アルバイトの人?にまで、マスターそんなこと言ってたなんて。
 僕、このお店でお酒を飲む日は来ないんだな……。

「のぞみは酒が飲みたいのか」
「まあ……それなりに」
「飲み会とかないのか?」
「僕、サークルとかそういうのに入ってないから、機会がないっていうか……」

 両親が離婚のときに僕にまとまったお金を渡してくれたから、贅沢をしなければ学生の間はそれなりに生活できる。
 けど、あのお金にはできるだけ手を付けたくないから、アルバイトは必須。

「どんなの飲んでみたい?」

 繋いでいた手が離れて、僕の髪をいじり始めた竜司さん。

「んと…、甘いやつ?」
「ん。用意してやるから俺の家で飲めばいい」
「いいの?」
「いいだろ?他の誰に迷惑かけるわけじゃないし。酔ったらそのまま寝ればいい」

 おお。なるほど。大人な竜司さんなら無茶な飲ませ方はしないだろうし、竜司さんの家なら酔っ払って動けなくなってもそのまま寝ちゃえばいいし、気分が悪くなっても介抱してくれそう。
 ……あ、だったら、甘いの、とかじゃなくて、もっと大人っぽいものを希望したら良かったんだろうか。ウイスキーとかワインとか?あー……お酒の知識がなさすぎてよくわかんないや。
 とりあえず、ウイスキーならあれだよ。
 片手でグラスをゆったりもって、軽く回して氷がカランって音を立てて、香りを楽しんでから口をつけたり、指で摘むようにグラスを持ってタバコ片手にぐいっと呷ったり。
 手元の麦茶グラスで、そんなドラマとかで見た気がする仕草を、うろおぼえながら再現してたんだけど。

「ぶっ」

 隣から吹き出す音がしてやめた。

「……の、ぞみっ、っげほ…っ、おま……っ、っ、くそ…っ、…っ、はー………っ、っとに」

 ……むせて顔を真赤にした竜司さんがいた。

「はー………くるし……っ、のぞみ、お前なぁ、俺を笑い死にさせるつもりなのか」
「……」

 ……『大人の仕草』を再現してただけなのに。解せぬ。




しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。 大晦日あたりに出そうと思ったお話です。

処理中です...