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竜司と子猫の長い一日

僕が食べたパンケーキの代金は、僕を眺める鑑賞代だと竜司さんが言った件

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 甘いものは好き。
 コンビニのスイーツとか、新作が出ると必ず手を伸ばす。
 自分の誕生日、最後に誰かにお祝いされたのは、いつだっただろう。中学生……いや、小学生の、まだ家族と幸せに過ごしていたときだったたろうか。
 何故か僕の誕生日の頃に恋人関係になる人がいない。もしかしたらいたとしてもお祝いされるようなことはなかったかもしれないけど、そんなもんだから誕生日は毎年一人。
 何もしないのはなんだか悔しくて、いつもケーキを買って一人で食べた。でも、ホールケーキは勿体なくて、いつもいつもワンカットのショートケーキ。蝋燭なんてつけない。
 いつか、誰かが、誕生日をお祝いしてくれるんだろうか。僕に、「生まれてきてくれてありがとう」って、言ってくれるんだろうか。

 散々酷い目にあって。
 散々裏切られて。
 でも、好きになって、繰り返して。
 今度こそ、今度こそ、て。
 諦め悪く与えられるぬくもりに縋って。
 僕だけの人を求め続けて。

 いつまで、続くんだろう。
 少しでも強くなりたくて、少しでも傷つきたくなくて。
 その時が来たら「ああ、やっぱりな」って、用意していたレポート用紙を取り出して。淡々と、お別れの精算をしていく。
 カバンの中に溜まっていくレシートが増えるたびに、レポート用紙が埋まっていくたびに、嬉しくなる。僕はこれくらいこの人と過ごした。僕のことを大切にしてくれた。愛してくれた。温もりをくれた。その証拠だから。
 それから、すっきりした鞄の中を見て悲しくなる。
 結局、この人じゃなかったんだ、って。
 僕のたった一人の人じゃなかった、って。





 竜司さんは、なんか変。
 ただのマッチング相手の僕に、あれやこれや買おうとする。
 テーブルの上に置いた二人のスマホのケースに、同じ猫のシルエットストラップが付いてるのを見て少し頬が緩む。
 は、良いんだろうか。貰っていいもの?
 竜司さんと、付き合ってるわけじゃない。『付き合おう』って言われてない。
 可愛いって言うけど、好きとは言わない。
 僕のことすごく甘やかしてくれてるように思うけど、好きって言われない。
 なんで言ってくれないんだろう。
 ……あ、あれか。これは好意じゃなくて、厚意。竜司さんはただ、僕になだけなんだ。
 彼氏が浮気して別れたから、僕が傷ついてると思って優しいだけ。
 浮気された辛さとかを早く忘れさせようと構ってくれてるだけ。
 親友のマスターにお願いされてるから、相手をしてくれてるだけ。
 忙しくてそういう相手がいないから、僕にあれこれするだけ。
 ……僕が、なんでも受け入れるから。
 ……僕が、抱かれることに慣れているから。

 ……うん、そうだ。
 つまり、そういうこと。
 誰も、僕のことなんか本当には好きにならない。
 竜司さんも同じ。
 きっと、同じ。

 今は優しいけど。
 そのうち、飽きて会わなくなる。
 セフレみたいな関係だけど、それ以下はあってもそれ以上はない関係でしかないから。

 勘違いしたら駄目だ。
 竜司さんがなんだか僕のことを大切にしてくれてる気がするとか、そんな勘違いしたら駄目だ。






 竜司さんが注文してくれたパンケーキが嬉しかった。
 僕が何を見てたとか、すごく僕のことを見てくれてたんだな……って、少し気恥ずかしかった。
 僕のことを見てる今の竜司さんは、本当に楽しそうだし。僕も、楽しんで良いかな。
 運ばれてきたパンケーキは写真で見たときよりツヤツヤしていて綺麗だった。
 SNSに載せるわけじゃないけれど、今の幸せな気持ちを残したくて写真を撮った。見返したら、竜司さんと過ごしたこの時を思い出せるから。

 ナイフを入れたらじゅわっとシロップがにじみ出た。
 ふわふわのクリームも一緒にのせて、一口食べたら、想像通りに甘くて美味しかった。
 竜司さんはそんな僕を笑みを浮かべながらコーヒーに口をつけた。
 僕だけが食べるのも勿体ない…どうせなら一緒に楽しもうと思い、一口分を切り分けてフォークに刺した。

「竜司さん、はい、あーん」

 ほぼ、何も考えずに行動してた。
 竜司さんは少し驚いた顔をしたけど、目元を緩めて口を開けて食べてくれた。あ、やっぱり食べたかったんだな……って思いながらも、手で隠す寸前に口元がひくりと動いたのが見えた。
 ……ん?
 もしかして美味しくない?

「ほら」
「ん」

 そんな疑問を持った瞬間、パンケーキに盛られていた葡萄を一粒、竜司さんが指で摘んで僕の口元に持ってきた。
 …ちょっと恥ずかしいかも…と思いつつ、葡萄を口に入れてクリームの付いた竜司さんの指も舐めた。
 二人で一つのケーキ(パンケーキだけど!)を食べさせ合うのって、なんかいい。
 その後、竜司さんはパンケーキを食べなくて、静かに笑いながらパンケーキを頬張る僕を見ながらコーヒーを飲んでいた。でも視線はずっと僕から離れなくて、照れくさいやらなんやらで、頬が赤くなったのを感じた。

 僕がお手洗いに行ってる間に会計を済ませていたらしい竜司さん。
 パンケーキなんてほぼ僕が一人で食べたみたいなものだし、お金払う…って言ったら、「じゃあ、のぞみの鑑賞代ってことで」と、変な返しをされた。なにそれ。初めて聞いたよ…。まあ、確かにとにかくずっと僕のこと見てたけどさ……。

「ありがと」
「どういたしまして」

 鑑賞代云々はまあ置いといて、僕は素直にお礼を言った。
 美味しかったし、嬉しかったし、楽しかったし。
 だから、つい、竜司さんの腕に抱きついてた。
 抱きついてしまってから、ひゅ…って胸が痛くなる。
 ここは外だ。色んな人が見てる。僕は見られることは気にしないし、性指向のことだって隠す気はない。
 ……けど、それはあくまでも僕のことで、今までの恋人たちは、家の外で手を繋ぐことやましてやこんなふうに腕に抱きついたりとか、させてくれなかった。
 それが普通だろ、って。
 普通ってなに。わからない。
 好きだから触れたいし、くっついていたい。それは、男も女も変わりがないはずで、なんで男女のカップルが許されることを、僕たち男同士のカップルには許されないのかわからない。
 自分から絡めた腕だけど、怖くなって竜司さんをちらりと見上げた。そしたら竜司さんと目があって微笑まれた。逆の手で頭も撫でられた。
 ご機嫌な竜司さんを見ていたら、僕も不安な気持ちはどこかに行ってしまって、なんだかとても楽しくなった。
 そうだ。竜司さん、人混みのなかでも僕の手を繋いでくれてた。混んでるところは腰まで抱いてた。
 じゃあ、いいのかな。くっついてていいのかな。




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