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竜司と子猫の長い一日
竜司は子猫から『あーん』される
しおりを挟むプレゼントに服はまだ早かった。焦りすぎた。だが、猫のシルエットモチーフがついたストラップを見つけ、これならばとお伺いしてみれば、子猫も気に入った様子。ならば、と、即二つ購入し、一つは自分のスマホに取り付けた。
お揃いと言ってもいやな顔をせず、むしろ喜んでくれたと思う。いそいそと自分のスマホにも取り付けていたから。
最初の店で子猫を散々イかせたのに、買い物と称したデート(少なくとも俺的にはそれ)で歩かせすぎたかもしれない。
疲労が見えてきたな…と感じたとき、子猫の腹の虫が鳴った。
そういえば、朝食は十時頃だった。今はもう十六時。腹が空いてもおかしくない。
恥ずかしがる子猫を促して手近な喫茶店に入った。
軽食かデザートか……とざっくりメニューに目を通していると、子猫がスイーツのところで目が釘付けになっている。
なにをそんなに……と視線を追えば、こってりと甘そうなパンケーキ。子猫の視線は別のものを見てはそこに戻る。
……食べたいなら素直に食べたいと言えばいいのに。
了承も得ずに注文を終わらせた。
子猫が喜んでいるから問題ない。
それから間もなくして眼の前に置かれたパンケーキ。ナイフを入れる前に写真にも収め、ようやく一口目を口に放り込んだ。
「ん~~!」
……子猫、甘いものが好きだもんな。
ナイフを入れただけで、シロップがにじみ出る。うん……本当に甘そうだ。これは見てるだけで胸焼けがしそうだ。
幸せそうに食べてる子猫を見ながらコーヒーを飲んでいると、子猫は何を思ったのか、小さめのひと口を切り出し、フォークにさして俺に差し出してきた。
「竜司さん、はい、あーん」
「っ」
そこかしこから視線を感じた。
まあ……それは、いい。いいんだが……。
「ん」
シロップの滴るそれを、口を開けて迎え入れる。途端、口の中に凶悪な甘さが広がっていく。
「美味しい?」
「……ああ」
思わず口元を隠していた。
……甘いものが苦手だからといって、子猫が可愛らしく『あーん』と差し出してきたものを断るなんて、無理だ。
でもじっと俺を見る視線。
どうにかその視線をはぐらかしたくて、パンケーキに添えられていた葡萄を一粒指でつまみ、子猫の口元に差し出した。
「ほら」
「ん」
ほんのり頬を染めた子猫が口を開けて葡萄を食べる。つまんでる俺の指も舐めて。
「へへ……美味しい」
「そうか」
そこでようやくコーヒーで口直しができた。
「竜司さん、もう少し食べる?」
「いや。あとはのぞみが食べると良い」
「ん!」
……よし。これで問題はない。
あっという間にパンケーキを完食した子猫。喫茶店を出ると、満足そうな顔をして俺の腕に抱きついてきた。
「ありがと」
「どういたしまして」
……傍から見たら、どう見えるだろうか。
明らかに自分のサイズではないカーディガンを羽織り、ニコニコと男の腕に絡みつきながら歩く子猫。
援助交際とかパパ活……のように思われたら悲しいが、それより、父親と息子のように思われるとその方がダメージが強いかもしれない。
それほど老けて見えることはないだろうが、人の目というのは推し量れないものの一つだ。
仮に、ゲイカップルと見られたとして、俺は問題ない。だが、子猫はどうだろう。……子猫の様子を視る限り、それも杞憂な気はするが。
「映画にでも行くか?」
子猫がキョトンと俺を見た。
……唐突すぎたか。
「買い物終わり?」
「ああ。……ベッドも買い替えるなら、家具屋に行くが」
「なんでベッド?」
本気で聞いてる目だな。
……俺が言ったこと、覚えてないのか。
「のぞみが嫌ならベッドも買い替えると言っただろ?」
往来で普通に話すことでもなく、子猫の耳元に口を寄せて言えば、くすぐったいのか肩を震わせた。
「んっ、や、それは……いらない…っ」
「そう?」
「うん」
子猫は少し周りを見てから、俺の腕を引いて背伸びをしてきた。
「竜司さんの匂いがするから、今のがいい」
俺と同じように耳元でそう言った。
……匂いがするのはベッドではなく寝具だろうが、子猫がそう言うなら買い替えなくていいな。
「そうか」
思わず腰を抱き寄せキスを――――しそうになって、我に返った。
せめて車の中までは待たなければ。
「映画、どうする?」
「竜司さん何か観たいのある?」
「……いや。あー……すまん。今何が公開されてるのかもわかってない」
正直に言ったら子猫が笑った。
「知らないで映画とか言ったんだ?」
「……まぁ」
「興味ないなら別にいいよ。僕もそんなに映画とか見ないし」
「そうなのか?」
「うん。あんまデートとかしたことな、い、し……」
言いながら、子猫の頬がどんどん赤く染まっていく。ちら、ちらっと俺を見上げながら、そろそろと絡めていた腕を離していく。
「えと、あの、なんかはしゃいでて、ごめんなさい……」
「のぞみ?」
「ただの買い物なのに、楽しくて甘えちゃってた」
困ったように笑う子猫。
俺は漏れ出る溜息を隠せないまま、子猫の手を握る。
「デートだろ」
「え」
「いちゃいちゃして、買い物して、肩を寄り添わせながら歩いて、揃いのものをつけて、喫茶店で食べさせ合って。のぞみもデートだなって感じたんだろ?俺はそもそもそのつもりだし。デートってことでいいだろ」
……この年になってこれほど『デート』と連呼するとは思っていなかったが、子猫は自分の気持ちにセーブをかけることが度々あるし、子猫が誤解しないように言葉にすることは必要なことだ。
子猫はどう思うだろう。まだ恋人にもなってない男にデートだと言われて、騙されたような気になってないだろうか。
「デート……」
俺の心配を他所に、子猫は小さく控えめに呟き、繋いでいた手をきゅっと握り返してきた。
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