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竜司と子猫の長い一日
竜司は子猫のことを親猫に尋ねる
しおりを挟む子猫がよく眠っているのを確認し、居間に放置していたスマホを取りに行った。
ローテーブルの上には子猫のスマホが放置してある。
午前二時。
電話をするには非常識な時間だが、大志相手なら問題ないだろう。
電話をかけながら寝室に戻る。
ベッドに腰掛け子猫の頬を撫でるだけで、子猫がすり寄ってきた。
『竜司?』
呼び出し音が途切れ、大志の声が響いた。
『のぞみちゃんは』
「寝てる」
俺がそう言うと、大志には珍しく、安堵したかのような溜息をついてから笑い始めた。
『問題なかっただろ』
「ああ。健気で可愛い子猫だったよ」
『子猫ねぇ…』
……ニタニタと笑ってる姿が目に浮かぶようだった。
『で?まさか、ヤりましたって報告じゃないんだろ』
「まあ…。のぞみのこと、教えて欲しい」
『のぞみちゃんに聞けばいいだろ』
「そりゃそうなんだが、言いたくないこともあるだろうし」
『それを俺に聞くのもどうかと思うが』
「大志が知ってることだけでいいんだ」
『そんなこと言われてもな…』
大志が弟のように可愛がっていた子猫の事だ。俺のような遊び回ってたような奴に教えることを、大志が逡巡するのも理解できる。
『のぞみちゃんには俺から聞いたって言うなよ?』
「そりゃ、もちろん」
『んー、じゃ、なにか聞きたいんだよ。俺だってのぞみちゃんの私生活全て知ってるわけじゃないからな?』
「ああ」
それでも俺よりは詳しいだろう。
とりあえず、子猫の家族背景のことを確認してみた。
大志から聞いた内容は、子猫が自分から話してくれたこととあまり大差はなかった。
だが、子猫が大志に助けられた件は、思わず眉をひそめるほど酷い内容だった。……子猫が比較的あっさりと言っていたから、そこまでと想像もしていなかった。
『路地裏でな。ほぼ全裸にされてた上に、精液まみれな体には打撲痕だらけで、入れられてたディルドは激しく動いたまんまだった。流石にそのままにしておけなくてな。あいつにお願いしたよ』
「孝明か」
『そ。仲間内で医者してんのあいつだけだろ』
信田孝明。俺たちと高校までツルんでいた仲間の一人だ。今も大志のところで顔を合わせることがあるし、連絡も取り合ってる。
『孝明も顔をしかめるほどでな。警察を呼ぼうかと思ったが、のぞみちゃんが止めるんだよ。恋人だったから、いいんだ、って』
「……」
言葉が出ない。
『三日で退院してその後俺のところに礼を言いに来た。俺としても放っておけなくてな。いつでも来いよって言ってたわ』
酷すぎないか。
二十歳になってもこんなにあどけない顔をしている子猫を甚振るなんて。なんでそれを許してしまえるんだ。
『とにかく男運がないんだよ。好きと言われたら付き合って、手酷く捨てられる。健気で可愛いくて、そんなのぞみちゃんに奉仕されてるうちに、男共はつけあがっていくんだろうな』
「……わからない。のぞみを捨てるなんて考えられないだろ」
思わず漏らした言葉に、大志が笑い出した。
『ああ、そういう。なんだ。お前、のぞみちゃんに惚れたのか』
「あー……」
『いいんじゃねぇの?俺は反対しない。お前がちゃんとのぞみちゃん一人を相手にするなら、お前のただれた生活も終わりになるし。のぞみちゃんが変態に泣かされることも無くなるだろうし。まあ、お前が?のぞみちゃんを泣かせるって言うなら、自称保護者としちゃ許しておけねぇけどな』
からからと笑ってる割に、声は真剣そのものだ。
そうか。大志は子猫の兄で親だったのか。
「――――義父さん、息子さんを俺に」
『うっわっっ、薄ら寒いこと言うな!?』
思わず二人で笑ったが、子猫がむずかるように眉をひそめ体を丸めたから、すぐに口を抑えた。
「ああ……そうだ。別れたばかりの元カレってやつのことはなにか知ってるか」
『そうだなぁ…。のぞみのちゃんには珍しく同じ大学の学生だな。大概、出会い系で知り合ったやつと付き合ってたはずだから』
「まさか、のぞみから?」
『いや?付き合ってくれって言われて、なんとなく……って言ってたか』
「なんとなくで付き合うのか……」
『そのあたり、のぞみちゃんはどっか壊れてるんだよ。暴力男でも変態男でも、好きって言われたらあまり考えることなく付き合い始めるようだから』
その結果がな……わかるだろ、と言われ、俺も頷く。
……あまり変態と思われないように行動しないと……と。俺の思考がバレたら子猫からも大志からも白い目を向けられそうだ。
『どんなやつかは知らない。のぞみちゃん、彼氏は連れてこないんだよ。付き合う、別れたの報告だけ。俺も深くは聞かないし』
「へぇ…」
『それでも長かったんじゃないか?多分一ヶ月くらい続いてたな』
「一ヶ月で長いのか」
見せられた精算書は確かに一ヶ月分くらいだったが。
『一週間続けばいいほうだから』
「そうなのか……」
なら、一週間過ぎたあたりで子猫が不安にかられそうだな。
……もっとも、俺たちは付き合ってるわけじゃないから、子猫は何も感じないかもしれないが。
『のぞみちゃんのこと頼むな』
「ああ。……まずは好きになってもらえるよう頑張るさ」
『………』
「大志?」
『あー………、うん、まあそうだな。のぞみちゃん、お前ん家で寝てるんだよな?』
「そうだけど。なにかあるのか」
『いや?なるほどなぁと感心しただけ。んじゃ、店の片付けあるからそろそろ切るぞ』
大志のどこか含みのある言葉に疑問を持ちつつ、まあいいかと納得し、礼を言って通話を切った。
「……とりあえずお前の保護者からは承諾を得たぞ」
子猫の隣に体を横たえ、起こさないように頭の下に腕を差し入れる。
暑苦しいか…と危惧したが、子猫から俺に擦り寄り、鼻を鳴らしてからニマリと笑った。
……クソ可愛い。
ほんと、マジ、可愛い。
可愛すぎて寝ていた俺の息子が起きる。
「……のぞみ、好きだよ」
初めて口にした。
はやく俺を好きになれ。
恋人としてお前を甘やかしたい。
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