上 下
34 / 67
竜司と子猫の長い一日

竜司は子猫のことを親猫に尋ねる

しおりを挟む



 子猫がよく眠っているのを確認し、居間に放置していたスマホを取りに行った。
 ローテーブルの上には子猫のスマホが放置してある。
 午前二時。
 電話をするには非常識な時間だが、大志ひろゆき相手なら問題ないだろう。
 電話をかけながら寝室に戻る。
 ベッドに腰掛け子猫の頬を撫でるだけで、子猫がすり寄ってきた。

『竜司?』

 呼び出し音が途切れ、大志の声が響いた。

『のぞみちゃんは』
「寝てる」

 俺がそう言うと、大志には珍しく、安堵したかのような溜息をついてから笑い始めた。

『問題なかっただろ』
「ああ。健気で可愛い子猫だったよ」
『子猫ねぇ…』

 ……ニタニタと笑ってる姿が目に浮かぶようだった。

『で?まさか、ヤりましたって報告じゃないんだろ』
「まあ…。のぞみのこと、教えて欲しい」
『のぞみちゃんに聞けばいいだろ』
「そりゃそうなんだが、言いたくないこともあるだろうし」
『それを俺に聞くのもどうかと思うが』
「大志が知ってることだけでいいんだ」
『そんなこと言われてもな…』

 大志が弟のように可愛がっていた子猫の事だ。俺のような遊び回ってたような奴に教えることを、大志が逡巡するのも理解できる。

『のぞみちゃんには俺から聞いたって言うなよ?』
「そりゃ、もちろん」
『んー、じゃ、なにか聞きたいんだよ。俺だってのぞみちゃんの私生活全て知ってるわけじゃないからな?』
「ああ」

 それでも俺よりは詳しいだろう。
 とりあえず、子猫の家族背景のことを確認してみた。
 大志から聞いた内容は、子猫が自分から話してくれたこととあまり大差はなかった。
 だが、子猫が大志に助けられた件は、思わず眉をひそめるほど酷い内容だった。……子猫が比較的あっさりと言っていたから、そこまでと想像もしていなかった。

『路地裏でな。ほぼ全裸にされてた上に、精液まみれな体には打撲痕だらけで、入れられてたディルドは激しく動いたまんまだった。流石にそのままにしておけなくてな。あいつにお願いしたよ』
孝明たかあきか」
『そ。仲間内で医者してんのあいつだけだろ』

 信田しのだ孝明。俺たちと高校までツルんでいた仲間の一人だ。今も大志のところで顔を合わせることがあるし、連絡も取り合ってる。

『孝明も顔をしかめるほどでな。警察を呼ぼうかと思ったが、のぞみちゃんが止めるんだよ。恋人から、いいんだ、って』
「……」

 言葉が出ない。

『三日で退院してその後俺のところに礼を言いに来た。俺としても放っておけなくてな。いつでも来いよって言ってたわ』

 酷すぎないか。
 二十歳になってもこんなにあどけない顔をしている子猫を甚振るなんて。なんでそれを許してしまえるんだ。

『とにかく男運がないんだよ。好きと言われたら付き合って、手酷く捨てられる。健気で可愛いくて、そんなのぞみちゃんに奉仕されてるうちに、男共はつけあがっていくんだろうな』
「……わからない。のぞみを捨てるなんて考えられないだろ」

 思わず漏らした言葉に、大志が笑い出した。

『ああ、そういう。なんだ。お前、のぞみちゃんに惚れたのか』
「あー……」
『いいんじゃねぇの?俺は反対しない。お前がちゃんとのぞみちゃん一人を相手にするなら、お前のただれた生活も終わりになるし。のぞみちゃんが変態に泣かされることも無くなるだろうし。まあ、お前が?のぞみちゃんを泣かせるって言うなら、としちゃ許しておけねぇけどな』

 からからと笑ってる割に、声は真剣そのものだ。
 そうか。大志は子猫の兄で親だったのか。

「――――義父さん、息子さんを俺に」
『うっわっっ、薄ら寒いこと言うな!?』

 思わず二人で笑ったが、子猫がむずかるように眉をひそめ体を丸めたから、すぐに口を抑えた。

「ああ……そうだ。別れたばかりの元カレってやつのことはなにか知ってるか」
『そうだなぁ…。のぞみのちゃんには珍しく同じ大学の学生だな。大概、出会い系で知り合ったやつと付き合ってたはずだから』
「まさか、のぞみから?」
『いや?付き合ってくれって言われて、なんとなく……って言ってたか』
「なんとなくで付き合うのか……」
『そのあたり、のぞみちゃんはどっか壊れてるんだよ。暴力男でも変態男でも、好きって言われたらあまり考えることなく付き合い始めるようだから』

 その結果がな……わかるだろ、と言われ、俺も頷く。
 ……あまり変態と思われないように行動しないと……と。俺の思考がバレたら子猫からも大志からも白い目を向けられそうだ。

『どんなやつかは知らない。のぞみちゃん、彼氏は連れてこないんだよ。付き合う、別れたの報告だけ。俺も深くは聞かないし』
「へぇ…」
『それでも長かったんじゃないか?多分一ヶ月くらい続いてたな』
「一ヶ月で長いのか」

 見せられた精算書は確かに一ヶ月分くらいだったが。

『一週間続けばいいほうだから』
「そうなのか……」

 なら、一週間過ぎたあたりで子猫が不安にかられそうだな。
 ……もっとも、俺たちは付き合ってるわけじゃないから、子猫は何も感じないかもしれないが。

『のぞみちゃんのこと頼むな』
「ああ。……まずは好きになってもらえるよう頑張るさ」
『………』
「大志?」
『あー………、うん、まあそうだな。のぞみちゃん、お前ん家で寝てるんだよな?』
「そうだけど。なにかあるのか」
『いや?なるほどなぁと感心しただけ。んじゃ、店の片付けあるからそろそろ切るぞ』

 大志のどこか含みのある言葉に疑問を持ちつつ、まあいいかと納得し、礼を言って通話を切った。

「……とりあえずお前の保護者からは承諾を得たぞ」

 子猫の隣に体を横たえ、起こさないように頭の下に腕を差し入れる。
 暑苦しいか…と危惧したが、子猫から俺に擦り寄り、鼻を鳴らしてからニマリと笑った。
 ……クソ可愛い。
 ほんと、マジ、可愛い。
 可愛すぎて寝ていた俺の息子が起きる。

「……のぞみ、好きだよ」

 初めて口にした。
 はやく俺を好きになれ。
 恋人としてお前を甘やかしたい。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした

雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。 遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。 紀平(20)大学生。 宮内(21)紀平の大学の同級生。 環 (22)遠堂のバイト先の友人。

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

王太子殿下は悪役令息のいいなり

白兪
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

処理中です...