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竜司と子猫の長い一日

竜司は子猫のキスの相手に嫉妬する

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「竜司さん、キスはいい?」
「ああ」

 子猫はキスに抵抗はないらしい。
 頷けば早速…ってふうに俺の胸に手を当てて背伸びをしてきた。
 ……が、いかんせん身長差がありすぎて、子猫の背伸びぐらいでは届かない。
 俺が少し屈めばいいだけだが、子猫がどうするか興味があった。
 ぷるぷると震えだした子猫は、とうとう力尽きたのか、床にペタリと足をつけてしまった。

「……竜司さん」
「ん?」
「背、高すぎっ」

 涙目で見上げて睨みつけてくる子猫。
 思わず吹き出してしまった。
 俺が笑ったことも気に障ったのか、子猫は顔を真赤にしながら噛み付いてくる。
 そんな様子が可愛らしくて、腰を屈めて俺から子猫の唇にキスをした。
 柔らかな唇をうっかり貪りそうになって、俺はすぐに唇を離した。
 触れるだけのキスだったのに、顔がニヤける。熱くなる。
 しかも、子猫の不満そうな物足りなさそうな目が、俺を見上げてくるものだから、今すぐこの場に引き倒して服を破り捨てたい衝動にまで駆られる始末。
 ……俺は獣だな。
 そんな内心を知られたくなくて、ぼそりと「腰が痛い」と言葉にした。

「は?」

 ぽかんとした子猫も可愛い。
 ……俺は子猫がどんな顔をしても可愛いと思ってしまうのか。これは……かなり重症だ。

「かがむと腰が痛い」
「…………………え、竜司さん、御老体?」

 子猫に気づかれないためとは言っても、まさかそんな返しを受けるとは。確かに俺は子猫よりも歳上だが、老体呼ばわりされる年齢じゃない。

「んなわけあるか。大志ひろゆきと同い年だ」
「だよね…?でも、腰、って……っ」
「痛いもんは痛い」

 痛みなんて微塵も感じてないが。でも貫くしかない。子猫にこんなドロドロとした欲情を知られると、逃げられるかもしれないんだから。
 ……まあ、落ち着け、俺よ。
 どんなに妄想が進んでも、子猫には触れたい。キスだってしっかりしたい。
 子猫を見ないように視線をそらしていたが、改めて視線を子猫に戻した。
 笑っていた子猫もじっと俺を見る。

「だから、協力して。のぞみ」

 背が足りない分は俺が支えてやる。
 キョトンとする子猫の手を取り、俺の首に回した。少し驚いた顔をしたが、きゅっと腕に力が込められる。
 子猫の体温が心地良い。
 俺も子猫の細い腰に腕を回し、体を起こした。

「こうしたら届くだろ」
「あ」

 ……ほぼ子猫が俺にぶら下がってるようなものだが、首も腕も辛くはない。じゃれつかれてるような錯覚すら覚える。
 また何かが心に触れたのか、子猫が笑い出した。この子猫はよく笑う。
 この笑顔も嫌いではないが、もっと別な顔が見たくなる。

「その気にさせて」
「ん」

 かなり詭弁なことは理解している。
 緩く硬くなっている子猫のそこに、俺の勃ちかけてるペニスがあたってるからな。これだけ体を重ねていれば、子猫にも伝わっているはず。
 案の定、子猫は目元を少し朱に染めて、俺をからかうような目を向けてきた。

「竜司さん……硬いよ」

 俺はもう子猫を抱きたくて仕方ないからな。『その気にさせて』なんて言葉だけだ。

「仕方ないだろ。本当にご無沙汰だったんだから」

 子猫は嫌がることなく、笑いながら俺に一度キスをした。子猫の唇はやはり柔らかい。

「……竜司さんって、何歳?」
「大志から聞いてないのか?」
「うん」
「三十だ」
「ぎり一回り行ってない」

 キスの合間に問われる。
 とりあえず子猫のやりたいようにさせた。
 唇を触れ合わせながら言葉をかわすのも良い。
 それにしても、子猫のキスは本当に子猫そのものだ。
 警戒してるようでそうでもないような。
 唇を食んだかと思えばぴちゃぴちゃ舐めてくる。

「おじさんは嫌か?」

 子猫は二十歳の若者だ。子猫から見れば、三十なんてすでにおじさんだろう。

「おじさんって……。男盛りの年代でしょ。マスターだって格好いいし。……なんか、『できる男』って感じで羨ましい」

 子猫の返答は違った。
 男盛りか。ああ、そういう捉え方もあるのか。
 子猫に向かって舌を突き出せば、はむ、はむ、と今度は舌を食む。……くすぐったいな。

「できる男、か」
「うん。……竜司さん、最初から僕のことからかってたけど、いかにも仕事のできそうなイケメンだと思ったし。格好良かった」
「……過去形?」

 イケメンと思われていたのか。それは素直に嬉しい。
 けれど、過去形なのは納得できない。
 口の中に忍んできた舌を噛んでやろうか。

「……だって、腰、痛いとか言うから……」

 キスをしながら笑う子猫の舌に噛み付いた。当然、軽く、甘く。
 息を詰めた子猫。
 腰を抱く手に体の震えが伝わる。

「……怒った?」
「いや?」
「僕のキス、何か変?」
「いや。……男を誘うキスだな」
「うん。……教えてもらったから。男を焦らすキス」
「今までの男か」
「うん」

 脳が一瞬で沸騰した。
 まっさらな子猫にキスを教え込んだやつがいる。ジャレるように男を誘惑するキスを、教え込んだやつが。
 それは当然のことだ。一夜限りの相手も、少しは回数を重ねただろうセフレも、最後には捨てていく恋人もいたのだから、キスだけじゃなく抱かれ方だって教え込まれたはずだ。
 ……悔しい。
 これは明らかな嫉妬だ。
 どうすることも出来ない、過去への嫉妬。
 この感情を子猫に向けるのは間違っている。嫉妬も、今はまだ気づいてほしくない。

「……俺は、しっかり重ねるほうが好きだ」

 なんとか発した声は、意外なほどに低かった。

「口を開いて、貪り合うのが好きだ」

 これは嘘じゃない。
 焦らすキスより、熱を移し合うキスの方がいい。
 ……嫉妬するよりも、全部上書きしてやろう、と。
 子猫に今までの奴らが仕込んでいったもの全てを、俺が上書きしてやろう、と。
 俺しか知らない体であればよかった。けれどそれは無理なこと。それを否定したら子猫自身をも否定することになる。
 過去は過去。
 『今』で書き換えてしまえばいい。
 腕は支えるだけでなく、子猫の腰を掻き抱く。離さない。何があっても手放さない。
 喉の奥に届きそうなほど舌を入れ、上顎を強くこする。
 子猫の鼻から抜ける声。
 もっと、どろどろにしてやる。
 俺の味を覚えろ。




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