14 / 66
竜司と子猫の長い一日
竜司は子猫への恋心を自覚する
しおりを挟む手に持ったままだったマグカップをローテーブルの上に置き、また子猫の首筋を撫でた。
「お前は?」
「僕?」
頷きつつ、指を胸元のボタンまで動かし、また首筋まで戻る。
「お前は彼氏いないの?」
「……いない。今日、別れた」
「へぇ」
ああ、それで『酷くされたい気分』てやつになったのか。
「……部屋行ったら、後輩に突っ込んでた。……僕、浮気は絶対許せないから」
「あー、なるほど。寝取られたってわけか」
「うん」
こんな可愛い子猫よりいい男がいたって?それはないだろ。
というか、子猫に俺と会う直前まで恋人がいたのか。
……その事実にも苛つくが、寝取られたんなら丁度いい。結果として子猫はフリーになって、今俺の目の前にいるわけだし。
「で?黙って出てきたのか」
「えっと、精算書つきつけて一週間以内の支払い要求した」
「精算書?」
「うん、これ」
意外なものを見せられた。
レポート用紙に手書きしたものだが、日付も時間も内容も金額も、事細かに明記されている上に、レシート添付までしてある。
別れる前提の精算書。従順に従うだけの子猫かと思っていたが、別れる準備もできる子猫。
……楽しすぎるんだがどうしよう。
「お前……面白いことするな」
「ん、だって、そういう約束で付き合ったし。もらったものとか全部送り返して、その足でバーに行って」
『俺に会った』
子猫の目がそう語った。
ああ。
気分がいい。
「それにしても、車で露出狂彼氏とか二股彼氏とか、のぞみお前、男見る目ないな?」
「……知ってるもん」
手放した奴らにも見る目がない。
子猫は子猫で自分の思い込みの激しさを自覚はしているようだ。
「……お前から好きになったやつ、いるのか?」
そう問うと、子猫はキョトンとした目で俺を見てから、コテンと首を傾げた。
「…………いない、かも」
……その仕草よ。
それ、わざとか?わざとなのか?
「なら、お前は好きになったつもりでいたんだよ。流されて付き合ってるうちに『好き』って気持ちを刷り込まされてんだよ」
はっきり言ってやれば、子猫は大きな目を何度か瞬かせた。あれか?目からウロコ、ってやつ。
それにしたって、なんでこんな危なっかしい子猫が一人でうろついてるんだ。
「……親は」
踏み込み過ぎだと思ったが、引っかかりを覚えたものはもう収めておけない。
子猫が答えたくなければそれでいい。
「離婚した」
けれど子猫はすぐに答えた。
「いつ」
「高校の卒業式の時」
「その前もなんかあったんだろ」
「……二人共、浮気してて」
「あー……、それで『小学生の頃は』か」
「うん」
これで引っかかってたものが納得できた。
小学生の頃も愛情を注がれていたのか疑問だ。
「……中学生の頃にはほとんど会話もなくて、高校入ったら家に帰ってこなくなって」
「……ネグレクトじゃねぇかよ。どうやって生活してたんだ」
「育児ってほど小さくなかったから、平気。……お金は、出してくれてたから、生活には困らなかった」
お金があれば、たしかに生活はできるだろうが、それだけで満たされるはずがない。
家に帰っても声を出すことがない。誰の体温にも触れられない。
孤独が、寂しがりやな子猫を育てた。
「……男漁りはいつから」
「高三のときから」
恐らくは、孤独に耐えきれなくなったから。
寂しさを埋めてくれる存在を、他人に求めて。
「……大志と会ったのも男関係か」
「うん。バーの近くの路地裏で、そのとき付き合ってた大人の人にヤり捨てられて死にそうになってたとこ、助けてくれて」
依存して、寂しさを埋めて、愛情を求めて───捨てられる。
捨てる方は相当なクズだ。
それをあっさり話してしまえるほどに、この子猫は傷ついた心を遠ざけて、次を求め続けるのか。
盛大な溜息が出た。
この子猫、やっぱり放っておけない。
「……愛情に飢えてんだろ、お前」
「…………わかんない」
「愛情に飢えてるから、愛情を向けられたら無条件に靡いちまうんだよ。……そっか。なるほどな」
今夜一晩で終わる関係で、次がない。…そんなの、俺が『次』になればいいだけだ。
誰か一人に愛される喜びを幸福を、その身に教え込めばいいだけだ。
認めるさ。
俺はこの子猫に惚れたんだ。
こいつが他の奴に靡くのも体を開くのも許せない。
首筋から耳を撫でる。
ピクリと反応しつつ、離れず体を寄せてくる。
伝えるのは簡単。
けれど、そうしたら今までと変わらない。
子猫が、俺のことを好きにならなければならない。子猫が自分から、俺に『好き』だと言わなければならない。
俺から言うのではなく、子猫から好きにならなければ、結局は今までと同じになる。流されて好きと思い込ませるようなのは、嫌だ。
「…俺のことをその気にさせるんだろ?」
自分の性癖を隠す気はない。
子猫に全部教えてやる。
その上で俺を好きになれ。
「うん、その気にさせる」
ぺろりと自分の唇を舐める子猫の姿に、もう堕ちそうだった。
「おいで」
ソファから立ち上がり、子猫に手を伸ばした。
子猫は俺の手を取ると、同じように立ち上がる。
……大志のところから戻るときもそうだったが、手を繋ぐことを自然と受け入れるんだな、子猫。
子猫と手を繋いだままバスルームに向かった。
広々とした脱衣所で、また子猫の警戒心が刺激されたのか、キョロキョロと視線が忙しなく動く。
「のぞみ」
「っ、なに」
「どうする?」
子猫は俺に視線を戻し、ただじっと目を見てきた。
「……する」
僅かに目を潤ませた表情に惹きつけられた。
71
お気に入りに追加
1,477
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる