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竜司と子猫の長い一日

竜司は子猫をお持ち帰りする

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 頭を撫でて耳元に口を寄せ、息を吹き込むように言葉を紡げば、子猫の体が僅かに震えた。
 あー……可愛い。
 子猫は躊躇っていたマッチングアプリの承認ボタンを押した。すぐに俺の方に承認確認の通知が入る。
 その後はすみやかに子猫を『お持ち帰り』だ。子猫の飲食代も支払っておいた。少しでも俺に恩を感じればいい。
 さりげに握った手は細く頼りない。
 車に押し込めばどこか不安そうに表情を曇らせた。あんな要求を出すほどなのに、緊張してるのか。

「なにそんなに緊張してるんだよ」
「……車、あまり乗りなれなくて」

 少し意外な答えだった。

「家族とドライブとかするだろ?」
「しません。……小学生の時はあったかもしれないけど、中学入ってからそんな旅行みたいなのしたことないし…」

 その言葉に引っかかりを感じた。
 高校生の時からバーに通えるような家庭環境ってことか?性指向のことやらで家族とうまくいってないんだろうか。

「それに……、……車乗ったら、色々、されるし……」
「ふぅん……色々、ねぇ」

 家族関係のことは俺が口を出すようなことじゃないし、まだそこまでの関係でもない。だから一旦保留だな。
 それにしても、『色々』ねぇ…。
 子猫がされる『色々』なんて、予想がついてしまう。
 左手で子猫の股間を弄った。
 途端、表情も体も強張らせた子猫に、予想は当たりかと納得してしまう。

「車に乗りながらこんなことされたことあるんだ?」
「……あるっ」
「どんなふうにされたの?」
「……ズボンとか、全部脱げ、って、言われてっ。足、広げて、アナルにディルドいれて、左手でずっとペニスいじられて……っ」
「夜?」
「……ううん……、ひる、ま」
「ムリヤリされたの?」
「違う…。そのとき付き合ってた人…。好きだから、何されても許せて……」
「…………なるほどねぇ」

 明らかに外から丸見えじゃねぇか。
 付き合ってた?馬鹿じゃないのか。明らかなやりすぎプレイだし、とてもじゃないが恋人に対する行為じゃない。
 でも子猫はそうは思わないんだろう。
 子猫だからな。好きと言われれば好きになり、晒せと言われれば晒してしまう。依存に気づかない従順な子猫。
 触れば体は反応する。けれどトラウマで心は痛みを伴いながら冷えていく。

「従わないと嫌われる、って思ってたんだろ?……怖かったな。昼間っからやらされることじゃねぇよな」
「………っ」

 ……なんだかな。
 一生懸命周りに虚勢を張って頑張ってる子猫にしか見えなくなった。
 大志ひろゆきの言うように、今後を考えているわけじゃない。無鉄砲なことをして自分を傷つけそうな子猫を今夜保護しただけ。後腐れなく互いに気持ちよくなって欲求を満たしあえば、それで終わる関係だ。
 今夜だけだろう。
 子猫が望めばセフレになることも吝かではないが、子猫はそんな関係を求めてこない気がする。
 それでもこの周りを威嚇し続ける子猫を甘やかしたい。
 ……だから、つい、肩を抱き寄せてしまうんだろう。全身ですがりついてくる寂しがりやな子猫だから。

 マンションにつくまでそうやって肩を抱いた。
 子猫は少し安心したのか、体からは力が抜けていた。
 が、いざマンションにつくとキョロキョロと見回し、また警戒心があらわになる。
 腰に腕を回しても振り払われない。
 コンシェルジュを珍しそうに見たかと思えば、天井を見上げ呆けた顔をしていた。

「緊張してるのか」
「……ここ、高級ホテル?」
「なわけないだろ。俺の家」

 もちろん、全フロアじゃなくて一部屋だけだが。
 最上階のワンフロアが俺の『家』だ。これだけのものを自分で買いましたっていうくらいの稼ぎがあれば自慢できるが、資産家の爺様が買ってくれたものだから自慢なんてこれポチもできたもんじゃない。住心地は最高だし感謝してもしきれないから、この部屋に似合う男になろうと日々研鑽中だ。

 部屋に入れば子猫は確認作業に忙しい。
 心から驚いてますって顔で、見てると笑いそうになる。
 ソファに座らせると、置いていたクッションを手繰り寄せ抱きしめた。それで少し落ち着いたのか、視線の動きが鈍くなる。
 帰宅早々ヤるだけってのもつまらない。まあ、それが目的なんだからそれでもいいとは思うものの、なんだか味気なく感じ、ついコーヒーを用意していた。
 子猫には、ミルク多めの甘いカフェオレを。どのくらい甘かったのかは知らないから、俺が『クソ甘い』と思うくらいでいいだろう。

「ほらよ。お子様用たっぷりミルクの甘いカフェオレだ」
「……一言も二言も余分なんですけどっ」
「いらない?」
「いる」

 まったく素直じゃない。
 子猫のそんな態度にも気分は悪くなく、自然と笑ってしまう。
 むかい側でもなく間を空けるでもなく、あえてピタリと寄り添うようにソファに座ったが、嫌がる素振りはない。
 息を吹きかけながらカフェオレを冷ます子猫はちらちらと俺を見る。その視線はなんともくすぐったく、横目で見ていたものを真正面から捉えれば、ひくりと肩を揺らした。

「なんだよ」
「なんでもないし」
「すぐヤりたいのか?」
「違うしっ」
「ほぅ?えげつないリクエスト出してきたのに違うって?なに、今更怖気づいたとか?」
「それも違うっ」

 噛み付いてくる子猫も可愛いな。
 ふわふわの髪は触ると心地が良い。首筋を撫でてやれば気持ちよさそうに目を細める。……ああ、本当に子猫だ。





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