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竜司と子猫の長い一日
僕の作った精算書を見せたら竜司さんが大笑いした件
しおりを挟む「んーと……あのさ、竜司さん」
「なんだ」
「竜司さん、今お付き合いしてる人いないの?」
「ん?」
「僕、何も気にしないで来ちゃいましたけど……、そういう人がいるならこれで帰ろうかな、と……」
手の中のマグカップをいじる。
中身の甘くて美味しかったカフェオレはもうない。飲み終わってしまった。
中々竜司さんからの答えが返ってこなくて、ひたすらいじいじとマグカップを弄んでいたら、長くて太い指にカップを奪い取られてしまった。
「あ」
「お前、そういう倫理観はあるんだな」
「当然……って言いたいですけど、隠されたらわからないので絶対じゃないです。……アプリ使う人だって、既婚なの隠してることもあるし……。でも、パートナーがいるってはっきりわかってる人には、勃たないので」
「……ネコなら勃たなくても問題ないだろ」
「勃たないってことは気持ちも萎えてるので、突っ込まれても気持ちよくないから嫌です。それに、竜司さんのその発言はネコ差別だと思います!ネコさんの中にはそういう人もいるかもですけど、僕は違いますから!」
「ふうん?」
「ちゃんとしっかり射精しないと体が重たくなるんですよ!健康維持のためにも勃起と射精は必要です!」
持論を掲げて熱くなってしまった。
もしかして気を悪くさせたかもと思ったけれど、竜司さんが笑い出したから問題なしだ。
「お前……、その顔で随分なこと言うんだな……っ」
「僕はこの顔が嫌いです」
「なんで。可愛いだろう」
「……母に似てるので」
家族だった人たちのことを嫌でも思い出してしまうから。でも、相手を見つけるのに、この顔が役立っているのもまた事実で。
さらりと『可愛い』と言われたことをうっかり流してしまって、それを僕は気づいてもいなかったけど。
「は。それで、どうなんですか。嘘はつかないでくださいね」
「いない。完全に独り身。最近は忙しすぎてセフレとも会ってない」
「……そういえば、大志さんが、『下半身だらしない男』と………!」
言ってた気がする。……あ、いや、ただれた生活、か?……ん。同じ。どっちも同じ意味だ。多分。
まあ、僕にはちょうどいいかもしれないけど。
「ああ、まあ、事実だからいいんだが」
とてもさらりと肯定された。事実なのか。
「さすがに大志も俺に特定のパートナーがいたらお前に勧めたりしないよ」
「あ、そっか……」
コトンと音を立てて、竜司さんがマグカップを二つローテーブルの上においた。
「お前は?」
「僕?」
すす…っと首筋を撫でられた。
その指は僕の胸元のボタンに引っかかると、そこから上に戻っていく。
「お前は彼氏いないの?」
「……いない。今日、別れた」
「へぇ」
「……部屋行ったら、後輩に突っ込んでた。……僕、浮気は絶対許せないから」
「あー、なるほど。寝取られたってわけか」
「うん」
「で?黙って出てきたのか」
「えっと、精算書つきつけて一週間以内の支払い要求した」
「精算書?」
「うん、これ」
スマホを取り出して精算書を撮ったものを竜司さんに見せた。
それを見た竜司さんがとても愉快そうに笑い始めたからちょっとびっくり。
「お前……面白いことするな」
「ん、だって、そういう約束で付き合ったし。もらったものとか全部送り返して、その足でバーに行って」
そしたら竜司さんに会った。
ずっと笑ってスマホの画面を観てた竜司さんは、それを僕に返すとはぁ、って一度息を整えた。
「それにしても、車で露出狂彼氏とか二股彼氏とか、のぞみお前、男見る目ないな?」
竜司さんに初めて『のぞみ』って呼ばれた。
「……知ってるもん」
ちょっとドキドキするのは仕方ない。
「後で考えたら、つくづく僕は男を見る目がないと思う。……けど、付き合うときはほんとに好きだから、運命って思えるし……」
「……お前から好きになったやつ、いるのか?」
そう問われ。
考えてみれば、いつもいつも、『好き、付き合って』と言われて付き合って好きになってたことに気づく。
僕から好きになったこと、一度もない。
「…………いない、かも」
初めて会った竜司さんに、こんなにべらべら喋っていいのかな。あのマスターの知り合い…友人だから、僕も気を許しちゃってるのかな。
「なら、お前は好きになったつもりでいたんだよ。流されて付き合ってるうちに『好き』って気持ちを刷り込まされてんだよ。……親は」
「離婚した」
「いつ」
「高校の卒業式の時」
「その前もなんかあったんだろ」
「……二人共、浮気してて」
「あー……、それで『小学生の頃は』か」
「うん。……中学生の頃にはほとんど会話もなくて、高校入ったら家に帰ってこなくなって」
「……ネグレクトじゃねぇかよ。どうやって生活してたんだ」
「育児ってほど小さくなかったから、平気。……お金は、出してくれてたから、生活には困らなかった」
「……男漁りはいつから」
「高三のときから」
「……大志と会ったのも男関係か」
「うん。バーの近くの路地裏で、そのとき付き合ってた大人の人にヤり捨てられて死にそうになってたとこ、助けてくれて」
洗いざらい喋ってしまった。
竜司さんは「はぁぁっ」て盛大な溜息をついて、天井を仰ぎ見た。
「……愛情に飢えてんだろ、お前」
「…………わかんない」
「愛情に飢えてるから、愛情を向けられたら無条件に靡いちまうんだよ。……そっか。なるほどな」
……そんなこと、ないと思うんだけどな。僕にだって好みはあるし。
でも竜司さんは僕の返答を待つつもりはなかったらしい。
天井に向けてた顔を僕に向けると、止まっていた指を動かして首筋から耳を撫でてきた。
「お前の事情はわかったよ。それで?寝取られた腹いせに酷くされたいって?」
「うん。……やっぱりちょっと、むしゃくしゃしてる、っていうか……」
「ん。それじゃ始めようか?……のぞみ、忘れてないか?俺のことをその気にさせるんだろ?」
大真面目な話をしてたのに、竜司さんの目はもうギラギラとしてた。
「うん、その気にさせる」
なんだか楽しくなってきて、僕は唇を舐めた。ほんのりコーヒーの匂いと、甘さが舌に乗る。
……てかさ、竜司さんのその目。
もうヤル気になってない??
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