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竜司と子猫の長い一日

僕が初めて竜司さんの自宅にお邪魔した件

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 ホテルに行くんだと勝手に思ってた。
 今までの人がそうだったから。
 お付き合いに発展してからも、ホテルばかりの人もいたくらい。

「…………」
「どうした?」
「えーと?」

 ついた場所はどう考えてもホテルじゃない。
 ……や、見様によっては豪華なホテル。ビジホとかラブホとか、そんなんじゃない、入るにもドレスコードを要求されそうなホテル。
 けど、ここはホテルじゃなくて。
 ホテルのようにドアマンがいて、りゅうじさんが乗ってた車を別の人が駐車場に停めに行って、僕はりゅうじさんに腰を抱かれるようにしてその建物─⁠─⁠─⁠所謂高層マンションで、僕には一生縁がなさそうなセレブの住処に足を踏み入れた。

「おかえりなさいませ獅戸ししど様」
「ああ」

 ロビーの天井の高いこと高いこと。
 りゅうじさんに「ししどさま」と呼びかけた人は、ぴしっとしたスーツで、僕の中で「執事さん」みたいな人ってことになった。
 執事さんみたいなぴしっとした人は、りゅうじさんが僕の腰を抱いて伴っているのを見ても動揺した様子はなくて、終始ニコニコしながらエレベーターの操作をしていた。
 もう何もかも別世界みたいで、りゅうじさんに促されてなかったら、僕、多分ずっと立ち尽くしていたんじゃないかな。

「緊張してるのか」
「……ここ、高級ホテル?」
「なわけないだろ。俺の家」

 全フロアじゃなくて一部屋だけな?って笑いながら付け足してたけど、りゅうじさんが押した階は最上階。
 静かに止まったエレベーターを降りると、その最上階には一つしか玄関が見えない。
 ……大志ひろゆきさん。貴方のお友達は一体何者なんでしょうか。

 りゅうじさんはカードを取り出すとドアノブのパネルみたいなところにあてた。そしたら『ピ』って電子音がして、ガチャンと鍵が開いたらしい。
 ほえー。ホテル以外で始めてみたよ。カードキー。

「はいどうぞ」

 玄関を開けて僕を促してくれた。
 ごく……って生唾を飲み込んで、僕は部屋の中に入る。
 広い広い玄関。
 靴を脱いで揃えた僕の隣を、りゅうじさんがすり抜けて、ドアを開けた。

「お、じゃまします」

 って入ったら、すごく広いリビング。しかも、壁一面の窓ガラス。

「うわ………」

 ほんと、金持ちの部屋だった。
 なんならバーカウンターまである。
 モノトーンで落ち着いた色。
 そして無機質な色の室内に、挿し色みたいに観葉植物が置かれてる。

「あ、スリッパ使いたい?」
「え、いらない」
「ん、俺もだ。そこ座っとけ」
「うん」

 促されてソファに腰を下ろしたけど、座り心地が抜群だった。それに大きい。
 ソファに置かれてるクッションを手に取ると、これまた手触りの良いカバーだった。よくよく見ると、ソファにもおなじカバーが掛けられてる。

 りゅうじさんは広そうな対面キッチンに立っていた。鼻歌交じりでコーヒーを入れてるみたい。
 コーヒーのいい香り。
 りゅうじさんは格好いい。それは確かなことだ。僕をからかう意地悪な顔をするけど。
 さぞモテるんだろうな……って考えて、はたっとこんな人なら恋人いるだろ……って思い至る。
 パートナーがいる人と関係を持つのは嫌だ。後腐れのない独り身の人がいい。僕と同じマッチングアプリを使ってたみたいだから、多分大丈夫なんだろうけど……確認しなきゃ駄目だ。

「ほらよ。お子様用たっぷりミルクの甘いカフェオレだ」
「……一言も二言も余分なんですけどっ」
「いらない?」
「いる」

 くく…って笑う姿も様になる。
 僕がりゅうじさんから白いマグカップを受け取ると、りゅうじさんは僕の隣にどかっと腰を下ろした。僕と反対側に足を組む姿もとてもとても様になる。
 ふぅふぅとカフェオレを冷ましながら、ちらりとりゅうじさんを見ると、ばっちり目があった。

「なんだよ」
「なんでもないし」
「すぐヤりたいのか?」
「違うしっ」
「ほぅ?えげつないリクエスト出してきたのに違うって?なに、今更怖気づいたとか?」
「それも違うっ」

 必要以上に噛み付いてる自覚はあるけど、僕のこと子供扱いばかりするから仕方ないんだ。ほんと腹立つんだからさっ。
 でもぴったりくっついて座ってる状態が嫌とは思わない。
 コーヒーを飲む傍ら、僕の前髪をいじったり顎から喉にかけて撫でたり、軽く触られても嫌じゃない。
 ……口の悪さを除けばかなり好ましい人だから。だから余計悔しい。

「……りゅうじさんって、どう書くの?」
「ん?……ああ。ドラゴンとかの『竜』。難しくない方のな。それにつかさどるの『司』だ。獅戸は、獅子のドア?『子』抜きのな」

 僕の手を取って、何故か手のひらに書いてくるもんだから、くすぐったいやらなんか妙に恥ずかしいやら。

「獅戸、竜司さん」
「そ。で、お前は?大志は『のぞみちゃん』って呼んでたな。なんて書くんだ」
「……伊東のぞみ。伊東は、えっと……イタリアの『伊』……あ、忍者の伊賀の『伊』に、東で『伊東』。………それで、のぞみは、……僕、自分の名前の漢字嫌いだから教えたくない。ひらがなで呼んで。のぞみちゃんでも、のぞみでも、のぞみさまでも。あ、それいい。のぞみさまにしよう!」
「あほか」
「いてっ」

 頭をこづかれた。痛くはなかった。
 竜司さん。
 竜司さんか。

「何笑ってんだよ」
「別に」

 ……なんか、いいな。こんな雰囲気。



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