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竜司と子猫の長い一日

僕がバイトに行ってる間に彼氏は後輩くんを家に連れ込んでいた件

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 合鍵を使って彼氏の家の玄関を開けた。
 玄関先に無造作に置かれた見なれない靴。
 僕は思わず溜息をついて、きちんと靴を揃えて家の中に入った。

 学生が住むには贅沢な作りの部屋。念の為トイレとか浴室とかを覗いたけど、使われた形跡はない。
 じゃあ部屋か…ってリビングにつながるドアを開けた途端、「あ、あん、あん」って濡れ場の生声が聞こえてくる。
 ……はぁ。結局はこうなるんだ。
 僕はもう一度浴室に戻って、置きっぱなしにしてた歯ブラシとか僕の私物を、持っていた鞄の中に放り込む。後でゴミに出そう。
 リビングに戻ってぐるりと見渡して、持ち込んだゲームとかも鞄の中に。
 それから、鞄の中から数枚になったレポート用紙と電卓を取り出して、計算を始める。
 BGMは聞きたくもない喘ぎ声。靴は男物だったし、声からしても今回は僕と同じ男なんだろう。女の喘ぎ声じゃなくて心底良かった。

「ん」

 すべての計算を終えて、紙を整えた。
 一ヶ月か。結構続いたほうだよね。
 あとは寝室に置いてある僕の私服を持ち出せば荷物の関係は終わり。

 ……一ヶ月の間、いい彼氏だったと思う。
 ペニスは理想通りに大きくて使い込んでて、結腸まであっさり開いてくれる。抜かず三発なんかも軽々こなしてくれて、僕の性欲を十分満たしてくれた。
 セックスをしないときだって、僕に優しくて叩いたり追い出したりもしなかった。
 僕の認識では『付き合って』いたはず。それから、彼氏─⁠─⁠─⁠もう元彼氏になるのか─⁠─⁠─⁠だって、僕のことをちゃんと恋人として認識してくれていたはず。

 今度こそうまくいくと思ったんだけどな。
 何が駄目だったんだろう。
 やっぱりあまり上手でもないのに料理を作り続けたことかな。美味しいって言ってくれたから、ついつい頑張っちゃったけど、多分お世辞だったんだ。
 …他に駄目だったことが思い浮かばない。
 まあ、いいや。
 もう終わるわけだし。
 一ヶ月、長かった方だ。僕にしては続いた方。
 鞄を肩から下げて、手にレポート用紙を数枚。いまだに『あんあん』声のする寝室のドアを、遠慮なく普通に開けた。

「ひゃ……!?」
「のぞみ……!?」
「あー、いいよ。続けてて」

 ちょっと薄暗くてよく見えないけど、元彼氏の下で目を見開いてる男には見覚えがあった。確か、元彼氏と同じサークルの後輩だったはず。名前は知らん。

「ほら、腰振ってていいよ。僕、私服回収したら帰るから」
「いや、のぞみ、これはっ」
「あ、あうんっ」

 元彼氏─⁠─⁠─⁠樋山ひやまとおるが不用意に動いたせいで、ペニスの角度でも変わったんだろう。後輩くんが喘いだから、徹は慌ててその口を手で塞いでた。
 ……今更何してるんだか。

「のぞみっ」
「回収おわりー。一ヶ月…って、そんなに私物って増えないもんだね。あ、徹、それとこれね」

 精液くさいから早く帰りたいんだけど、いまだに後輩くんのアナルからペニスを抜こうとしていない元彼氏な徹に、さっき計算したものを突き出した。

「え、なに、これ?」
「精算書。それから、誓約書。それが破られたのでこの金額を請求します」
「はぁ!?」
「別に理不尽な請求はしてないよ。今までの一ヶ月間で、僕が徹におごった分の半額とか、立て替えた分だとか、僕がだした食費分の半額とか。もちろん、徹が出してくれた分もしっかり書き出してそこらへんはちゃんと減額してる。あとは、そうだな。僕がプレゼントしたものは正直どうでもいいかな。徹がプレゼントしてくれたものは、今度送るから」
「のぞみ、まって、話を」
「言ったよね?僕と付き合うときの条件。…暴力も暴言もいい、変態なプレイにも付き合えるけど、絶対に僕を裏切らないで、って」
「のぞみ」
「…浮気を一度でもしたら、その場で精算して別れるから、って。しっかり約束したよね?説明して、誓約書にも納得してサインしてもらったよね?」
「のぞみ、これは」
「のぞみって呼ばないで。吐き気がする。僕も樋山君って呼ぶから。……むしろ、呼ばなくてもいっか。大学で会っても声かけないで?虫酸が走るから」
「っ」
「じゃあね。あ、支払期限は一週間ね。振込先はそこに書いてるから。よろしく」
「のぞみっ、行くなよっ、俺はお前が好きで─⁠─⁠─⁠」

 後輩くんから勢いよく抜いた元彼氏の徹が、真っ裸で、ペニスをまだおっ勃てて、僕に迫ってきた。
 あー……ほんと、気持ち悪い。

「近寄らないで。気持ち悪い」
「のぞみっ」
「呼ぶなって言ったよね?僕はもうあんたの恋人でも玩具でもないの。わからない?新しい遊び相手ができたんでしょ?別に僕は悲しんでるわけじゃないから、気にしなくていいよ。じゃあね?これ以上近づいたら警察に連絡するから」

 呆然とした顔の元彼氏の樋山徹は、それ以上僕を追いかけようとはしなかった。
 手間を掛けさせやがって。
 あー、ほんと臭い。
 最後にリビングのテーブルの上に合鍵をおいた。
 貰ったときについていたストラップが綺麗で嬉しかったのをよく覚えてる。

「ばいばい」

 はい、これで赤の他人。
 靴を履いて玄関を出て、うーん…と伸びをした。
 そもそも、僕、今日なんでここに来たんだっけ…。
 アパートの階段を降りながら、はて……と考え込んだ。
 ……ああ、そうだ。予定してたバイトが無くなって時間できたから、びっくりさせてやろう…って部屋に突撃したんだった。

「今日が初めてじゃないよなぁ、あれ。ほんっと僕って男を見る目がないっていうか、信じちゃうんだよなぁ……」

 少なくとも、付き合ってる間は好きだと感じてるんだ。
 好きで仕方なくて、傍にいたくて。
 嫌われないように尽くして尽くして、それで嫌がられたこともあったけど。
 でも、好きでいてほしくて、好きでいたくて。
 こんなにさばさばと精算しちゃう僕だけど、傷つかないわけじゃない。今だって、ほんのちょっと胸が痛い。
 これで何人目だっけ?
 高校の時からだから………、うん。十人越えたところで数えるのやめたんだった。
 ……結局、僕が求めてるような唯一無二の恋だとか愛だとか、そんなものはこの世に存在しないのかもしれない。恋も愛も好きも、刹那的で、その時その時を楽しめればいい、使い捨ての感情なんだ。
 ましてや男同士。
 生産性はないし、将来性もない。
 お互いの体の相性が最優先される世界で、心なんて……二の次。
 そう割り切るしかないんだ。
 ……男と女だってうまくいかないんだから、男同士でうまくいくはずなんて……ないんだ。




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