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本編
友兄が俺に伝えていた言葉
しおりを挟む「……何か……って、何も…ないよ。電話も……出てないし、まともに話しなんてしてない」
「週末には何も言ってなかった?会ってたんでしょ?」
週末…ってことは、成り行きで三人で出かけた土日のことだよな。
…愛してるって言われて、抱いてって言ったら断られて……、それから…、
「…友兄の言葉を信じてほしいって言われた」
「言葉?」
「うん。……友兄が、直接俺に話すことだけを信じてほしい、って」
「直接、か…」
颯は何かひっかかるところがあるのか、難しい顔をしてる。
「…それって、理玖、お兄さんから、『彼女と結婚します』って、直接聞いた?」
「友兄からは何も聞いてないよ」
婚約のことも、結婚式のことも、友兄は俺に直接何も言ってない。俺が聞いたのは、母さんから。友兄が母さんに話して、それを俺が母さんから聞いたこと。
「お兄さんから直接聞いた言葉って、何?」
「……信じてほしい、ってことと」
「うん」
「…………俺のことだけ、愛してる、…………って」
話しながら呆然とした。
颯は振り向きながら困ったように笑うと、肩の力を抜く。
「なら、そういうことでしょ。……友敬さんに手酷く振られて自殺未遂でもしでかして昨日休んだのかと思ったんだけど、それもないし、……そもそも、理玖は失恋なんかしてないよ」
「…………………あれ…?」
自殺未遂でも……って、一体何を考えていたんだ、とか、突っ込みどころは満載なのだけれど、俺の頭の中はそれどころじゃない。
颯に指摘されるまで気付かなかった。
友兄の婚約とか結婚とか……それで頭の中が一杯になっていて、友兄が俺にくれていた言葉の意味を考えることを放棄していた。
「……俺……」
「まー、だから、やっぱりこの話しは破談になると思うんだけど、だったら、なんでこんな回りくどいことをしてるのか、ってところだよねぇ」
「颯」
「大体、彼女も勝手というか、まあ、前々からわが道行く人ではあったけど」
「颯!」
「なに?」
「………お前って、まさか、魔法使い?」
「なんだよそれ」
颯が笑った。
だって、すごいじゃないか。
あんなに苦しくて苦しくて、もう本気でこの先どうしたらいいのかわからなくて、出口のない迷路にはまっていた俺を、たった数分で救いだしてくれた。本当にあっさりと、自然に、即効性で。
「前にも言ったけどさ、僕は、理玖には、笑っていてもらいたいから。涙なんて流してほしくないし、落ち込む姿は見たくないし。だから、理玖のためだったら、どんなことでも解決策を見つけてみせるよ」
「颯……」
なんか、ちょっと、感動した。
俺の親友って、ほんとにすごい。
「まあ」
颯は悪戯っぽいいつもの笑みを見せた。
「僕が理玖を泣かすことは全然平気なんだけどね。むしろ、率先して泣き顔を見ていたいくらいなんだけど」
「おま……っ、俺が折角感動してたのに……っ」
「本気なんだよねぇ。僕の腕の中で泣いてくれたら、きっと、すごく…色っぽいと思うんだけどなぁ」
……もう構うまい。
そんな妄想にはとりあえず付き合わないとして、どよんとした気分はなくなっていた。
ああ、俺ってゲンキン。
「颯」
「なに?僕の腕に飛び込みたくなった?」
「サンキュな」
静かにそう伝えると、颯も満足そうに笑った。
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