15 / 15
幸福の続き
手を取り合う、この先の未来へ《後》
しおりを挟む
「マティ…っ、マティアス……っ」
「ヴィル……ヴィル……っ」
俺が探していたもの。
探し求めていたもの。
「マティ……顔を見せて」
「ヴィル……っ」
涙に濡れた頬には、うっすら赤みがさしている。唇も肌に比べれば血色のいい色をしていた。
「…瞳が紫だ」
「私……やっぱり体が弱くて、何度も死にかけて、でも、どうしても、知らないはずの誰かに会いたくて……っ」
「うん……うん……っ」
「頑張って治療を受けて……っ、それで……っ」
体がこわばった。また、なのかと。この華奢な体はまた病に侵されているのかと。
「ヴィル……ヴィル、私……っ」
「……お前が死ぬなら、俺も共に逝く」
「ヴィル…っ」
「すまなかった。お前が苦しんでいることに気づかなかった。一人で逝かせてしまった……っ」
力を込めると折れてしまいそうなほど細い体。けれど、体温も鼓動もしっかりと感じることができる。
奇跡のように再び出会えた。
だから、何があっても、今度こそマティを一人になんかさせない。
「マティ…愛してる。愛してるんだ」
煩わしい婚約者はいない。
子をなさなければならない立場でもない。
最期の時まで、心からマティだけを愛することができる。
「ヴィル……私も、私もっ、貴方を愛してる……っ」
泣きながら微笑むマティの唇に、そっと口付けた。
ふっくらした唇を舐めると、涙の味が舌先に触れる。
「マティ……今すぐ学園を出よう」
「……え?」
「お前と二人だけで過ごしたい。最期までお前を抱きしめていたい」
「え、と」
「一緒に眠りにつこう」
「ヴィル」
困ったように微笑んだマティは、俺の頬を両手で挟んだ。
「ヴィル、あのね。……私、病に勝てたんだ」
「………え?」
「まだ無理はできないし、薬も必要だけど、前と全然違うんだ。食べれないものはないし、熱だってそんなに出ない」
「マティ…?」
「だから、王都にある美味しいお菓子屋さんに連れて行って。満天の星空も見たいし、ヴィルと一緒に馬で遠がけもしたい。……馬には、一人で乗れないんだけど……」
微笑むマティの顔が揺れ始めた。
熱いものが溢れ、自分の頬を濡らしていく。
俺が涙を流していることに気づいたのは、マティの白く細い温かな指が俺の頬を撫で涙を拭ったときだった。
「……どこにだって連れて行く……っ」
マティが望んだこと。
一人で全部叶えて、墓前で報告した。
それを、最初から、二人で。
「よかった……マティ……マティ……っ」
「うん……、頑張ってよかった……。また、貴方に会えた。私は……それだけで幸せだから」
「まだまだ足りない。幸せなんて、これからいくらでも感じさせてやる。何年も、何十年も、共に逝くときも手は離さない」
「うん」
それから、抱き合ったまま、私達は語り続けた。
マティの死を知って、自死しようとしたこと。そのときにマティの残してくれたものが、俺を止めてくれたこと。
マティが言ったように、俺の息子は俺よりも優秀だったこと。
「病は辛くて……悲しくて、幸せな記憶なんてなかったけど、ヴィルに出会えて、……恋をして、私は本当に幸せでした。最後は悲しくなんかなかった。貴方の思いを聞きながら、幸福を感じて眠りにつけたから。
……でも私は欲張りだから。また、貴方に会いたかった。今度こそ、貴方の隣に立ちたいと願いました」
共に在りたい。
二人の願いは同じものだった。
だからこの奇跡が生まれたのかもしれない。
「俺は、マティだけのものだ」
「私も貴方だけのものです」
ベンチに座り直したマティの膝に頭を載せて横になった。
「マティ、歌を」
「はい」
はにかんだマティは、俺の頭を何度も撫でながら、歌を口ずさむ。
ああ。この歌声だ。
俺に癒やしを与えてくれるこの歌声。
昼の休憩時間なんてとっくに過ぎていた。
午後の授業も始まっている。
けれど、そんなことは気にするようなことではなく、得られた幸福にただただ身を委ねていた。
その後、マティが噂されていた第三王子で、一学年に入学するのではなく、俺たちと同じ学年に編入したのだと聞いた。
俺は侯爵家の次男だと言うと、マティは小さく「よかった」と呟いた。
「前とは逆ですね」
「そうだな」
「あ……、でも、侯爵家と男爵家ではあまりにも違いすぎますね」
「そこはきっと、王子を娶るのに必要な身分を神が与えてくれたんだ」
お互いに笑いあい、頭を上げて唇を触れ合わせる。そしてまた頭を膝の上に戻し、マティの歌を聞く。
心が満たされていく。
今更のように二人で名乗り合う。
きっと、もう、「マティ」「ヴィル」と呼び合うことはない。
彼らが生きた時代はかなり昔のことだ。
俺たちには今の時代がある。二人で過ごしていく時がある。
「行きましょうか、ロレンツォ」
「……行かなくていいだろ。まだラウフェリエの膝枕で寝ていたい」
「そんなこと言って……。怒られますよ?」
「……ラウと怒られるならむしろ本望だ」
「……そうやってまた私を巻き込もうとするんですから……」
渋々起き上がり、くすくす笑い続けるマティを抱き締めた。
「愛してる、ラウ」
「私もです。愛してます、レン」
初めて出会ったのは学園の中庭だった。
そして、再会したのも学園の中庭だった。
季節も同じ春の穏やかな季節。
二人手をつなぐ。
もう離すことのない手。
この先は、二人で歩む幸福な未来だけ。
*****
蛇足かと思いつつ、二人の幸福な未来を。
「ヴィル……ヴィル……っ」
俺が探していたもの。
探し求めていたもの。
「マティ……顔を見せて」
「ヴィル……っ」
涙に濡れた頬には、うっすら赤みがさしている。唇も肌に比べれば血色のいい色をしていた。
「…瞳が紫だ」
「私……やっぱり体が弱くて、何度も死にかけて、でも、どうしても、知らないはずの誰かに会いたくて……っ」
「うん……うん……っ」
「頑張って治療を受けて……っ、それで……っ」
体がこわばった。また、なのかと。この華奢な体はまた病に侵されているのかと。
「ヴィル……ヴィル、私……っ」
「……お前が死ぬなら、俺も共に逝く」
「ヴィル…っ」
「すまなかった。お前が苦しんでいることに気づかなかった。一人で逝かせてしまった……っ」
力を込めると折れてしまいそうなほど細い体。けれど、体温も鼓動もしっかりと感じることができる。
奇跡のように再び出会えた。
だから、何があっても、今度こそマティを一人になんかさせない。
「マティ…愛してる。愛してるんだ」
煩わしい婚約者はいない。
子をなさなければならない立場でもない。
最期の時まで、心からマティだけを愛することができる。
「ヴィル……私も、私もっ、貴方を愛してる……っ」
泣きながら微笑むマティの唇に、そっと口付けた。
ふっくらした唇を舐めると、涙の味が舌先に触れる。
「マティ……今すぐ学園を出よう」
「……え?」
「お前と二人だけで過ごしたい。最期までお前を抱きしめていたい」
「え、と」
「一緒に眠りにつこう」
「ヴィル」
困ったように微笑んだマティは、俺の頬を両手で挟んだ。
「ヴィル、あのね。……私、病に勝てたんだ」
「………え?」
「まだ無理はできないし、薬も必要だけど、前と全然違うんだ。食べれないものはないし、熱だってそんなに出ない」
「マティ…?」
「だから、王都にある美味しいお菓子屋さんに連れて行って。満天の星空も見たいし、ヴィルと一緒に馬で遠がけもしたい。……馬には、一人で乗れないんだけど……」
微笑むマティの顔が揺れ始めた。
熱いものが溢れ、自分の頬を濡らしていく。
俺が涙を流していることに気づいたのは、マティの白く細い温かな指が俺の頬を撫で涙を拭ったときだった。
「……どこにだって連れて行く……っ」
マティが望んだこと。
一人で全部叶えて、墓前で報告した。
それを、最初から、二人で。
「よかった……マティ……マティ……っ」
「うん……、頑張ってよかった……。また、貴方に会えた。私は……それだけで幸せだから」
「まだまだ足りない。幸せなんて、これからいくらでも感じさせてやる。何年も、何十年も、共に逝くときも手は離さない」
「うん」
それから、抱き合ったまま、私達は語り続けた。
マティの死を知って、自死しようとしたこと。そのときにマティの残してくれたものが、俺を止めてくれたこと。
マティが言ったように、俺の息子は俺よりも優秀だったこと。
「病は辛くて……悲しくて、幸せな記憶なんてなかったけど、ヴィルに出会えて、……恋をして、私は本当に幸せでした。最後は悲しくなんかなかった。貴方の思いを聞きながら、幸福を感じて眠りにつけたから。
……でも私は欲張りだから。また、貴方に会いたかった。今度こそ、貴方の隣に立ちたいと願いました」
共に在りたい。
二人の願いは同じものだった。
だからこの奇跡が生まれたのかもしれない。
「俺は、マティだけのものだ」
「私も貴方だけのものです」
ベンチに座り直したマティの膝に頭を載せて横になった。
「マティ、歌を」
「はい」
はにかんだマティは、俺の頭を何度も撫でながら、歌を口ずさむ。
ああ。この歌声だ。
俺に癒やしを与えてくれるこの歌声。
昼の休憩時間なんてとっくに過ぎていた。
午後の授業も始まっている。
けれど、そんなことは気にするようなことではなく、得られた幸福にただただ身を委ねていた。
その後、マティが噂されていた第三王子で、一学年に入学するのではなく、俺たちと同じ学年に編入したのだと聞いた。
俺は侯爵家の次男だと言うと、マティは小さく「よかった」と呟いた。
「前とは逆ですね」
「そうだな」
「あ……、でも、侯爵家と男爵家ではあまりにも違いすぎますね」
「そこはきっと、王子を娶るのに必要な身分を神が与えてくれたんだ」
お互いに笑いあい、頭を上げて唇を触れ合わせる。そしてまた頭を膝の上に戻し、マティの歌を聞く。
心が満たされていく。
今更のように二人で名乗り合う。
きっと、もう、「マティ」「ヴィル」と呼び合うことはない。
彼らが生きた時代はかなり昔のことだ。
俺たちには今の時代がある。二人で過ごしていく時がある。
「行きましょうか、ロレンツォ」
「……行かなくていいだろ。まだラウフェリエの膝枕で寝ていたい」
「そんなこと言って……。怒られますよ?」
「……ラウと怒られるならむしろ本望だ」
「……そうやってまた私を巻き込もうとするんですから……」
渋々起き上がり、くすくす笑い続けるマティを抱き締めた。
「愛してる、ラウ」
「私もです。愛してます、レン」
初めて出会ったのは学園の中庭だった。
そして、再会したのも学園の中庭だった。
季節も同じ春の穏やかな季節。
二人手をつなぐ。
もう離すことのない手。
この先は、二人で歩む幸福な未来だけ。
*****
蛇足かと思いつつ、二人の幸福な未来を。
17
お気に入りに追加
150
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
あなたにおすすめの小説

記憶の代償
槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」
ーダウト。
彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。
そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。
だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。
昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。
いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。
こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

その日君は笑った
mahiro
BL
大学で知り合った友人たちが恋人のことで泣く姿を嫌でも見ていた。
それを見ながらそんな風に感情を露に出来る程人を好きなるなんて良いなと思っていたが、まさか平凡な俺が彼らと同じようになるなんて。
最初に書いた作品「泣くなといい聞かせて」の登場人物が出てきます。
※完結いたしました。
閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。
拙い文章でもお付き合いいただけたこと、誠に感謝申し上げます。
今後ともよろしくお願い致します。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
番外編❗読みました。
ずっと心残りだってのでしょうね、お互いへの愛が強すぎて。
再会出来た事に嬉しくて涙がとまりませんでした。
きっかけは、歌でしたね。
今度こそ、2人で人生を歩んでほしいです。
友人達はビックリでしょうね、噂に冷めていたリアクションから一転w
貴族達はガッカリしそうです。
でも2人はアツアツ( *´艸`)💕
ハピエン好きな私としては、悲恋のまま終わりはやっぱり納得できず…、二人が幸福になるのならこれかなぁ、という感じでの番外編でした。
喜んでいただけたならとても嬉しいです✨
作者様
更新を有難う😭
有難うございます😭
2人が幸せになって良かったです。
作者様 大好きです❤️
こちらこそありがとうございます^^
来世で幸せになったっていいじゃないか……と、突然書きたくなりました。
書きながらまたしても泣いてましたが(笑)
読んでいただけてとても嬉しいです。
ありがとうございました^^
ああああ・・・・悲しい切ない・・・読んでいて何度もなみだが止まらなくなりました。
でもとてもみんな優しい・・・優しくて切ない世界。
誰も傷つけず、頑張ってマティとの約束を守って、そしてマティにまた会えた。
きっと二人は穏やかに幸せに今頃過ごしているのでしょうね。
悲しいけど、切ないけど、美しい世界をありがとうございました。
こちらこそ、閲覧ありがとうございました!
優しい世界の中で、マティは家族にも初恋の人にも愛されて、彼は彼なりの幸福を得ました。
書きながら私も泣いていたので、一緒に泣いていただけたと思うとそれだけで嬉しいです^^