【完結】夜啼鳥の幸福(旧題:俺はその歌声を聞きながら、目を閉じた)

ゆずは

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マティの幸福

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 命の期限から半年も生きながらえた。
 殿下への想いだけで。
 けど、それも、もう、無理で。
 最後に殿下に会いたかった。話がしたかった。
 だから、成婚式の前日、城に出向いた。

 会うだけで。
 話をするだけで、いいと思ってた。

 けど、殿下の姿を見たら、抑えられなかった。

 死ぬ前に一度だけ、一度だけ、ヴィルを感じたかった。
 婚約者様に申し訳ないと思うけれど、でも、どうしても、ヴィルに抱かれたかった。
 ヴィルは、殿下としてでなく、私の愚かな願いをヴィルとして叶えてくれた。
 とても大切にされた。
 何度も口付けて、何度も愛していると囁かれた。
 触れられたところが熱い。
 ヴィルを受け入れたそこは、ジンジンと熱を持っていたけれど、痛みはなかった。
 私の中でヴィルの熱が弾けたときには、もう幸福しか感じていなかった。
 最愛の人に抱かれることは、こんなに幸福なことだったんだ。

 ヴィルの瞳色のリボンで、私の髪を結んでくれた。
 ゆらりゆらりゆれる初めてのダンスは、ヴィルに抱きしめられてとても楽しかった。
 やりたいことを聞かれた。
 叶わない願いだけど。
 もう少し時間があれば、ヴィルとやりたかったことを口に出した。
 切なかった。
 ヴィルが約束してくれたのに、私はその約束に応えることができない。自分から願ったことなのに。

 幸せ。

 私は幸せだから。

 これ以上は……望まない。

 お腹の中はいつまでも温かい。
 唇にはヴィルの柔らかさが残ってる。

 愛してる、ヴィル。
 今までも、これからも。

 私の時は残っていない。
 帰りの馬車の中で、蜘蛛の糸のような細さで命を繋ぎ止めていたものが途切れたことを感じた。
 目がかすむ。
 足が動かない。
 お腹の奥には温かいものが残っているのに、それ以外がどろどろと腐り落ちていく。

 最後にヴィルに手紙を書いた。
 手が震える。
 うまくペンを持てなくて、紐でくくりつけてもらった。
 震えないように、一文字一文字、丁寧に書いた。

 愛してる。
 幸せだった。
 ヴィルも幸せになって。
 そして私の願いを叶えて。

 なんて自分勝手な手紙だろう。
 でもいい。
 私の想いだから。

 書き上げて父様に託したら、目は光を感じなくなった。
 声も出にくい。
 足も手も体も動かない。
 恐怖はなかった。
 わかっていたことだから。
 幸せだった。
 本当に、幸せだった。

「マティアス、殿下から手紙が来たよ。今、読むから」

 父様が読み上げてくれた殿下の手紙。
 殿下も私を想ってくれている。

 歌ってほしいと言われたから。
 殿下が望むなら。

「……~……~……♪」

 歌…なんて言えるようなものじゃなかった。ハミングのなりそこないのような、ひどい音。
 でも、私の見えなくなった視界の向こう側で、ヴィルが微笑んで喜んでくれた。殿下としてではなくて、ヴィルとして。
 私を想い、抱いてくれた、ただ一人の私の愛しい人として。

 私は歌い続けた。
 ヴィル、本当に幸せだったよ。
 私は貴方に出会えて、本当に幸せだった。
 ありがとう、ヴィル。
 また、いつかどこかで出会えたら、そのときはまた歌を上げる。
 ヴィルが望むだけ、歌い続けるから。



 瞼が重い。

 もう、眠る。



 ヴィル。

 ヴィル。



 愛してる。

 今までも、これからも。









【完】
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