【完結】夜啼鳥の幸福(旧題:俺はその歌声を聞きながら、目を閉じた)

ゆずは

文字の大きさ
上 下
12 / 15
マティの幸福

しおりを挟む



 そんなある日、殿下に出会って、私の幸せは一変した。
 少し強引な殿下と過ごす時間が楽しかった。
 殿下とお話できる時間が大切だった。
 私の歌が好きだとおっしゃってくれた。
 何も遊ぶものがなかった私が、唯一できたことを、好きだと言ってくれたのだ。嬉しくないわけがなかった。
 殿下と共に過ごしていると、不思議なことに発作は起きなかった。
 体も楽だし、呼吸が辛くなることもない。胸が苦しくなることも痛むこともなかった。
 穏やかな気持ちになった。
 とても楽しかった。
 今まで感じたことがないほどの幸せを得ていた。
 学園に行くのが楽しみになった。今までよりも、ずっと。

 私が自分の恋心に気づいた夏。
 彼の傍にいれば、私の病は治るんじゃないか…と思い始めたとき、重い発作が起きた。
 心臓は早鐘のように鳴り響き、呼吸は何度も止まった。
 息を吸いたくても吸えず、吐きたくても吐けず、どうしようもない息苦しさに、ベッドの上でもがき苦しんだ。

 死ぬんだと思った。
 治るかも…なんて、幻想だった。
 命の期限と言われていた秋は、もう目の前だ。
 殿下と会うことが楽しくて、お話をすることが嬉しくて、少しでも彼と過ごしていたくて、私の体が最後の力を振り絞っていたに過ぎなかった。

 それを決定づけるように、発作が収まって意識を戻した私は、食べることができなくなっていた。
 今まで摂れていたものも、口にした途端酷い発作が起きた。
 なんとか飲み込めるものも、飲み込んでから吐き続けた。
 吐いて吐いて、最後には血まで吐くようになった。

 ……それでも私は、殿下に会いたかった。
 そのために、少しでも楽になるように、父様と主治医の先生に薬をお願いした。
 発作を抑えるために身体機能を落とすものではなくて、最低限動けるだけの栄養が取れる薬を。
 それを定期的に摂りながら、学園に通い続けた。

 秋。
 私の命の期限の季節に、殿下から想いを伝えられた。
 嬉しかった。
 舞い上がりそうになるほど、幸せだった。
 だから、私も殿下に想いを伝えた。伝えたかった。そして同時に、すべてを諦めた。

 私は殿下の子供も産めない。傍で寄り添って生きていくこともできない。
 そんな自分が、殿下の生を縛ってはならないから、と。
 ズキズキと痛む胸を自覚しながら、婚約者様を大切にするよう進言した。
 想い合っているのに、かなわない想い。
 わかっているのに。
 私はちゃんと理解しているのに。
 今だけは、私を欲してほしかった。
 今だけは私だけのヴィルでいてほしいと、慈悲を頂いた。
 これで終わり。
 最愛の人と触れ合えた。
 子供だましのような触れ合いだけの口付けだったけれど、私にはそれで十分だった。
 このぬくもりだけで私は残された時間を生きていける。どんなに苦しい発作だって、乗り越えられる。

 夜、眠る前に、必ず唇に触れた。
 もし、このまま目が覚めなかったとしてもいいように。いつまでもこのぬくもりを失わないように。

 命の期限である秋が過ぎた。
 冬になると発作が増えた。
 薬だけで体の機能を維持していくことにも限界を感じていた。
 けど、彼が、私を望んでくれた。
 卒業してからも、城に来てほしいと願ってくれた。
 だから、頑張った。
 薬の量を増やしてもらった。
 苦しいときには唇に触れて、あのときの口付けを思い出していた。

 春の日中、城に出向いて殿下に膝枕をしながら、請われるままに歌を歌った。
 彼の前でだけは元気な姿であるように、背筋を伸ばした。

 殿下の成婚の日が近づいたとき、また大きな発作が起きた。
 殿下への想いだけで乗り切ったけれど、薬も受け付けなくなっていた。
 それでようやく気づいた。

 私は、間もなく死ぬんだ、と。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

何事も最初が肝心

キサラギムツキ
BL
意外なところで世界平和が保たれてたっていうお話。

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

その日君は笑った

mahiro
BL
大学で知り合った友人たちが恋人のことで泣く姿を嫌でも見ていた。 それを見ながらそんな風に感情を露に出来る程人を好きなるなんて良いなと思っていたが、まさか平凡な俺が彼らと同じようになるなんて。 最初に書いた作品「泣くなといい聞かせて」の登場人物が出てきます。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。 拙い文章でもお付き合いいただけたこと、誠に感謝申し上げます。 今後ともよろしくお願い致します。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

処理中です...