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マティの幸福

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 そんなある日、殿下に出会って、私の幸せは一変した。
 少し強引な殿下と過ごす時間が楽しかった。
 殿下とお話できる時間が大切だった。
 私の歌が好きだとおっしゃってくれた。
 何も遊ぶものがなかった私が、唯一できたことを、好きだと言ってくれたのだ。嬉しくないわけがなかった。
 殿下と共に過ごしていると、不思議なことに発作は起きなかった。
 体も楽だし、呼吸が辛くなることもない。胸が苦しくなることも痛むこともなかった。
 穏やかな気持ちになった。
 とても楽しかった。
 今まで感じたことがないほどの幸せを得ていた。
 学園に行くのが楽しみになった。今までよりも、ずっと。

 私が自分の恋心に気づいた夏。
 彼の傍にいれば、私の病は治るんじゃないか…と思い始めたとき、重い発作が起きた。
 心臓は早鐘のように鳴り響き、呼吸は何度も止まった。
 息を吸いたくても吸えず、吐きたくても吐けず、どうしようもない息苦しさに、ベッドの上でもがき苦しんだ。

 死ぬんだと思った。
 治るかも…なんて、幻想だった。
 命の期限と言われていた秋は、もう目の前だ。
 殿下と会うことが楽しくて、お話をすることが嬉しくて、少しでも彼と過ごしていたくて、私の体が最後の力を振り絞っていたに過ぎなかった。

 それを決定づけるように、発作が収まって意識を戻した私は、食べることができなくなっていた。
 今まで摂れていたものも、口にした途端酷い発作が起きた。
 なんとか飲み込めるものも、飲み込んでから吐き続けた。
 吐いて吐いて、最後には血まで吐くようになった。

 ……それでも私は、殿下に会いたかった。
 そのために、少しでも楽になるように、父様と主治医の先生に薬をお願いした。
 発作を抑えるために身体機能を落とすものではなくて、最低限動けるだけの栄養が取れる薬を。
 それを定期的に摂りながら、学園に通い続けた。

 秋。
 私の命の期限の季節に、殿下から想いを伝えられた。
 嬉しかった。
 舞い上がりそうになるほど、幸せだった。
 だから、私も殿下に想いを伝えた。伝えたかった。そして同時に、すべてを諦めた。

 私は殿下の子供も産めない。傍で寄り添って生きていくこともできない。
 そんな自分が、殿下の生を縛ってはならないから、と。
 ズキズキと痛む胸を自覚しながら、婚約者様を大切にするよう進言した。
 想い合っているのに、かなわない想い。
 わかっているのに。
 私はちゃんと理解しているのに。
 今だけは、私を欲してほしかった。
 今だけは私だけのヴィルでいてほしいと、慈悲を頂いた。
 これで終わり。
 最愛の人と触れ合えた。
 子供だましのような触れ合いだけの口付けだったけれど、私にはそれで十分だった。
 このぬくもりだけで私は残された時間を生きていける。どんなに苦しい発作だって、乗り越えられる。

 夜、眠る前に、必ず唇に触れた。
 もし、このまま目が覚めなかったとしてもいいように。いつまでもこのぬくもりを失わないように。

 命の期限である秋が過ぎた。
 冬になると発作が増えた。
 薬だけで体の機能を維持していくことにも限界を感じていた。
 けど、彼が、私を望んでくれた。
 卒業してからも、城に来てほしいと願ってくれた。
 だから、頑張った。
 薬の量を増やしてもらった。
 苦しいときには唇に触れて、あのときの口付けを思い出していた。

 春の日中、城に出向いて殿下に膝枕をしながら、請われるままに歌を歌った。
 彼の前でだけは元気な姿であるように、背筋を伸ばした。

 殿下の成婚の日が近づいたとき、また大きな発作が起きた。
 殿下への想いだけで乗り切ったけれど、薬も受け付けなくなっていた。
 それでようやく気づいた。

 私は、間もなく死ぬんだ、と。


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