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マティの幸福
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しおりを挟む幼いときの記憶は、ほとんどない。
あるとすれば、毎日毎日沢山飲まされていた苦い薬と、ベッドから外を眺めていたことだけ。毎日毎日同じもので、残るような記憶でもなかった。
私は何もできなかった。
この白い髪も赤い瞳も、病の表れだと教えられた。家族の中に誰一人とし私と同じ人がいなかったから。
けれど、家族も侍女たちも、私の髪も肌も瞳も、とても綺麗だと言ってくれた。
十五歳で入園するはずだった学園。
テーラーを呼んで誂えた学園の制服には、一度も袖を通したことがなかった。
私の憧れ。
私の望み。
食べるものは制限されていた。
体が受け付けないものを口にしてしまうと、嘔吐を繰り返し呼吸が止まり、全身に発疹が出た。
失敗を繰り返しながら、私が食べられるものをなんとか探す。
規則性がわからない。
鶏肉は食べられるが、豚や牛は食べられない。
バターは食べられるのに、同じ乳からできるはずのクリームは食べられない。
ほんの少しの野菜と、ほんの少しの果物だけ。
クリームと果物が沢山使われたケーキというものを、一度食べてみたかった。
クッキーや、マカロンも。
私にとっての甘味は、果物の自然な甘みだけ。
食べてみたい。
キラキラしてるお菓子を。
食事よりも多い薬。
それを飲んでいれば、なんとか発作は落ち着いていた。
けど、それが段々効かなくなってきたと、感じていた。
呼吸が苦しくなることが多くなったし、発熱することも多くなった。
主治医の先生も、両親も、兄様方も、私に隠し事はしない。
もう私に効果のある薬はないと言われた。
飲んでも飲まなくても、恐らくあと半年持つか持たないか。それだけ、私の体の中はボロボロになっているらしい。
力及ばず申し訳ないと泣き崩れる主治医の先生に、私は感謝の言葉を返した。
ここまで生きてこれたのは、先生のおかげだから泣かないでと、なんども伝えた。
薬を続けていれば、効果が薄れていても苦しさとかは少しはよくなる。
薬をやめれば、今より苦しくなることが多くなるが、薬で抑えていた身体機能は少しは戻るから、少しは一人で歩けるようになる。
どちらにしても、余命は半年前後。
「マティアスは、どうしたい?」
父様の言葉は、私を後押しした。
「私は、学園に通ってみたいです。…みんなと同じようにできるとは思いません。ですが、少しでもその雰囲気を感じたいのです。ですから……、その希望が持てるなら、私は薬を止めることを選びます」
私の言葉で方針は決まった。
その日の夜から薬がなくなった。
夜中、苦しくて眠れなかったが、夜は明けて朝は来た。
そして、その日が来た。
初めて制服に袖を通した。
寝間着しか着たことがなかった私にとって、制服は酷く重たく感じた。けれどそれも、幸せに思えた。
初めて登校した日。
教室に入った私を皆が訝しげに見てきた。
その視線すら新鮮で、幸せに感じた。
けれど、人が多い場所だと疲れてしまい、一つの授業もまともに聞くことはできなかった。
朝からでれば、昼前には医療室で寝込み、兄様が迎えに来てくれた。
発作が起きれば苦しいし、辛い。
けど、学園に行くことはやめなかった。
午前は無理をせず、昼頃に学園に行くことがだいたい定着した。
教室に行けず、中庭と医療室を往復するだけで終わる日もあった。
それでも私は幸せだった。
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