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本編

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 マティはいつ来てくれるだろう。
 あの膝に頭を預け、マティの歌を聞いて眠りたい。
 早く会いたいと願っていたが、それから数日経ってもマティが登城することも、返事の手紙が来ることもなかった。

 音沙汰のないマティに苛立ちを覚え始めたとき、俺宛にアードラー男爵から書状と包みが届いた。
 何故マティではなく男爵ならなのか。
 軽い包は一体何なのか。
 苛立ちながら包みを開けると、俺の手のひらに収まるくらいの箱が入っていた。
 その箱の蓋を開けた瞬間、俺の時が止まった。

「……え?」

 箱の中に収められていたのは、何度も触れた美しい白い髪だった。あの日、俺が結んだ薄紫のリボンで束ねられた一房の髪。
 ゾワリと、背筋に悪寒が走る。
 震える手で書状を開き、一枚のそれを読み進めた。

「……嘘だ」

 そこには、マティが亡くなったと記されていた。
 俺の、成婚式が終って四日後に息を引き取った、と。
 この髪は、遺髪なのだと。

「嘘だ……嘘だ……っ」

 俺は箱を懐に仕舞い、城を飛び出した。止める侍従や騎士たちの声も手も振り払い、王都にあるアードラー家に向けて馬を駆った。
 前触れもなく訪れた俺を出迎えたのは、どこかマティに似た雰囲気を持つ青年だった。
 彼はマティの兄だと名乗り、俺を屋敷に迎え入れた。
 屋敷の中は暗い雰囲気て満ちていた。
 マティの兄は俺を日当たりの良い中庭に案内した。
 その中庭の奥に、たくさんの花が飾られた真新しい墓石が建てられていた。

「……マティ……?」

 『マティアス・アードラー』と、墓石に名が刻まれていた。

「マティ……嘘だ、こんな……、遠乗りに行くんだろ?菓子を食べたいって。星も見に行こう、って」

 石はなんの熱も感じられない。
 ただ、刻まれた名前が、ここにマティが眠っている証になっていて。

「マティ……マティ……っ!!」

 何度もマティの名を呼んで、泣き叫んだ。
 アードラー家の者たちはそんな俺の姿を見てもなにもいわず、ただ見守っていてくれた。
 信じられない。信じたくない。
 マティがいない。
 二度と、マティに触れることができない。
 あの膝枕も。
 あの、歌声も。
 全て俺のもとから消えてなくなった。
 全て、全て。

 胸の中に穴が空いた。
 偽りの愛を育み、王族としての義務を果たしていこうと決意したのも、マティがいたからだ。俺の傍にいてくれるという、マティがいたからだ。
 なのに、マティがいない。
 その事実は俺から生きる気力そのものを奪い取るものだった。

「――――殿下…!!」

 止める声が聞こえたが、もういい。
 命を断つ。
 生きる意味はない。

 剣を己に突き立てようとしたとき、懐に入れていた箱が落ちた。
 地面に落ちた反動で蓋が開き、俺が好きだった白い髪が箱から落ちてくる。…それから、城では気づかなかった、四つ折りにされた紙が。
 震える手でそれを開く。
 地面においた剣を、アードラー家の誰かが取り上げた。
 俺はそれを咎めることなく、その場に座り込み、見慣れたマティの綺麗な文字を目で追っていた。



――――私は幸せでした。
ヴィルは私の生きる意味そのものでした。
お願いします。
私は貴方の傍に在り続けたい。
遠乗りにも、お菓子のお店にも、星が見える丘にも、連れて行ってください。
そして、私に、貴方が治める美しい国を見せてください。
私のヴィル。
愛してます。
今までも、これからも。
私に幸せをくれて、本当に、ありがとう――――



「~~~っ、マティ……っ、マティ……っ」

 遺された髪と手紙を、胸の中に抱き込んだ。



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