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本編
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しおりを挟む互いの体が落ち着くまで抱き締めあって、ベッドを降りるときに体を拭った。シャワーを使うように言ったけれど、マティは微笑みながら静かに首を振る。
「ヴィルの跡が消えてしまうから」
微笑みながら髪を束ねるマティを見て、寝室の棚にしまい込んでいた物を取り出した。
それは薄い紫色のリボンだ。アメジストほどの濃さはなく、けれど『柔らかな色合いで私は好きです』とマティが褒めてくれた俺の瞳色の。
「結んでいいか?」
「ヴィル……」
渡したくて用意したのに、結局今日まで渡せなかったプレゼント。いつも俺の色を纏ってほしい独占欲でしかない贈り物。
「嬉しい……ヴィル。お願いします。貴方の色を……私につけてください」
「ああ」
ゴムで纏めた上からリボンを巻いた。
妙に緊張して手が震えてしまったからか変な形になってしまったが、何度直しても同じように少し歪になってしまう。
「すまない……マティ。うまく結べない」
「ふふ。いいんです。これで。…ヴィルが私の為に結んでくれたんだ…って、わかりますから」
宝石でも、結婚の約束でも、なんでもないただのリボンだ。けれどマティは婚約の証のように心から喜んでくれた。
「……似合いますか?…あ、違う。……似合うでしょ?ヴィル」
まるでダンスを踊るように、その場でくるりと回ったマティ。
白く美しい髪によく馴染む薄紫のリボンが揺れる。
「マティ、歌って」
「はい」
「それから」
「はい?」
手を取り、甲に口付けを落す。
「マティアス、俺と踊ってください」
「でも、私はダンスは」
「大丈夫。曲はマティの歌で。俺に任せてくれていいから」
「………はい。喜んで。ヴィンフリート殿下」
二人しかいない部屋で。
二人だけのダンス。
音楽はマティの歌だけ。
腰を抱いて手を握り、マティの片手は俺の胸元において。
ステップはいらない。
歌に合わせて緩やかに体を揺らすだけ。
「――――夢みたい」
「……マティ、曲が止まってしまった」
「ふふ……そうですね。でも私は嬉しいです。ヴィルとこうして踊れるなんて……。ヴィルとしたかったことが、次々に叶ってしまう」
「あとはないのか?俺としたかったこと」
「そうですね……。馬でどこかに行きたかった。私は屋敷からほとんど出たことがなかったので…」
「遠乗りか。もちろん行こう。俺が落ち着いたら、俺の馬に乗せてやる」
「……はい。それから、ヴィルとたくさんお菓子を食べたかった」
「菓子か。王都に美味い店があるからそこに行こう」
「はい。……あとは、夜の星を、一緒に見上げたかった」
「叶えよう。城の裏に丘がある。そこからなら、星が綺麗に見える」
全部叶える。
俺が、マティの望みを全て叶える。
マティは唇を震わせ、俺の胸元に顔を押し当ててきた。
「マティ?」
顎をすくい取り上を向かせると、マティの瞳がまた涙で濡れていた。マティは泣いてばかりだ。
「ヴィル……ありがとう。こんなに幸せなこと……今までなかった。嬉しすぎて涙が止まらない」
「幸福の涙ならいくらでも流せばいい」
「ん……。好きです、ヴィル。大好き……っ」
「俺も愛してる」
黙って抱き合った。マティの涙が止まるまで。
「……帰りますね」
「ああ」
そっと体を離したマティは、もう泣いてはいなかった。
美しく微笑み、俺の手を取る。
「ヴィル……許して」
「ん?」
マティは俺の右手首の内側に、小さな口を寄せた。それから、控えめに吸われる。
「…マティ」
「…私の色を、付けたくて…。勝手に…ごめんなさい」
手首には薄っすらと跡が残っていた。
マティが初めて見せてくれた俺への独占欲。それが嬉しくないわけがない。
「許すも何も嬉しいよ」
まだ少し濡れてるそこに、自分も口付けた。
「……よかった。……ヴィル、最後までありがとうございました」
「うん?」
「生きててよかった。こんなに幸せで…。全部、ヴィルのおかげです」
「……マティは、俺に出会うために生きてきたんだ。だから、これからもずっと、共に時を刻もう」
その言葉にマティは頷かなかった。ただ嬉しそうに微笑み、俺の頬に口付けを落す。
マティはその後部屋を出た。
何故か喪失感が酷くなった。
恐らく幸福な時を過ごしたから。
だから、マティがいなくなったことに心が追いつかないのだろう。
もう一度、右手首の小さな跡に口付けた。
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