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本編
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しおりを挟む温室を作ることは諦めた。
流石に父にも叱られたからだ。
本格的に場所に困っていたとき、マティから意外な場所を提案された。
その部屋は医療室の近くの小さな温室で、ハーブや薬草が植えられている。
普通、生徒の出入りはできないのだが、管理者である医療室の責任者が、マティの事情を思って使用の許可を出してくれたそうだ。
「事情?」
「ああ……えと、ほら、私は今年から…というか、この一年しか登園してない上に、ちょくちょく休んでいるから、クラスにもあまり馴染めてなくて。それに、人が多い場所だと疲れてしまうから」
「ああ……なるほど」
「優しい先生でよかった」
「そうだな」
マティと二人だけで過ごせる場所ができたんだから、感謝しないと。
冬になると、マティが休む日が多くなった。
二、三日休むこともざらで、流石に心配になり温室で聞いたが、体力がなくて風邪をひきやすいんだと言われ納得した。
「卒業パーティーには出るのか?」
「出ませんよ」
マティからの即答に、内心ほっとしていた。
カサンドラをエスコートしながら笑みを浮かべる自分を、マティに見せたくない。
「……マティ」
「はい」
「……卒業して三ヶ月後、春の終わり頃に、カサンドラとの成婚式が決まった」
「……そう、ですか」
もっと早くに決まっていたが、どうしても言えなかった。
パーティーのことなんかより、余程重要なことなのに。伝える決心がつかなかった。
「おめでとうございます」
ふわりと微笑んだマティに、胸に痛みが走った。
そんな顔で笑わないで。
今にも泣きそうな顔を隠して微笑まないで。
けど、マティに、最愛の人にそんな顔をさせているのは俺自身。
俺が、マティを選ぶことができないから。
俺が、マティを手放すことができないから。
「……マティ、卒業したら、どうするんだ?」
「ん……。そうですね。お父様と兄様方のお手伝いをしながら、のんびりと過ごそうかと……。お手伝いと言っても、迷惑しかかけない予感がするんですけど」
困ったように笑ったマティに、俺は思っていたことを伝えた。
「……なら、城で俺の補佐をしてくれないか」
「え…?」
「ああ、補佐と言っても、仕事をたくさんしてもらうわけじゃない。マティが体力ないことも、体調を崩しやすいことも知ってる。王都にある男爵の屋敷からの通いでも、通いが大変なら、城の中にマティの部屋を用意することもできる」
「……ヴィル」
「傍に、いてほしいんだ」
「…………」
「俺が疲れたら、膝枕をして歌を歌ってほしい。マティの歌声で、俺の疲れは癒えるから」
「あの…」
「執務室には来なくていい。俺の部屋に来て、俺の話を聞いて、いっしょにいたいお茶をして、膝枕で歌を聞かせてほしいだけなんだ」
食い気味に話したら、マティは困ったように笑いだした。
「マティ…?」
「ここでやってることと同じですね」
「っ、そう!学園の延長だと思ってくれれば……!」
「わかりました。卒業して……すぐ、ですか?お城にお部屋をいただくのは遠慮します。兄様に言えば、毎日馬車を出してくれるはずなので」
「そ、そうかっ。朝早くなくていい。なんなら午後からでも、少しの時間でいい」
「はい」
「来てくれるんだな?」
「はい。……毎日は、もしかしたら無理かもしれませんが、できるだけ毎日頑張りますね」
「ああ。……嬉しいよ、マティ」
「私も、ヴィルと……殿下と、こんなふうにお話できる時間が続くのは何よりも嬉しいです。……あ、あの」
「なに?」
「私は直接ヴィルのお部屋に伺えばいいのですか?」
「ああ」
「でしたら、お部屋の行き帰りに、我が家の侍従が付くことも許可いただけませんか?……登城したこともなくて、むしろ外出もあまりしていないので、一人で行けるかとても不安なので……」
「そんなことか。構わないよ。警備の方には俺からちゃんと伝えておくから。……補佐というより、相談役、みたいなものだな」
「……寝かしつけ要員では…?」
「俺は子供じゃない。そんな乳母のようなことを言わないでくれ」
肩を竦めながら言葉にした。
マティと二人視線を合わせて……、笑いあった。
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