【完結】夜啼鳥の幸福(旧題:俺はその歌声を聞きながら、目を閉じた)

ゆずは

文字の大きさ
上 下
4 / 15
本編

しおりを挟む



 温室を作ることは諦めた。
 流石に父にも叱られたからだ。
 本格的に場所に困っていたとき、マティから意外な場所を提案された。
 その部屋は医療室の近くの小さな温室で、ハーブや薬草が植えられている。
 普通、生徒の出入りはできないのだが、管理者である医療室の責任者が、マティの事情を思って使用の許可を出してくれたそうだ。

「事情?」
「ああ……えと、ほら、私は今年から…というか、この一年しか登園してない上に、ちょくちょく休んでいるから、クラスにもあまり馴染めてなくて。それに、人が多い場所だと疲れてしまうから」
「ああ……なるほど」
「優しい先生でよかった」
「そうだな」

 マティと二人だけで過ごせる場所ができたんだから、感謝しないと。

 冬になると、マティが休む日が多くなった。
 二、三日休むこともざらで、流石に心配になり温室で聞いたが、体力がなくて風邪をひきやすいんだと言われ納得した。

「卒業パーティーには出るのか?」
「出ませんよ」

 マティからの即答に、内心ほっとしていた。
 カサンドラをエスコートしながら笑みを浮かべる自分を、マティに見せたくない。

「……マティ」
「はい」
「……卒業して三ヶ月後、春の終わり頃に、カサンドラとの成婚式が決まった」
「……そう、ですか」

 もっと早くに決まっていたが、どうしても言えなかった。
 パーティーのことなんかより、余程重要なことなのに。伝える決心がつかなかった。

「おめでとうございます」

 ふわりと微笑んだマティに、胸に痛みが走った。
 そんな顔で笑わないで。
 今にも泣きそうな顔を隠して微笑まないで。
 けど、マティに、最愛の人にそんな顔をさせているのは俺自身。
 俺が、マティを選ぶことができないから。
 俺が、マティを手放すことができないから。

「……マティ、卒業したら、どうするんだ?」
「ん……。そうですね。お父様と兄様方のお手伝いをしながら、のんびりと過ごそうかと……。お手伝いと言っても、迷惑しかかけない予感がするんですけど」

 困ったように笑ったマティに、俺は思っていたことを伝えた。

「……なら、城で俺の補佐をしてくれないか」
「え…?」
「ああ、補佐と言っても、仕事をたくさんしてもらうわけじゃない。マティが体力ないことも、体調を崩しやすいことも知ってる。王都にある男爵の屋敷からの通いでも、通いが大変なら、城の中にマティの部屋を用意することもできる」
「……ヴィル」
「傍に、いてほしいんだ」
「…………」
「俺が疲れたら、膝枕をして歌を歌ってほしい。マティの歌声で、俺の疲れは癒えるから」
「あの…」
「執務室には来なくていい。俺の部屋に来て、俺の話を聞いて、いっしょにいたいお茶をして、膝枕で歌を聞かせてほしいだけなんだ」

 食い気味に話したら、マティは困ったように笑いだした。

「マティ…?」
「ここでやってることと同じですね」
「っ、そう!学園の延長だと思ってくれれば……!」
「わかりました。卒業して……すぐ、ですか?お城にお部屋をいただくのは遠慮します。兄様に言えば、毎日馬車を出してくれるはずなので」
「そ、そうかっ。朝早くなくていい。なんなら午後からでも、少しの時間でいい」
「はい」
「来てくれるんだな?」
「はい。……毎日は、もしかしたら無理かもしれませんが、できるだけ毎日頑張りますね」
「ああ。……嬉しいよ、マティ」
「私も、ヴィルと……殿下と、こんなふうにお話できる時間が続くのは何よりも嬉しいです。……あ、あの」
「なに?」
「私は直接ヴィルのお部屋に伺えばいいのですか?」
「ああ」
「でしたら、お部屋の行き帰りに、我が家の侍従が付くことも許可いただけませんか?……登城したこともなくて、むしろ外出もあまりしていないので、一人で行けるかとても不安なので……」
「そんなことか。構わないよ。警備の方には俺からちゃんと伝えておくから。……補佐というより、相談役、みたいなものだな」
「……寝かしつけ要員では…?」
「俺は子供じゃない。そんな乳母のようなことを言わないでくれ」

 肩を竦めながら言葉にした。
 マティと二人視線を合わせて……、笑いあった。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

何事も最初が肝心

キサラギムツキ
BL
意外なところで世界平和が保たれてたっていうお話。

記憶の代償

槇村焔
BL
「あんたの乱れた姿がみたい」 ーダウト。 彼はとても、俺に似ている。だから、真実の言葉なんて口にできない。 そうわかっていたのに、俺は彼に抱かれてしまった。 だから、記憶がなくなったのは、その代償かもしれない。 昔書いていた記憶の代償の完結・リメイクバージョンです。 いつか完結させねばと思い、今回執筆しました。 こちらの作品は2020年BLOVEコンテストに応募した作品です

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

その日君は笑った

mahiro
BL
大学で知り合った友人たちが恋人のことで泣く姿を嫌でも見ていた。 それを見ながらそんな風に感情を露に出来る程人を好きなるなんて良いなと思っていたが、まさか平凡な俺が彼らと同じようになるなんて。 最初に書いた作品「泣くなといい聞かせて」の登場人物が出てきます。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。 拙い文章でもお付き合いいただけたこと、誠に感謝申し上げます。 今後ともよろしくお願い致します。

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~

松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。 ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。 恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。 伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

物語のその後

キサラギムツキ
BL
勇者パーティーの賢者が、たった1つ望んだものは……… 1話受け視点。2話攻め視点。 2日に分けて投稿予約済み ほぼバッドエンドよりのメリバ

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

処理中です...