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本編

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 俺達の関係が変わったのは秋が深まってから。
 俺が、マティに想いを告げた。
 マティも俺のことを好いていると感じたからだ。
 マティは喜んでくれた。
 だが同時に、酷く悲しい顔をした。

「カサンドラ様を大切になさってください」
「何故…っ」
「何故って、貴方は王太子殿下です。いずれこの国の王になられる方です。……お世継ぎは、何よりも優先されることではないですか。……ヴィルと、聡明で美しいカサンドラ様のお子様は、きっとこの国の誰よりも素晴らしい方になりますよ。……ふふ。きっと、ヴィルよりも、ずっと」

 口元に笑みを浮かべ、涙を流す。
 拭うこともせず、涙を流していることにも気づかないのか、ただただ儚い笑顔を向けてくるだけ。

「私はお会いできることはありませんけど…、お子様が楽しみですね」

 胸が痛くなる。
 俺は思わずマティを抱きしめていた。
 春に初めてマティと出会ったあの場所で。

「マティ」
「ヴィル」

 マティはわかっていたから、いつも一歩距離を空けていたんだな。
 想いだけがあってもどうすることもできない俺の立場も、俺以上にしっかりと考えて。

「私が貴方をお慕いしているのは本当です」
「……ああ。俺の想いも、真実だ」

 いつの頃からだったか。
 対外的に使っていた『私』を、マティの前でだけ『俺』と言うようになった。それだけ、マティが俺にとって安らぐ場所そのものになったということだ。

「マティ……、俺は、お前に酷なことを頼もうとしてる。嫌なら嫌だとはっきり言ってくれないか」
「なんでしょう…?」
「……傍に、いてほしい」
「ヴィル」
「カサンドラとの婚約は破棄できない。学園を卒業したらすぐに成婚になる。……マティが言うように、世継ぎを残すことは王の、次代の王位に就く王太子の義務だ。だから、俺はカサンドラを正妃として、抱く」
「……はい」
「何度も、だ。一人目ができるまで、毎夜」
「……はい」
「彼女を連れて夜会にも出る。彼女の手を取り腰を抱いて、皆の前で踊る」
「……はい」
「皆の前で口付けて、『愛している』と囁く」
「……はい」
「それでも……っ、それでも俺は、お前に傍にいてほしいんだ…っ!お前を愛していても愛してると囁やけない。抱きしめることもできないっ、それでも、俺は……!」
「全部、私が望んだことです。ヴィンフリート殿下」
「マティ……」
「殿下が望んでくれるなら、私は傍におります。殿下の傍でお仕えいたします」
「マティ……っ」
「……けど、今だけ……、今だけは、私のヴィルでいてください。お願いします。今だけ……」

 マティの指が俺の目元に触れて、初めて俺も涙してることに気づいた。
 俺もマティの目元を指でなぞる。綺麗な涙は俺の指をつたい、制服の袖に吸い込まれていった。

「愛してるマティ」
「愛してます、ヴィル」

 唇が触れ合う。
 願った触れ合いは、これで終わる。
 舌を絡めることもなく、角度を変えることもなく、ただ、重ねるだけ、じっとしたまま、互いの唇の体温を確認し合うだけ。
 離れたら終わる。
 想いを口に出すことはできなくなる。
 昼休みが終わるまで、俺たちは離れることはなかった。




 その翌日、いつもの中庭にマティの姿はなかった。
 もしかしてこのまま学園に来ないんじゃないかとも思ったが、更にその翌日には、いつものベンチにいつものようにマティが座っていた。

「マティ」
「ヴィル」

 俺を見て嬉しそうに微笑むマティはいつもどおり。
 俺が来る前に昼飯は食べ終えていたのか、ハンカチはもう片付けられていた。

「だいぶ寒くなってきたな」
「そうですね」
「……そろそろ、また場所を探さないと……」
「ん……。テラスもありますけど、あの辺りは生徒も多いですよね」
「……いっそ、専用の温室でも作るか」
「王族権限で?」
「そ。特権行使」
「やりすぎじゃないですか」

 くすくす笑うマティに少しほっとする。
 ……ぎくしゃくしたらどうしようかと本気で悩んでいたから。

「……マティ」
「はい?」
「……膝枕は、いいか?」
「……はい」

 マティは少し逡巡したようだったが、困ったように微笑んで頷いた。
 俺は遠慮なくマティの膝枕でベンチに横になる。
 見上げたマティは、少し泣きそうな顔をしていた。

「……マティ、歌って」
「……はい」

 聞き慣れた音程に、目を閉じた。
 旋律の中にマティの想いが詰まっているように感じて、心地がよくて胸が苦しくなる。

 愛してるよ、マティ。

 心のなかで何度も繰り返す。
 口にできない、言葉を。


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