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愛しい人を手に入れたい二人の話

最愛の危機に理性が飛んだ十八歳の冬

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◆side:アベルシス

 冬の季節に入って周りが一層煩くなった。

「レイナルド殿下、アベルシス様、今度僕の家でお茶会をするので、是非いらしてください」
「他国からの珍しいお菓子が届きましたので、私のところに」

 周囲がやかましい。
 僕もレイも笑顔が張り付いている。
 花籠がすでに現出しているのだろう。誘い方があからさまで、許してもいないのに腕を絡めたり体を押し付けたりしてくる。

「それは楽しみですね。予定が合えば参加させていただきます」

 ……レイは卒なく受け答えてる。その喋り方、ほんとに誰よ!?って突っ込みたくなる。
 僕もレイも婚約発表をしていないから、自分こそが!ってアピールがうざい。
 もうセレスに会いたい。
 あの柔らかなミルクティーの髪に顔を埋めたい。
 セレスにだったら腕を抱き込まれたいし、体を押し付けられてもいい。その場で押し倒し案件になるけど。
 上目遣いで少し照れながら「お茶会しよ…?」なんて言われたら、全ての予定を破棄して第一優先間違いなしなのに。
 セレスに会いたい。
 セレスを抱きしめたい。
 セレスを触りたい。
 セレスに入りたい。

 頭の中がセレスでいっぱいになっていたせいか、廊下を通り過ぎるセレスに気づけた。
 一瞬だけこちらを見た視線は、すぐに逸らされる。
 そういえば次は移動教室だったかな。
 それにしてもあの浮かない顔が気になって仕方なくて、「少し用事ができたので」とアピールの輪から外れてセレスを追いかけるべく教室を出た。
 すぐにレイも後ろからついてきたのだけど、階段の前に来た途端、あり得ないことが起きた。
 上がるのは悲鳴。
 僕の視界には階上から落ちてくるセレスが映っていて。

「……っ!!」

 ちらりと見た先に一人の生徒が歪んだ笑みを見せていた。
 僕がそれを確認したのは一瞬。
 抱きとめないと。
 絶対に。

 偉大な魔法使いは思考を加速させて物事が止まって見えるという。
 人は死ぬ直前に抗えない死を決定づけるかのように、物事がゆっくり進むように見えるという。

 どちらでもないけれど。
 でも確かに僕は色々なことを一瞬で思考し、駆け出し、手を伸ばしていた。

「………ぐ…っ」

 ぶつかるようにセレスを両腕で捉えることができた。
 けど、僕の足腰の踏ん張りが利かなくて、後ろに倒れかけたとき、力強い腕をが僕ごとセレスを抱きとめた。

「セレス…っ」

 もちろん、抱きとめたのはレイ。
 周りからは安堵の溜息が漏れ聞こえる。

「ごめ…っ、レイっ」
「いや、アベルがいなかったら間に合わなかった」

 レイは頷いてから階上に視線を流したけれど、あの生徒はもうそこにはいなかった。

「一度医務室に行こう」
「そうだね」

 レイが軽々とセレスを抱き上げる。
 僕は情けなくも腕も足もガクガク震えていた。

「セレス」

 周りの視線はあるが気にしている場合じゃない。もともと、僕たち二人がセレスのことを構い倒していることは誰でも知っていることだ。
 レイの腕の中にいるセレスは、名を呼んでも目を開くことはなかった。
 僕の受け止め方が悪かったんだろうか。
 もし、どこかぶつけたりしていたら――――

「心配するな。見たところ怪我はない」
「……うん、そうだ、ね」

 歩き出したレイの後について、僕も歩き始めた。
 医務室まではそれほど距離があるわけではない。中に入ると担当の医療師が椅子から立ち上がった。

「どうされました?」
「階段から落ちた。怪我はないと思うが、念の為診てほしい」
「階段から……!」

 医療師は顔を青褪めさせ、ベッドに寝かせるよううながしてきた。
 僕とレイは医療師の手元をただ見ているしかない。
 セレスの体に手のひらをかざして魔力を流し始めた医療師。

「……ああ、そうか」
「なに?」
「魔力を使えばよかった」
「……あ」

 思わずと言った感じで苦笑したレイの言葉に、僕もそれを咄嗟のこととは言え忘れていたことに苦笑してしまう。
 魔力を使っていれば、落ちてくるセレスを安全に抱きとめることができたのに。

「……緊急時に使えないとは……」
「うん……そうだね。僕も反省する」

 お互いに反省したところで、医療師が手をおろした。

「大丈夫そうですね。目覚めないのは落ちたときのショックが大きかったせいでしょう」
「ありがとうございます!」
「では、自室で療養しても構いませんか?」
「ええ。問題ありませんよ、殿下。セレスティノ君ですね。担任には私の方から伝えておきます」

 もう一度お礼を伝え、レイがセレスを抱き上げ、僕たちは寮に戻った。

「隣のクラスの奴だな」
「うん。レイも見たんだ」
「ああ。……アベル、俺が処理してくるから、セレスのことを頼んだ」
「うん。任せて。念の為治癒魔法かけて、添い寝しとくから」
「うぐ……」
「抱いてる人が添い寝ごときでとやかく言わないでね?」
「……わかった」
「簡単な処罰にしないでよ。…僕たちの最愛が害されたんだから」
「当然だ。一晩で叩き潰してくる」

 ベッドに寝かせたセレスの額に口付けて、レイは部屋を出ていった。
 僕はセレスに治癒魔法をじっくりかけてから、隣に寝転んで華奢な体を抱きしめた。

「セレス……よかった。無事で……」

 許せない。
 セレスを突き落とすなんて。
 あの歪んだ笑顔。
 反吐が出る。





 セレスが奴の処罰を望んだら、希望通りの処罰を与えようと思っていた。
 なのに、夜になって目覚めたセレスは、足を踏み外したと言う。
 あの生徒を庇っているのかと思うと、僕の中にドロドロとした黒いものが溜まっていく。
 これは嫉妬だ。
 庇うくらい特別な相手なのかと邪推さえしてしまう。

 セレスは多分騒ぎたくないからとか、目立ちたくないからとか、そんな考えなんだろうけど、それでも他人を、セレスを害した相手を庇うなんて許容できない。
 少しくらい僕のこの行きようのない感情をセレスに知ってもらいたくて、風呂でセレスの唇を貪った。
 驚かせないように、怖がらせないように、心とは裏腹に、酷く優しく、丁寧に口付けた。

「嫌?」
「……いや、じゃ、ない」
「ん」

 何度も繰り返した。
 僕とセレスの陰経が勃起して擦りあったところで、はたと理性が戻ってくる。
 ……駄目だ。
 このまま口付けていたら、それだけで終われなくなる。

 もう少し。
 もう少しの我慢だ。





 結局、レイは奴――――伯爵家の嫡男だったらしい――――を、一家ともども辺境にある鉱山送りにして、家を潰した。
 理由がまたひどかったけど。
 僕たちとにしている幼馴染みを階上から突き飛ばして、結果として、その幼馴染みを庇うために、発表前ではあるけど婚約者である僕が怪我をしたとかなんとか。
 それに加えて、伯爵家の黒い噂を出し切って、陛下に進言して承認を受けたらしい。
 ……極刑でもいいくらいだけど、それでいい。鉱山で飢えた男たちから散々犯されればいいんだ。
 僕が間に合っていなければ、セレスは死んでいたかもしれないんだから。
 そんな奴に、容赦なんかしなくていい。

 セレスの耳にその話は入れない。
 セレスは何も知らなくていい。
 全部、僕たちがやるからね。



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