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愛しい人を手に入れたい二人の話
最愛を傷つけた相手に容赦はしない十八歳の春
しおりを挟む◆side:アベルシス
僕とレイに外せない用事ができた日。
夕方の時間にいきなりレイが僕のところに来た。
当然、屋敷の者たちは右に左にあわただしく動いたけれど、それを全く気にせず、レイは僕を部屋に押し込み、あっさりと防音結界を張った。
「やられた。ファニート・アルムニアが、自分が俺の婚約者になるからとセレスに言ったらしい」
「は?」
「俺とお前に纏わりついているそうだ。セレスが」
「逆じゃなくて?何言ってくれてるの、そいつ。同じクラスだったよね」
「ああ。…この件で、今から侯爵家に出向く。公表はしないが、お前が婚約者であることを伝えて、二度と学院に来れないようにするが……いいか?」
「いいもなにも、さっさとしないと。セレス、絶対傷ついてるよ?今も泣いてるかも……。というか、もう僕も行くし。圧を与えればいいんでしょ?『レイの婚約者は僕なんですが、なんでそんな嘘を吹聴してるのか』って。侯爵も同席してもらわないとね」
「それなら助かる」
それからの行動も早かった。
お茶を……と用意していた侍女に声をかけることなく、レイが乗ってきた王族専用の馬車でアルムニア侯爵邸に向かう。
何かあったらまずいって、協力者を得た途端これだ。…今までだってもしかしたらこういうことあったかもしれない。
「レイナルド殿下!」
前触れも出さずに侯爵邸に出向いた僕達を、むかつく笑顔で出迎えたファニート。
「アベルシス様まで…!僕に会いに来てくださったんですか?嬉しいです!」
て叫ぶファニートの後ろから、喜色満面な侯爵も現れて礼をされる。
そのまま案内された客間。
いつまでもニコニコしている親子。
「殿下、ベニート様。本日はどのようなご用件で?」
前触れも出さなかったことを咎めることもなく。
親も頭の中が花畑なのか。
「婚約のことだ」
レイがそう短く言っただけで、花畑親子の顔がみるみる綻んでいく。
馬鹿じゃないのか。
婚約するって話なら、なんで僕がここにいる。そんなこと、考えればわかるだろうに。
「今日、ファニート殿は学院で私との婚約のことを話したそうだが」
「ええ。僕は殿下の婚約者候補筆頭です。花籠ももう顕れています。ですから、僕が選ばれないはずはありません。あの身分が低いというのに弁えないカレスティアには僕から釘を刺しておきました。もう殿下とアベルシス様が気になさることはありません。僕はすぐにでも殿下のお子を――――」
「いつ、私がお前を婚約者に据えると言った?」
「……え?」
「私の婚約者はすでに決まっている。事情があって公表されていないが。お前がやっていることは王族を侮辱しているのと同じだ」
花畑親子の顔色が、あからさまに青褪めていった。
◆side:レイナルド
反吐が出る。
なんでこんなやつが高位貴族なんだろう。
嫡男はまともな男であることを願うばかりだ。
「で、ですが、殿下、僕より正妃にむいている人物がいると思えません…!知識も、魔力も、見た目だって……!」
「だ、そうだが。アベル」
「……え?」
「決まってもいないことを周囲に吹聴して回るのが、正妃の、いずれは王妃になる者の器とは思えませんね。…知識、魔力、そして容姿ですか。正妃になる条件がそれだけだというのなら、正妃になれる者は大勢いますね」
毅然とした態度。
本当にこいつは演技が上手い。
ゆったりと足を組む仕草が、明らかに自分が上位であると、親子に示している。
「ファニート・アルムニア。お前の行動は王族ばかりでなく、公爵家も侮辱している行為だということを自覚しているのかな」
冷たい氷を思わせる微笑み。
静かに漏れ出る魔力で、室温も下がっている。
「……まさか」
気づいたのは侯爵が先、か。
「こちらにも色々事情がありましてね。公表はまだ先ですが、レイナルド王太子殿下の婚約者には、私――――アベルシス・ベニートが内定しております。……それこそ、私であれば、先程ファニート・アルムニアが示した条件全てをクリアしていると思いますけれど。大体、そんな条件だけで選ばれるはずがないでしょう。私は殿下からの揺ぎ無い信頼を得ています。…他者を蹴落とすことしかできないような者は、王の伴侶に相応しくない。そう、思いませんか?アルムニア侯爵」
アベルは俺よりもよく口が回るな。
怒鳴るわけでも、声を荒げるわけでもなく。
静かに、諭すように。
冷気をまとわせて。
「お、思います。はい、そうです、正妃に相応しくない、と――――」
ガタガタと震え始めた侯爵。
ファニートの方はすでに茫然自失か。
…ベニート公爵家は権力の強い家だ。侯爵家としても、ベニートに喧嘩を売るつもりはないのだろう。
「カレスティアは私とレイの幼馴染という関係もあります。その子を貶めるということも、どういうことか、ご理解いただけますね?」
「は、はい……!」
「このようなことを吹聴して回った子息には、私はもうかかわりたくもない。侯爵、どうされますか?」
「ファニートは除籍し、王都から離れた場所にある修道院にいれます…!ですから、どうか、どうか……!」
「……わかりました。その修道院で自分が引き起こしたことをよく理解し、償って生きていくことを望みます」
「は……はい!」
二コリと微笑むアベルに、侯爵はテーブルに額をこすり付ける勢いで頭を下げていた。
「では、解決したので戻りましょうか。レイ」
「ああ」
……完全にアベルが全部終わらせた。
形式的に手を出してきたアベルの手に、俺は立ち上がって手を添える。
その瞬間に見せたひきつった笑みは、おそらく誰にも見られてはいない。
「アルムニア侯爵」
「は、はいっ」
「アベルが私の婚約者に内定していることは、誰にも漏らさぬよう。情報が漏れて万が一私の最愛に害が及ぶことがあれば――――」
「は……はい!!絶対に他言致しません……!!」
侯爵は何度も頭を下げてきた。
「それでは失礼する」
そう言い残し、二人で侯爵邸を出た。
――――その日のうちに、ファニート・アルムニアの侯爵家からの除籍申請書と、学院への退学届けが出された。
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