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愛しい人を手に入れたい二人の話

男爵に全てを暴露し許しを請う十歳児②

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 男爵が震えたままの夫人の肩を抱き寄せた。
 花籠持ちとして、それがどれほどに屈辱的で恥辱的なことなのかを、一番に理解しているのだろう。

「……だから私は、セレスを正妃にも、愛妾としても、迎えたくはない。セレスを他人の目に晒すことなど、私が耐えられない。それに、セレスは――――あの子は、きっと、狂ってしまう。私は、セレスを物言わぬ人形にしたくないのです。セレスには、ずっと、私達の前で笑っていてほしい。私達の名を呼んでほしい」
「……殿下」
「だから申し訳ないが男爵。学院を卒業後は、セレスには会えなくなると覚悟していただきたい。城に極秘で囲い込むためには、外部との接触を一切断ち切る必要がある。……わかってほしい、男爵。私達はセレスを愛してる。セレスだけを愛している。必ず、城の色ボケクソジジイたちの手から守る。何をしても、だ」

 セレスを諦めない。男爵が了承してくれないというのなら、王族という力を使うだけ。
 けれどそれは、できれば使いたくはない。
 どう返答されるか身構えていたが、男爵は困ったように苦笑した。

「『達』ということは、アベルシス様も、ということでしょうか?」
「……ああ」
「セレスティノを囲い込むとして、では表向きの正妃にはどなたが?」
「これはまだ発表しないが、アベルが私の正妃に内定している」
「ほう」
「表の顔はアベルだ。アベルなら花嫁が課せられる屈辱にも耐えられる」
「では、アベルシス様は花籠持ちでいらっしゃるのですね?」
「…………恐らく違う。アベルは、私と同じだ」

 俺が意図していることを正しく理解したのか、今度は男爵の顔まで青褪めていく。

「殿下、それはなりません。花籠を偽るなど――――」
「全て承知の上だ。すべてが露見してもカレスティア男爵家にはなんの咎もない。全て私が計画し、実行させた。セレスは軟禁され、アベルは脅され従うしかなかった。……罪を負うのは私だけだ」
「……殿下」

 全てが明るみになったとき、罪を負うのは俺だけでいい。
 ……そんな失敗、する気もないが。

「殿下」

 ここまでただ黙って話を聞いていたセレスの兄が、俺を見据えた。

「…俺は、殿下を信用します。王族内部のお話も、事実なのだと思えます。殿下はセレスティノを必ず守り抜くと仰った。だから俺は、反対をしません」
「……兄上殿」
「父上、母上もよろしいですか?」
「……ああ。私達も異存はない。私達の可愛いセレスティノが一番可愛らしく笑うのは、殿下とアベルシス様の前だけだ。あれほど天使のような笑顔には――――」
「いや、ええ、本当にセレスは天使ですね。天使以外の何者でもない。セレスは天が遣わしてくれた私達だけの天使で――――」

 ……つい。
 『天使』という単語に反応してしまい、天使語りをしてしまった。
 重苦しかった空気は一気に霧散し、男爵たちが笑い始める。

「あー………男爵」
「なんでしょう、殿下」
「その……、セレスは必ず幸せにしますので」
「ええ。それはもちろん。誘拐同然に拉致して城に軟禁…監禁すると堂々と仰ったのですから、誰よりも幸せにしていただかないと困ります」

 言葉にすると犯罪でしかない。
 それでも男爵は認めてくれた。

「……ありがとうございます、男爵…っ」

 体中から力が抜けた。
 その瞬間、防音結界も崩れてしまう。
 ……城で勉強するときよりも頭をフル回転させていたと思う。

「やっと年相応の顔になりましたね、殿下」

 ソファにぐったりと体を預けた俺に、男爵が笑いながらそんな言葉をかけてきた。

「………王子だろうがなんだろうが緊張するものはする。それに、十歳だから、子供だからと、侮られたくなかった。……すまなかった、男爵」
「よいのですよ。……殿下がここで話されたことは、私達は何も覚えておりません。殿下の御心のままにお進みください」
「……ありがとう、男爵」
「お茶でも淹れましょうか」
「……いや。後でセレスの好きな果実水をセレスの部屋に」
「ええ。お持ち致します」

 笑って了承してくれた男爵に俺もうなずき返し、その部屋を出た。
 すぐ後ろに護衛がついたが、特に声をかけることなくセレスの部屋に歩を進めた。
 慣れ親しんだ廊下を進み、目的の部屋についてから、そっと扉を開ける。
 アベルと何をしてるだろうか…と色々想像していたが、どこにも姿がない。
 静かに扉を閉めて天蓋が降ろされたベッドに近づくと、そこから微かな寝息が聞こえてきていた。

「セレス?」

 軽く薄い覆いをかきあげると、俺に向かってアベルが口許に指を当ててきた。

「寝てるのか」
「うん」

 アベルに縋るように、あどけない顔でセレスが寝ていた。
 時折、むにむにと口許を動かし、うふふと笑う。

「………天使」
「ほんとそれね」

 上着を脱いで、俺もベッドに上がった。
 後ろからセレスを抱き込むと、セレスの体温に癒やされて眠気が襲ってくる。
 …セレス、家族にはもう了承を得たから。
 何も心配せずに俺たちのところへ嫁いできたらいい。
 セレスはずっと、俺たちと一緒だから。



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