上 下
29 / 54
愛しい人を手に入れたい二人の話

男爵に全てを暴露し許しを請う十歳児②

しおりを挟む



 男爵が震えたままの夫人の肩を抱き寄せた。
 花籠持ちとして、それがどれほどに屈辱的で恥辱的なことなのかを、一番に理解しているのだろう。

「……だから私は、セレスを正妃にも、愛妾としても、迎えたくはない。セレスを他人の目に晒すことなど、私が耐えられない。それに、セレスは――――あの子は、きっと、狂ってしまう。私は、セレスを物言わぬ人形にしたくないのです。セレスには、ずっと、私達の前で笑っていてほしい。私達の名を呼んでほしい」
「……殿下」
「だから申し訳ないが男爵。学院を卒業後は、セレスには会えなくなると覚悟していただきたい。城に極秘で囲い込むためには、外部との接触を一切断ち切る必要がある。……わかってほしい、男爵。私達はセレスを愛してる。セレスだけを愛している。必ず、城の色ボケクソジジイたちの手から守る。何をしても、だ」

 セレスを諦めない。男爵が了承してくれないというのなら、王族という力を使うだけ。
 けれどそれは、できれば使いたくはない。
 どう返答されるか身構えていたが、男爵は困ったように苦笑した。

「『達』ということは、アベルシス様も、ということでしょうか?」
「……ああ」
「セレスティノを囲い込むとして、では表向きの正妃にはどなたが?」
「これはまだ発表しないが、アベルが私の正妃に内定している」
「ほう」
「表の顔はアベルだ。アベルなら花嫁が課せられる屈辱にも耐えられる」
「では、アベルシス様は花籠持ちでいらっしゃるのですね?」
「…………恐らく違う。アベルは、私と同じだ」

 俺が意図していることを正しく理解したのか、今度は男爵の顔まで青褪めていく。

「殿下、それはなりません。花籠を偽るなど――――」
「全て承知の上だ。すべてが露見してもカレスティア男爵家にはなんの咎もない。全て私が計画し、実行させた。セレスは軟禁され、アベルは脅され従うしかなかった。……罪を負うのは私だけだ」
「……殿下」

 全てが明るみになったとき、罪を負うのは俺だけでいい。
 ……そんな失敗、する気もないが。

「殿下」

 ここまでただ黙って話を聞いていたセレスの兄が、俺を見据えた。

「…俺は、殿下を信用します。王族内部のお話も、事実なのだと思えます。殿下はセレスティノを必ず守り抜くと仰った。だから俺は、反対をしません」
「……兄上殿」
「父上、母上もよろしいですか?」
「……ああ。私達も異存はない。私達の可愛いセレスティノが一番可愛らしく笑うのは、殿下とアベルシス様の前だけだ。あれほど天使のような笑顔には――――」
「いや、ええ、本当にセレスは天使ですね。天使以外の何者でもない。セレスは天が遣わしてくれた私達だけの天使で――――」

 ……つい。
 『天使』という単語に反応してしまい、天使語りをしてしまった。
 重苦しかった空気は一気に霧散し、男爵たちが笑い始める。

「あー………男爵」
「なんでしょう、殿下」
「その……、セレスは必ず幸せにしますので」
「ええ。それはもちろん。誘拐同然に拉致して城に軟禁…監禁すると堂々と仰ったのですから、誰よりも幸せにしていただかないと困ります」

 言葉にすると犯罪でしかない。
 それでも男爵は認めてくれた。

「……ありがとうございます、男爵…っ」

 体中から力が抜けた。
 その瞬間、防音結界も崩れてしまう。
 ……城で勉強するときよりも頭をフル回転させていたと思う。

「やっと年相応の顔になりましたね、殿下」

 ソファにぐったりと体を預けた俺に、男爵が笑いながらそんな言葉をかけてきた。

「………王子だろうがなんだろうが緊張するものはする。それに、十歳だから、子供だからと、侮られたくなかった。……すまなかった、男爵」
「よいのですよ。……殿下がここで話されたことは、私達は何も覚えておりません。殿下の御心のままにお進みください」
「……ありがとう、男爵」
「お茶でも淹れましょうか」
「……いや。後でセレスの好きな果実水をセレスの部屋に」
「ええ。お持ち致します」

 笑って了承してくれた男爵に俺もうなずき返し、その部屋を出た。
 すぐ後ろに護衛がついたが、特に声をかけることなくセレスの部屋に歩を進めた。
 慣れ親しんだ廊下を進み、目的の部屋についてから、そっと扉を開ける。
 アベルと何をしてるだろうか…と色々想像していたが、どこにも姿がない。
 静かに扉を閉めて天蓋が降ろされたベッドに近づくと、そこから微かな寝息が聞こえてきていた。

「セレス?」

 軽く薄い覆いをかきあげると、俺に向かってアベルが口許に指を当ててきた。

「寝てるのか」
「うん」

 アベルに縋るように、あどけない顔でセレスが寝ていた。
 時折、むにむにと口許を動かし、うふふと笑う。

「………天使」
「ほんとそれね」

 上着を脱いで、俺もベッドに上がった。
 後ろからセレスを抱き込むと、セレスの体温に癒やされて眠気が襲ってくる。
 …セレス、家族にはもう了承を得たから。
 何も心配せずに俺たちのところへ嫁いできたらいい。
 セレスはずっと、俺たちと一緒だから。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話

ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに… 結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?

森光くんのおっぱい

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
「下手な女子より大きくない?」 そう囁かれていたのは、柔道部・森光の胸だった。 僕はそれが気になりながらも、一度も同じクラスになることなく中学校を卒業し、高校も違う学校に進学。結局、義務教育では彼の胸を手に入れることはできなかった。 しかし大学生になってから彼と意外な接点ができ、意欲が再燃。攻略を神に誓う。

BLゲームのお助けキャラに転生し壁を満喫していましたが、今回は俺も狙われています。

mana.
BL
目が覚めたらやり込んでいたゲームの世界だった。 …と、いうのが流行っているのは知っていた。 うんうん、俺もハマっていたからね。 でもまさか自分もそうなるとは思わなかったよ。 リーマン腐男子がBLゲームの異世界に転生し、何度も人生をやり直しながら主人公の幼馴染兼お助けキャラとして腐男子の壁生活を漫喫していたが、前回のバッドエンドをきっかけで今回の人生に異変が起きる。 ***************** 一気に書き上げた作品なのでツッコミどころ満載ですが、目を瞑ってやって下さいませ。 今回もR18シーンは☆を入れております。 写真は前に撮った写真です。

眠れぬ夜の召喚先は王子のベッドの中でした……抱き枕の俺は、今日も彼に愛されてます。

櫻坂 真紀
BL
眠れぬ夜、突然眩しい光に吸い込まれた俺。 次に目を開けたら、そこは誰かのベッドの上で……っていうか、男の腕の中!? 俺を抱き締めていた彼は、この国の王子だと名乗る。 そんな彼の願いは……俺に、夜の相手をして欲しい、というもので──? 【全10話で完結です。R18のお話には※を付けてます。】

主人公にはなりません

negi
BL
俺は異世界転生したらしい。 しかも転生先は俺が生前プレイしていた18禁BLゲームの主人公。 主人公なんて嫌だ!ゲームの通りにならないようにするためにはどうしたらいい? 攻略対象者と出会わないようにしたいけど本当に会わずに済むものなのか? 本編完結しました。お気に入りもありがとうございます! おまけ更新しました。攻め視点の後日談になりました。 初心者、初投稿です。読んだことあるような内容かもしれませんが、あたたかい目でみてもらえると嬉しいです。少しでも楽しんでもらえたらもっと嬉しいです。

ゲームの世界はどこいった?

水場奨
BL
小さな時から夢に見る、ゲームという世界。 そこで僕はあっという間に消される悪役だったはずなのに、気がついたらちゃんと大人になっていた。 あれ?ゲームの世界、どこいった? ムーン様でも公開しています

処理中です...