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本編
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しおりを挟むぼくを階段から突き落とした生徒の顔は見てないからわからない。
けど、ぼくがまた学院に出てからは、ぼくのまわりでレイやアベルの婚約の話や、ぼくに対する噂は聞かなくなった。
嫌がらせもない。
会話もないけど。
卒業したら関わりなんてないんだから。
気にする必要もない。
……卒業したら。
ぼくはどうしたらいいんだろう。
揺り籠が完全じゃないとは言っても、ぼくのおなかにレイの子種を受けた。もう、清い体じゃない。結果的に望んだのはぼく。だから、後悔はしていない。
……レイがいるお城に行くっていう選択肢もない。
ぼく、行き場所がないんだ。
卒業式があって、パーティーがあって、翌日には全員寮を出る。
ぼくも例外なく翌日には家に帰るんだけど。
……父様と兄様に、ちゃんと言おう。
相手がレイってことは伏せていればいいよね。
きっと、家から出されるけど。
貴族の花籠持ちは純潔を良しとする。誰かに辱められたり、不貞を働くと、『価値』がなくなる。
どこかの家との縁を結ぶこともできなければ、兄様との婚姻も無理。
黙っていればわからないかもしれないけど、でも、きっと、ぼくの心が悲鳴を上げる。
一人で、こっそりと、市井で生きて、死んでいくんだ。
もしかしたら、家においてくれるかもしれない。
それとも、娼館にいれられるかな。
ぼくには何も決められないから。
冬の天気のせいかもしれない。
考えが鬱々としていて、晴れない。なんだかお腹も苦しい。
冬の季節の終わりが近づいてきたとき、レイとアベルがまた忙しくなったようだった。
毎日どちらかはぼくの部屋にいるけど、二人揃うことはなくなった。
「寒くない?」
「ん」
後ろからレイに抱きしめられながら、ふかふかの布団に包まれている。
「あったかい」
「そうだな」
最近はレイと二人だけで過ごしてる時でも、抱かれなくなった。
レイは前と変わらず優しくて、ぼくのお腹をゆっくりと撫でる。でも、それだけ。
「もうすぐ卒業だね。……なんか、六年間なんてあっという間だった気がする」
「いつまでも学生でいたいよ」
「ふふ。無理だよね、そんなこと。……できるなら、ぼくもそうしたいけど」
学生でいる間はレイとアベルに甘えていられる。ぼくはずっと、二人と一緒にいられるから。
「なぁ……セレス」
「なぁに?」
「俺のことは好き?」
「……好きだよ」
「アベルのことは?」
「……好き、だよ」
「……そっか」
「うん」
レイの腕に力が入る。
「あのな、セレス」
「うん?」
「明日から…俺もアベルもここに来れなくなる」
「そ……なんだ」
「多分、卒業まで学院にも来れなくなる」
「……忙しいんだね」
王族と公爵家。
責任も義務も、ぼくよりもずっと多くて重いものだよね。
……だから、寂しいなんて言っちゃだめだ。
「卒業式は?」
「それは出る」
「パーティーも?」
「恐らく」
「……そっか」
じゃあ、その日が最後。
初めて出会ったときから続いていたこの関係が終わる日。
「あんまり無理しないでね。もし、アベルに会えたら、アベルにも伝えてほしいな」
「……わかった」
レイの胸にすり寄った。
今日が最後。
卒業式の日に会えるかもしれないけど、でも、触れ合えるのは今日が最後。
「……セレス、好きだよ」
「うん、ぼくも」
ぎゅって抱きしめられるけど、子供がほしいとも孕めとも言われなくなった。
ぼくが不完全な花籠しか持ってないから。だから、きっと、レイの中では何かが変わったんだ。
ぼくはレイを振り返って、じっと顔を見た。
焼き付けておきたい。
ぼくだけを見てる今のレイを。
「………レイ、キス、してもいい………?」
「……ああ」
こんな確認、今までしたことなかったのに。
ぼくはすこし体を伸ばして、開くことのないレイの唇に、自分のを重ねた。
ほんの少し。触れて、すぐに離れて。
「ありがと。ね、もう寝よっか」
「……そうだな」
キスが返されないからって、泣いたらだめだ。
背中からくるまっていた布団ももとに戻して、ぼくたちはベッドに横になった。
「……セレス」
最近の定位置のようにレイに背を向けていたけど、レイの手が伸びてきて、ぼくの体をあっという間に反転させてきた。
「……なに?」
レイと向き合う形になって。
頭の下に腕が入り込んで。
そっと、抱き寄せられて。
「こうしていていいか?」
「……うん」
レイの匂いも体温も鼓動も近くて、ぼくは唇を噛みながら涙を堪えた。
「おやすみ、セレス」
「おやすみなさい、レイ」
レイが部屋の明かりを落としてくれる。
ぼくはレイに抱きしめられたまま、むりやり目を閉じた。
レイとアベルが学院に来なくなって三日ほど経った。
ぼくの生活はあまり変わらない。
レイとアベルが手配してくれていたのか、食事は部屋に運ばれてきていた。朝食のときに、その日の昼食分も届く。…何を食べても美味しいと感じない。いつも半分以上残してしまう。
卒業式まであと一週間。
内容が頭に入らない読書をしながら過ごしていた休み時間、それは突然ぼくの耳に入ってきた。
「殿下がご婚約を発表されたって!卒業してすぐに婚姻されるんだって!!」
クラス中に響いたその声に、思わず顔を上げていた。
「お相手はアベルシス様らしいよ!!」
驚きの声とか、残念がる声とか、祝福する声とか、いろんな声が沸き起こる。
レイと、アベルが。
結婚、する。
ぼくはまた本に視線を落としたけれど、視界がぼやけていて、文字は全く見えなかった。
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