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本編
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しおりを挟む二人とも大人のようだった。
……や、もう成人はしてるんだ。
二人とも、春の季節の生まれだから。
だから大人。
でもぼくは知らなかった。
二人があんなに綺麗に微笑んで、穏やかな声で話をするなんて。
使う言葉も綺麗だし、指先の動きまでも綺麗で。
……やっぱりぼくは相応しくないんだな、って思った。
ぼくといるときの二人は、使う言葉もぼくに合わせているのか、難しい言葉はあまり使わないし、少し子供っぽい話し方をする。
大きな声だって出すし、汚い言葉も使う。
でも、クラスの中にいた二人は全然違ってて……、胸が苦しくなった。
……ほんと、ぼくは駄目なんだ。
あんなふうにクラスメイトに抱きつかれて、振り払うでもなくそのままで。
ぼくにいつも『愛してる』って言いながら抱いてくれるレイも、嫌な顔してなかった。
ぼくのこといつもだいじにしてくれてるアベルも、嫌がる素振りは何もなかった。
ほとんどぼくの部屋にいて、ぼくのこと甘やかしてくれて構ってくれるけど、それは、多分、幼馴染みの延長……むしろ、幼馴染みだから、なのかもしれなくて。
きっと、手のかかる弟くらいにしか思われてない。
……レイだって。
抱かれてるけど、恋人ですらない。
甘い言葉はベッドの中でだけ。
ぼくは……それだけの、存在。
熱いものが閉じた目から流れ出して、枕に吸い込まれていく感じがした。
そしたら、目元に優しいぬくもりを感じた。
ゆっくり目を開けたら、心配顔のアベルが、いた。
「………」
「目が覚めた?どこか痛いところはない?」
アベルの手がぼくの頭をなでて、目元を指で拭ってくれる。
ぼくは首を横に振った。
どこも痛くない。
「そう…よかった。一応、治癒魔法はかけたんだけど。何があったか覚えてる?」
「………おぼえて、ない」
「ん。移動教室のときにね、階段から落ちたんだ」
「………」
そうだ。
あのとき、『邪魔』って言われて、誰かがぼくを、押した。
「なんとか間に合ってセレスを抱きとめたんだけど、僕じゃちょっと踏ん張りが利かなくて、更に倒れそうになったところをレイが支えてくれてさ」
「え…」
「焦ったわぁ。ほんと。でもなんとか二人がかりでも受け止められたから、怪我はさせてないと思ったんだけど、念の為治癒魔法かけてもセレス全然目を覚まさないから…心配した」
「……あの……ごめんなさい……」
アベルがぼくをぎゅって抱きしめてくれた。
あったかい。
気持ちいい。
ほっとする。
「……何かあった?」
「なに……?」
「……例えば、誰かに突き落とされたとか」
「――――」
アベルは凄く心配そうにぼくを見てた。
ぼくはそれにうなずくことはできなくて。
「……ううん。多分、ぼくが、足を踏み外して……」
……って、嘘をついた。
別に、ぼくを押した生徒を庇いたいとか、そんなんじゃなくて、それくらいのことで煩わせたくない…っていうか、面倒って思われたくないっていうか。
そんな、気持ちで。
「………そっか。ん。わかった。気をつけなきゃだめだよ?セレスに何かあったら、私達は生きていけないんだから」
「アベル……?」
「体、大丈夫ならお風呂に入っちゃおうか。レイはね、今晩は王宮の用事で戻ってこれないから。お風呂に入ってすっきりしたら、夕ご飯を食べよう」
「……アベルと?」
「うん。だめ?」
「ううん。アベルと一緒で嬉しい」
「ん、じゃあ、ゆっくりでいいからベッドから出ようか」
額にちゅ…ってキスをされて、先にベッドを降りたアベルが、ぼくを抱き起こして手を差し出してくれた。
よくよく見たらぼくの部屋だった。
移動教室は昼前だったから、……ぼく、随分長いこと眠っていたんだ。
部屋の中を移動するだけなのに、アベルとしっかり手を繋ぐ。
この部屋の中でだけぼくに許された関係なら、今だけでも甘えたい。
二人でお風呂場に向かって、アベルに寝間着を脱がされた。
僕が裸になると、アベルもさくさくと服を脱いで、腰に一枚タオルを巻き付けた。
「おいで」
手を伸ばされて、その手を握る。
導かれるように浴室に入ると、アベルはぼくの手を握ったままシャワーを出した。
「…セレスとお風呂に入るの久しぶりだね」
「…うん」
「先に髪を洗っちゃおうか」
「…うん」
前のほうが構ってもらってた。
部屋にいるのは今のほうが多いけど、前のほうが一緒にお風呂に入ってたりした。
それが最近少なくなって。
…寂しかった。
「ほら、目を閉じないと」
「んっ」
アベルの方を向いて、目をギュッと閉じて、少し顔をあげる。
丁寧に髪を洗っていく指先。
……気持ちいい。
「仕上げだよ」
泡を流される。
顔にお湯がかからないように、アベルの手がぼくの顔にかかった。
「そのまま」
「ん」
シャワーが止まって、タオルで髪を拭かれる。それから、花の香がして、アベルの手が髪を整えていく。
その間、ぼくはずっと目を閉じてて。アベルがどんな顔で手を動かしていたのかしらない。
けど、柔らかい唇がぼくの丸出しの額に触れて、それから、ふに…っと唇に触れられた。
「っ」
驚いて目を開けたら、すぐそばにアベルの顔があった。
アベルも目を開けていて、ぼくと視線が合う。
心臓がどきどきした。
ふに、ふにって触れてた唇が、しっかり重なって、開かされた唇の間から舌が潜り込んできた。
「んぁ……」
レイと違うキス。
ゆっくり舐められて絡められて、背中を抱きしめられる。
ちゅ…って離れたとき、アベルは目を細めていて、その目元はほんのりと赤くなっていた。
「嫌?」
「……いや、じゃ、ない」
「ん」
アベルは頷いて、また、ぼくにキスをする。
嫌じゃない。
嬉しい。
嬉しいって思うのはどうしてだろう。
お腹の奥がぐるぐるするのは、どうしてだろう。
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