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君に出逢えた奇跡
5 青色の花
しおりを挟むほどなくして詰所に到着し、中の担当者に男を引き渡した。ナシムも手にしていたブーケを渡して、また巡回へと向かう。
よくよく街中を見ていると今日は花束を手にしている者が多い。その全てが『シエル』で購入したものとは限らないのだが、どうしても目を向けてしまった。
けれど、あの青い花は、ない。
目を閉じれば、あの光景が瞼の裏に浮かぶ。シエルの瞳も、楽しそうに弧を描く口元も。
もし、あの小さな花が青色をしていたら、仕事を放り投げてでもその花屋に向かったかもしれない。
ありふれた名前なのに。これほどきになるのは、やはり、あの花のせいか。
青い花園がなくなった理由など知らない。わかるはずもない。
シエルが、俺の前から消えた理由も。
勤務中だというのに、俺の中はシエルのことばかりで、本来向けるべき注意を怠っていた。
「アルフレッド!!」
突然響いた慌てたナシムの声に、ようやく眼前の事態を把握する。
少し先からあがる人々の悲鳴。
軋んだ音を出しながら走る馬車。
路上にうずくまる少女。
「っ、ナシム、馬車を…!!」
俺は走り出した。
勤務中に思い馳せるようなことではなかった。
いつものように周囲に気を配っていれば、もっと確実に対処できたというのに…!!
「なんで街中を爆走させてんだよ…!」
ナシムもまた、全力で駆け出していた。
馬車は少女の目前まで迫っている。
俺は手を伸ばした。
少女は迫る馬車をただただ見つめる。
人々の悲鳴。
口元から泡を吹き、錯乱した様子の馬の前足が少女に振り下ろされる瞬間、伸ばした俺の手が少女に届いた。
無我夢中で少女の体を引き寄せ、腕の中に抱きしめながら、その反動のまま道の脇に転がってしまう。
「あ、わたしのおはな…!!」
少女が胸に大事に持っていた包が、その衝撃で少女の手を離れ宙に放り出されていた。
思わずそれを片手で掴み、中を見て、一瞬時が停止した。
「……え?」
「ありがとう……きしさま!!」
少し離れたところからナシムの馬をなだめる声が聞こえていた。
起き上がり、少女を地面に立たせ、視線が少女に合うように改めて膝をつき、もう一度包の中を見た。
そこには、一輪の青い花。
「…これは?」
「あの、あのね、おかあさんが、びょうきで」
じわ…っと少女の瞳に涙が浮かぶ。
「わたし、おかあさんのびょうきなおしたくて」
俺が少女の手の中に花を戻すと、少女はそれをまた大事そうに胸に抱きしめ、言葉を紡ぐ。
「でも、どうしたらいいかわからなくて、そしたら、むこうのおはなやさんが、ないしょだよ、って。ねがいがかなうはなだから、だいじに、ね、って、くれたの」
「そうか」
少女の頭を撫でると、少女は泣き笑いの表情を見せた。
「早く良くなるといいな」
「うん…!!」
少女は笑顔で駆け出した。
その姿を目で確認してから立ち上がり、周囲に怪我人がいないか確認をする。幸い、怪我人も被害もないようだ。
その後、ナシムと合流し、御者からの聞き取りや詰所への引き渡しを淡々と行った。
そんな風に装っていなければ、叫びだしそうだったから。
シエル
シエル
俺は、お前を見つけることができるかもしれない。
夕方、その日の勤務を終えて、俺は城下町西側に急いだ。
「…シエル」
気持ちが急く。
今朝足を止めた花屋は、まだ開いていた。店先に出されている看板には、確かに『シエル』と書かれている。
呆れるほど鼓動が早くなる。
剣を向けられるときよりも緊張し、体が震えそうになった。なんとか、ぐ…っと息を呑み、扉に手をかける。
カランカランと軽いベルの音が鳴った。
店内には鉢植えや切り花がところ狭しと並べられている。
「はーい、いらっしゃい」
その声に、鼓動は更に速さを増す。
奥から現れた少年は、艷やかな金髪を高い位置でまとめて縛り、エメラルドグリーンの瞳を俺にむけた。
その容貌は、あの日のシエルに瓜二つだった。
「……シエル?」
「え」
「シエル……!!」
俺は気づけば、腕の中に華奢な少年を抱き締めていた。
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