【完結】眠りの姫(♂)は眠らずに王子様を待ち続ける

ゆずは

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眠りの姫(♂)は眠らずに王子様を待ち続ける

第13夜

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 呆然としたのは一瞬だった。

 姫は私を大好きと言った。愛してると言った。
 なら、私がやることは一つしかない。

 私は城に走った。
 日は既に翳り始め、もうじき夜の帳が落ちる。
 時間がない。
 昼食も食べずに励んでいたらしいが、不思議と空腹感はなかった。

 駆け込む勢いで城内に入れば、皆、何があったのかと目を見開くが、それに構う暇はない。
 飛び込んだのは書庫だ。
 五百年前の、廃嫡された王太子。
 王国史にそれが刻まれているはず…と、片っ端から古い物を探していくが、見つからない。
 本来ありそうな家系図に関しても、五百年前まで遡れない。
 焦りが不安に変わる。
 窓の外は既に暗闇と化した。
 姫の手がかりを。
 姫が、己の過去を話してくれたのだから。

 多すぎる文献に頭痛を感じ始め、一旦本を閉じた。
 時間は刻々と過ぎている。
 この時間、父王は執務室だろうか。
 書庫から父王の執務室に向かった。
 すべきことは、王族からの除籍。王太子の身分から退くだけでは足りない。完全に、王族から身を引かなければ、同じことの繰り返しだ。
 使える手段は一つだけ。
 私の護衛についていたはずの者は、私が茨の森に出向いたことを知っているのだから、それを証明してくれるはずだ。

 執務室の扉をノックすると、まずは宰相が対応してくれた。
 よかった。
 父王だけでなく、宰相もいるならば、話が早い。

「どうされました、殿下。このような時間に」
「……父上に……、いえ、陛下に、聞いていただきたいことがあります」

 演じろ。
 『やらかした王太子』だ。

「どうしたんだ。こんな夜更けに」

 父王は机の向こうから訝しげな目を向けてくる。

「父上………、陛下、申し訳ありません……!!」
「なんだいきなり」
「『呪いの茨の森』」

 私がそれを口にした途端、父王と宰相だけでなく、執務室内にいた文官たちの間にも緊張が走った。

「……先生からその話を聞き、私は己の好奇心を殺すことができず、禁忌と知りながら、その森に足を踏み入れてしまいました」

 ざわつく室内。
 父王と宰相は、顔色をなくしていた。

「それは――――真か」
「――――はい」

 項垂れ、憔悴しきった自分――――を、演じろ。

 父王は宰相に目配せをすると、宰相は一旦部屋の外に出た。
 私につけた者から話を聞いていると思われたが、数分後部屋に戻ってきた宰相は、一人の女性を伴っていた。薄絹を纏い、妖艶な女性だ。

「陛下、殿下が茨の森に出向いたことは事実のようです」
「……なんてことを……っ」
「陛下、この場で確認してもよろしいですか?」
「ああ。――――息子よ、『呪い』の確認をする。衣服を寛げ」
「はい、陛下」

 宰相が連れてきたのは娼婦ということか。今夜、陛下か宰相に侍る予定だったのだろう。
 私は父王の命令通り、この場で陰部を晒した。
 それは屈辱的な行為ではあったが、認めさせるためには必要なことだった。

「失礼します」

 娼婦らしき女性は、なんの反応も見せない私の陰茎に、舌を這わせた。……途端、背筋に悪寒が走り、吐き気すらこみ上げてくる。
 それをなんとか抑え込み、時がすぎるのを賢明に待った。
 いくら舐めしゃぶっても私の陰茎が反応しないと知ると、女性は手で扱きはじめた。
 気分が悪い。
 だが、我慢だ。
 娼婦と言えど、女性に手を上げるわけには行かない。それにこれは――――姫と添い遂げるための試練だ。

「――――もう、よい」

 父王の声に、はっとした。
 私の陰茎に貪りついていた女性は、息も荒くその場に崩れ落ちた。

「………『呪い』か……っ」

 頭を抱えた父王に、宰相が歩み寄る。

「陛下、幸いにも第二王子殿下も第三王子殿下もいらっしゃいます。いずれの殿下方も、生母様はそれなりに身分のある方たちです。新しく王太子に据えることに、なんら問題はございません」
「……そう、だな」
「それに、第二王子殿下は既に婚約者様をお選びではございませんか。茨の森については秘匿し、ご成婚、妃様ご懐妊の後、改めてご教育なされれば、問題ございません」
「……そうしよう」

 二人の間の話し合いの間に、衣服は元に戻した。

「……息子よ、何か望みはあるか」
「私は王太子としてあるまじき愚行を犯しました。私に望みなどありません。……ただ一つ叶うのでしたら、王籍を離れ、一般市民として、今後の人生をやり直したく思います」
「わかった。その願い聞き届けよう。第一王子は今この場で王太子及び王族から廃嫡とする。今後は姓を名乗ることは許されない。一人の国民として、国に仕えよ」
「承ります」
「必要なものは持ち出すことは構わない。今後の生活の足しにはなるだろう。荷物をまとめ次第、城を出よ」
「はい」

 私は深々と頭を垂れた。
 ニヤつきそうになる口元を必死に引き締めながら。

「これで最後になると思います。………父上、これまでのご恩、お返しできずに申し訳ありません。この先も長く、健やかにご統治が続きますよう、お祈り申し上げます」
「……ああ」

 これが、父王との、家族との最後の会話になった。
 私が執務室を辞したあと、室内が騒がしくなったのを感じたが、かまってる余裕はない。
 かなりの時間を使ってしまった。
 自室に戻り、衣服を脱ぎ捨て風呂に入った。
 あの女性に舐められた陰茎を、殊更念入りに洗い、出来心で姫の痴態を思い出しながら扱けば、あっという間に達した。
 笑ってしまう。
 どうやら、姫にしか反応しなくなったらしい。これはある意味呪いだな。私にとって嬉しい限りの。

 比較的簡素な衣服を纏い、外套を羽織り、愛剣を腰に佩いた。
 他に少しの衣類を袋に詰めたが、宝石類は残した。私には必要のないものだ。

 城を出る前、もう一度書庫に寄った。
 どうしても名を知りたい。
 私がこれほどまでに姫を必要としているのだと、知ってもらいたい。

「おや、殿下。このようなお時間に、そのような出で立ちで。何か御用ですか?」
「先生」

 書庫には先生がいた。

「先生こそ珍しいですね…こんな時間に」
「野暮用とか言うやつですわ」

 白い髭を撫でながら、先生はそんな冗談を言う。
 先生はいつも変わらないな…と思いながら、深く頭を下げた。

「殿下?」
「先生。私は茨の森に入り、呪いを受けてしまいました。…たった今、王籍から除籍されました。もう、『殿下』ではありません。……今までのご指導ありがとうございました」
「………なんと」
「先生。一つだけ、お聞きしたいことが。いくら探しても見つからず、途方に暮れていました。先生、五百年前に廃嫡された王太子について、ご存知ではありませんか?」

 先生はじっと私を見て、呆れたように笑って頷いた。

「もちろん。私に知らぬことなどありはしませんよ」
「では、教えていただけませんか。その廃嫡された王太子の名を――――」



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