【完結】眠りの姫(♂)は眠らずに王子様を待ち続ける

ゆずは

文字の大きさ
上 下
7 / 21
眠りの姫(♂)は眠らずに王子様を待ち続ける

第7夜

しおりを挟む

「ここなら問題ないわね」

「あ、うん……」

 氷乃ひのに連れて来られたのは中庭だった。

 春の終わりの時期とは言え、気温は上下しやすく、特に今日は風が強めなので人の姿はない。

「だけど、何でこんな所に?」

 あたしは弁当を食べるだけだから、教室か食堂でいいのだが。

 氷乃がこの場所を選んだ理由が分からなかった。

「いいから、座りなさい」

「あ、はい」

 氷乃に催促され、隣同士でベンチに腰を下ろす。

 なんだこれ。

「それで、どうしたらいいんだ……?」

「貴女は昼食を食べながら、百合について勉強しましょうか?」

 氷乃さんが暴走しておられます。

「えっと、おかしなことを言っている自覚はあるかな?」

「貴女が私を勉強不足だと煽ってきたのでしょう?」

 いや、あたしは仲良くしようぜマインドを伝えたかったんだけど……。
 
 完全に裏目に出てしまったようだ。

 もう、ここは大人しく言う事を聞くほかあるまい。

「なんでしょう、氷乃さん」

「お弁当箱を開けなさい」

「あ、はい……」

 弁当箱を開けるように人に指示されるのって人生で初めてかもしれない。

 訳が分からない体験だが、氷乃との関係性がおかしいのは今に始まったことではない。

 パカッと開くと、ハンバーグやサラダの詰まったお弁当がそこにはあった。

「箸を貸しなさい」

「え? ムリ」

 思わず即答、そして秒で睨まれる。

「いいから貸しなさい」

「あたしの弁当、取らないでよ……?」

「取らないわよ」

 あ、それはそれで何か嫌な響きだな。

 このママお手製のお弁当はなかなか美味しいんだぞ。

 ちょっとだけマザコンが出てしまった。

 氷乃に箸を渡す。

「あ、やっぱり食べてもいいよ?」

 きっと氷乃もこのお弁当を食べたら評価を改めるに違いない。

 次回からはヨダレを垂らしてあたしのお弁当箱を羨むことになるだろう。

 だから、食べてみてもいいと心変わりした。

「要らないと言っているでしょう……」

「このハンバーグはママがタネから作っていて冷めても美味しいぞ?」

「私の話を聞いてもらえるかしら?」

「肉の気分じゃないならサラダもいいぞ。ママは自分で野菜も育ててるから、ただのサラダだと思って食べるとビックリすると思う」

「……」

 氷乃が黙ってしまった。

 なるほど、あたしのプレゼンを聞いてどれにしようかと頭を悩ませているのだろう。

 価値が少し伝わったようで安心した。

「貴女のおすすめは?」

「やっぱりハンバーグかな」

 あたしはサラダも好きだが、やはりお肉が好きだ。

 最初はサラダを食べた方が太りづらいとは聞くけれど、あたしはそんな事を気にしてまでご飯を食べたくないのだ。

 ……だから痩せないんだという分かりきったツッコみは控えるように。

「そう、分かったわ」

 氷乃がハンバーグを割って、摘まむ。

 そのまま持ち上げて、あたしの口元へ運ぶ。

 ……ん? あたしの口元?

「氷乃?」

「ほら、どうしたの。食べなさい」

「こ、これは……まさか」

 そこでようやくあたしは氷乃の意図に気付く。

「そう“あーん”よ」

 あーん、で意中の相手にご飯を食べさせる。

 確かにこれは恋愛ものなら定番すぎるほどの展開だ。

 だが、しかし、あたしには疑問が残る。

「待ってくれ氷乃、これは本当に百合なのか……?」

 よく男女関係で目にするこコレは果たして百合展開と言えるのだろうか?

「勘違いしているようだけれど、百合だからと言って特別そんな大きな違いというものは存在しないのよ」

「ま、マジで……?」

「同性同士の葛藤や、同性同士だからこそ共有し合える価値感に違いはあれど。分かりやすい展開においては、そう大きな差異はないの」

 知らなかった。

 まさかあーんで百合展開になってしまうとは。

「受け取り方は人それぞれだけど、会話しているだけでも百合と解釈する人もいるわ」

「何でもアリすぎないかっ!?」

 てことは、もはやあたしと氷乃が会話している時点で百合なのか……?

 いや、待て。

「そういう人もいるということ」

「でも待ってくれっ。それをアリにするなら、この学校の女子生徒同士も百合って事になるじゃないかっ」

「貴女はそう思うの?」

 氷乃に問いを返される。

 いや、冷静に考えてそんなはずはない。

 それを百合とするなら世の中は百合だらけになってしまう。

 何か条件があるはずだ……はっ、そうかっ。

「恋愛か、恋愛感情をもった瞬間にそれは“百合”に成り得るんだな!?」

 基本的な事を忘れていた。

 鍵は恋愛感情の有無なのだ。

 特別な感情を抱いた瞬間に、お互いに交わすやり取りの意味は変わってしまう。

 そこに百合と呼ばれる展開が生まれるのだ。

 これなら女子生徒同士は百合にはならない。

 そして設定上は主人公とヒロインであるあたしたちは、この“あーん”が百合展開に変わるわけだ。

 なるほど、完全に理解した。

「いえ、恋愛感情がなくても女の子同士で仲むつまじくしているだけで百合と捉える人もいるわ」

「見境がなさすぎる!?」

 なんだそれっ、百合ってテキトーすぎないかっ。

 じゃあ、ムリじゃんっ。

 線引きムリじゃんっ。

「そう、この世界は奥が深いのよ。それを貴女が教えてくれるのでしょう?」

「……え、そうなるのか?」

 いや、曖昧すぎてもう分からん。

 ていうかやっぱり氷乃の方が百合に対する造詣が深いじゃん。

 ……ま、いいか。

 あたしにとってのミッションは昼食を氷乃と一緒に食べること。

 それがクリアできるなら何でもよくなってきた。

「はい、あーん」

「……あーん」

 氷乃に箸を口元に運ばれ、あたしは言われるがまま口を開く。

 口内から舌の上にハンバーグを置かれる。

 箸が口から出たのを確認して、あたしは咀嚼を始めた。

 冷めていてもお肉のジューシーさとスパイスの効いた味わいが広がる。

「どう、美味しいかしら?」

「まあ、うん、美味いよ」

 あたしはもぐもぐと咀嚼し、氷乃は冷めた表情でそれを見つめる。

「……」

「……」

 なんだろう。

 お互いに変な空気だ。

 いや、これは決してあーんにときめいているとかそんな空気ではない。

 違和感だ。

 本来であれば恋愛で弾むはずの感情が動かない事について、あたしたちは違和感を覚えている。

「あのさ」

「何かしら」

「何でも“あーん”すれば百合、もとい恋愛展開になるとは限らないんじゃないか?」

「……やはり、そうなのかしら」

 氷乃もそのこと気付きつつも、その根本的理由にまで追いつけていない様子だ。

「例えばだけど、こういうのって氷乃がお手製のお弁当を作ってくれたりした方が効果ある気がする」

「……そういうことなの?」

 そうだ。

 恋愛が感情である限り、その行動も感情に紐づいていなければならない。

 行動そのものに囚われてしまったあたしたちは、それを見落としていたのだ。

「でもその理論で言うなら、“パフェであーん”はどうなるの? あれも他人が作ったものじゃない」

 それも恐ろしいほど定番の場面だが、ちゃんと説明がつく。

「アレはお金という対価を払っているからね。 “お金で得た対価”を誰かに譲ってるんだから、それは特別なものだし、感情も伝わるよ」

「一理あるわね……」

 ふむふむ、と氷乃が素直に頷いてくれる。

 奇しくも恋愛感情の勉強にはちゃんとなっている気がする。

 そしてあたしは手元にあるお弁当箱に視線を落とす。

「言ってもコレはママが作ってくれたお弁当で、ママの気持ちだからね。それを氷乃に食べさせてもらっても氷乃の気持ちは伝わらないというか……」

 いや、絶対にそうとは言わないけどね。

 でも半減はしちゃう気がするな。

「……感情一つでここまで受け取り方が変わるなんて。恋愛って難しいわ」

 ほ、ほんとだね……。

 あたしたちは何とも言えない空気のまま、吹いた春風にぶるりと身を震わせるのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ホットココア・ラブ

御手洗
BL
月曜から金曜までの朝8:00。 毎日同じ時間に辻岡啓輔(つじおかけいすけ)の働くコーヒーショップにココアを頼みにやってくる男の子がいる。 彼は、名前も知らないその少年に恋をしている。 *** 月曜から金曜までの朝8:00。 毎日同じ時間にココアを買いに染谷葵(そめやあおい)はそのコーヒーショップを訪れる。 彼は、まともに話したこともないその店の店員に恋をしている。 そんな二人が徐々に距離を縮めていく一週間のお話。 *** 多分片方の視点だけを読んでも話は繋がると思いますのでどっちの視点も読むの面倒くさいなと思ったら片方好きな視点を選んで読んでみてください。

庶民が王子様

まめ
BL
根っからの庶民である王子と、彼を溺愛する教育係が巻き起こすドタバタコメディ。王子の為に企業をしたりなんだりと、教育係の溺愛は止まる所を知りません。

魅了魔力ほぼゼロなインキュバスの俺ですが、魔族公爵に溺愛されています。

mana.
BL
魔界の生き物は産み落とされた時からある程度の魔力を備え、力のない者は自然淘汰されていく。 偶然魔獣の生体バランスの調整に来ていた公爵が俺を見つけて気紛れで拾われ生き延びた。 インキュバスで魅了の魔力がほぼない俺は、試験に落ちたものの剣の素質はあったので従者として屋敷に留まる事ができた。 ********************* 今回のお話は短編です。 剣術に長けると書きながら、お話には全く出てきません。 楽しんで読んで頂けると嬉しいです。

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

歳上公爵さまは、子供っぽい僕には興味がないようです

チョロケロ
BL
《公爵×男爵令息》 歳上の公爵様に求婚されたセルビット。最初はおじさんだから嫌だと思っていたのだが、公爵の優しさに段々心を開いてゆく。無事結婚をして、初夜を迎えることになった。だが、そこで公爵は驚くべき行動にでたのだった。   ほのぼのです。よろしくお願いします。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき(藤吉めぐみ)
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

処理中です...