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自由の国『リーデンベルグ』

29 生徒会長の独白

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 私はコルラド・インザーギ。
 この自由の国で侯爵の位を持つ父と、隣国から嫁いできた母の間に生まれた、侯爵家の跡取りだ。
 我が家には長く魔水晶を持つ子は生まれなかった。
 こればかりは血筋も身分も関係なく、魔水晶を持って生まれることは運任せ……女神様の采配、と言われている。
 貴族において、魔法師を輩出することがその地位を盤石にし、敬われる――――わけではない。ただ少し、恩恵があるくらいだ。
 父は私に研究所から招いた魔法師を家庭教師としてつけてくれた。その魔法師が言うには、私の魔力は年齢にそぐわないほどに高いらしいのだ。
 家族はそれを喜んだ。
 それから、私は何に不自由することなく育った。私が欲しいと言えば与えられ、いらないと言えば目の前から消え去った。
 魔力も年齢を重ねるほど更に高まっていくのを感じていた。
 研究所の魔法師からも、もう教えることはないと言われた。
 私は魔法学院に入学することを決めていたが、その前に魔法に関する勉強は終わっていた。

 私は優秀なのだ。
 勉学も、もちろん魔力も。普通、二属性が限度と言われている属性も、私は四属性も使うことができる。
 それだけでも特別だというのに、私は容姿にも恵まれていた。
 十歳ころから婚約の打診が後を絶たない。それでもまだ婚約者を決められないのは、納得できる人材がいないからだ。女性だけでなく、男性でも。誰も私を納得させる存在足りえない。
 年齢が上がればそれなりに遊びもしたが、最終学年目前の十七歳になっても、婚約者はいなかった。

 こんな完璧な私にも、簡単には手に入れられないものがある。
 その一つは、研究所での地位。私は完璧な人間だが、私より身分が低い伯爵が研究所の所長の座についている。侯爵である私よりも、伯爵である彼の方が魔法師として優秀――――そういわれているようで、気に入らなかった。
 せめてその彼のすぐ傍に配属され、彼と私の違いを調べつくせばいいと思ったが、仮に私が研究所に所属したとしても、下っ端から始めることになるだろうと言われ愕然とした。
 いや、だが、それも、家庭教師に来ていた研究所所属の魔法師の言葉でしかない。彼らは所詮、私よりも下の存在でしかない。
 だとしたら、在学中に伯爵自身に私の優秀さを認めてもらえばいい。そうすれば、卒業してすぐに副官として登用してもらえる。こんなに優秀な私の魔力を遊ばせておくなど無意味だからだ。
 けれど、その私の行動を阻む者がいた。
 一つ上の、チェリオ・ブリアーニだ。同じ侯爵家の嫡男。私よりも劣る魔力だというのに、あの伯爵から将来を有望視されていると言うのだ。
 目障りにすぎる。
 だが、まあ、そいつが大きな顔をしてられるのも一年だけ。私が副官として入所したときには片隅に追いやってやろう。

 私にとって研究所での地位は足がかりに過ぎない。その地位を得て、私が真に目指すのは、第二王子殿下の側近の立場だ。
 ……同じ年代に生まれていれば、確実に側近となれたのに。年代が違うだけでこれほど苦労するなんて。
 魔法騎士団に所属してから…ということも考えたが、魔法よりも剣技に重点を置く彼らとは相容れないものがある。却下だ。

 少しでも伯爵の目をひこうと、生徒会長となることを決めた。私と同じような目的の候補者たちがいたが、誰も私には敵わなかった。
 生徒会は私より下の身分で、なおかつ家と何らかの取引のある者を選んだ。私の手足となって働いてくれるからだ。
 年に二回ほどの行事の運営さえこなしていれば問題ない。あとは、伯爵に私の有能さを知ってもらうだけだ。

 どうやろうかと考えていたとき、伯爵の遠縁に当たる子爵家の子息が、この学院に聴講生として通学すると達しが来た。
 興味がある。けれど、所詮は遠縁の子爵家。どの程度の関係性があるかは不確かだ。
 学年が違うため直接その姿を見ることが出来ない。仮に見たとしても、その人だと判別することは難しいだろう。この学院に所属している学生たちの顔を全て把握しているわけじゃないのだから。
 だが、私の耳に届いた噂の内容に、心がざわついた。

 ――――どうやら伯爵の養子になり、研究所の次期所長になるらしい

 と。
 これは看過できない。
 手を打たなければ駄目だ。
 内心の焦りを感じつつ、その彼が魔法実技の授業で杖を称賛していたと聞いた。
 杖など……と嘲りが浮かんだが、もしや、彼の考えは伯爵の考えそのものではないのかと思考を巡らす。
 これは一度会わなければなるまい。
 会って整合性を確認せねば。
 ……あわよくば、その子息を私が落としてやろう。
 そうだ。それがいいんじゃないか?
 甘い声をかければ靡かない者はいない。不本意だが婚約しても良い。その彼を踏み台にして、私が伯爵から所長の地位を貰い受ける。
 ……完璧じゃないか。

 翌日、私は行動を起こした。
 学年が違っても食堂では普通に出会うことができる。誰が誰だかはわからないが、あのブリアーニと行動をともにしているらしいから、すぐに見つけることができるはず。
 不審がられないよう、生徒会の他の者も同行させた。
 昼食時、難なく彼を見つけることができた。やや強引かとも思ったが、合席の同意も得られた。
 生徒会長として、柔らかな笑みを絶やさぬよう、彼に話しかける。
 事前に調べていたから彼の名前は把握している。アキラ・ロレッロ。少し不思議な響きの名前だと感じた。
 彼は何故か護衛を連れていた。
 本来、学院内に護衛が入ることはない。侯爵家も、公爵家の者であっても。例外は王族が入学した場合だけ。
 彼が聴講生だからだろうか。それとも、研究所所長という権力を使ってあの伯爵がねじ込んだのか。……その線が濃厚だろうな。仮にも最高位魔法師。魔法学院においてその地位が絶対の影響力を持つことなど、火を見るより明らかだ。

 しかし彼――――アキラ・ロレッロは、想像していたよりひ弱な感じだった。
 比較的大きな瞳が黒く、濡れたように輝いて見えたのには息を呑んだが、これと言って飛び抜けた容姿というわけでもない。魔力持ちに多い銀髪に、歳上と思えないほどの華奢な体躯。初学年の学生と言われても納得できそうなものだ。
 これなら容易い。
 微笑みかけ、優しく接し、肩を抱き、口付けを落とせば――――すぐに私に靡くだろう。
 けれど、それには護衛が手強すぎた。
 結局、その日の昼食時間に期待した結果は得られず、その日のうちに何度も接触を試みたが護衛に阻まれた。
 翌日も、またその翌日も。
 何日か後には護衛の顔が変わった。今までの人の良さそうな顔つきの護衛から、一歩も近づくことの出来ない雰囲気を持つ護衛に交代されていた。
 なんなんだ、一体。
 私は尚も彼との接触を図り続けた。
 そうして幾日かが経った頃。
 焦れた私は不意打ちのように彼の腕をつかもうとした。
 その瞬間、見えない壁のようなものが私の手を弾き、同時に護衛の手が痛いほどに私の手首を掴んでいた。
 ……けれど、それに抗議などする余裕もないくらいに、いま起きた現象が私に衝撃を与えている。
 私を拒んだ見えない何かは、確実に何らかの魔法だった。わずかにでも魔力の動きを感じた。しかし、私はそんな魔法を見たことがない。
 見えない、透明な壁。
 ……これは、そうだ。書物で見た、『結界』というものではないか。どの属性にも当たらない、今は無き魔法。失われた古代魔法。『神の時代』に使用されていた神聖な魔法――――

 気づけば私は涙していた。
 『神の時代』の魔法は、未だに解明されていない魔法ばかり。魔力が高く、属性も多い私でさえも、使うことができなかったものばかり。
 それを、この少年が使った。振り向く、そんな僅かな動作だけで。
 ああ……なんてことだ。
 なんてことだ!
 なんてことだ!!
 今、私は奇跡の場に立ち会ったのではないだろうか。ブリアーニは彼の魔法を知っているのだろうか。伯爵は知っていて養子に迎え、跡継ぎとしたのだろうか。
 これが知られれば彼を巡って争いが起きる。神代の魔法を扱うことができる存在を欲しない国などない。
 保護しなければ。
 彼を奪われることのないよう、全力で保護しなければ。
 私がこの事実を知ったことを伯爵に伝えなければ。

 私が思い描いていた『未来』からはかけ離れたものになった。けれどそれに気づかないほど、どうでもいいほどに、神代の魔法を見て触れた私は高揚していた。
 学ぶべきものは全て学んだ。
 そう思い込んでいただけだった。
 彼を知りたい、彼を守らなければならない。
 その思いが、皮肉にも伯爵とのつながりを得る結果をもたらしたが、今の私には立場も権力も何もかもが色褪せて見えた。

 そして、彼が聴講生としての通学を終えるとき、またしても衝撃の事実が私を襲う。

 ――――豊穣の国第二王子妃アキラ・エルスター

 それが、彼の本来の呼び名であり、身分だった。

 愕然とした。
 私には到底手の届かない人だった。
 ああ、けれど。
 彼の使う魔法を見たい。
 結界魔法だけじゃないはずだ。
 そうだ。
 いつか必ず、豊穣の国に行こう。
 叶うことなら、彼の傍に在りたい。






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