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俺が魔法師である意味
58 腕試し……笑った人、許さんっ
しおりを挟む「じゃあ、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそよろしく頼みます!僕の魔法を堪能してください!」
口調も態度もあっという間に復活した。
すごいな、貴族。ある意味初志貫徹。
広めの訓練場の中央付近に、俺とマイナーさんは向かい合って立ってる。大体距離十メートルってかんじかな。
そんな俺たちと更に距離を開けて、クリスたちが見守ってくれている。
事の次第を話したとき、エアハルトさんが酷く憤慨してた。一緒にトビア君まで怒ってくれて、アルフィオさんやクリス隊のみんなから宥められてた。宥めつつもクリス隊のみんなの顔は全く笑ってなかったなぁ。今にもマイナーさんに襲いかかりそうなほど目がギラギラしてた……気がする。
クリスは万が一のときのために、剣を抜き身で持っている。……万が一、マイナーさんの魔法が飛んできたときにそれを斬り落とすために。ま、そんな見当違いなところに魔法が打たれたとしても、俺が絶対守るけど。
そんなクリスがマシロを抱っこしてるわけには行かず、マシロはトビア君と手を繋いでじっとしてる。いい子。
周りをさっと見てから意識をマイナーさんに向けた。これだけのアウェイな状況にあるのに、それを全く感じてないのか肝が座ってるのかわからないけれど、非常にリラックスしてる雰囲気。すごいなこの人。
「いつでも」
「ええ」
審判はいないから、『始め』の声はない。
俺は特別な構えはない。剣も杖も使わないから。
マイナーさんは腰から薔薇の花の装飾品を取り出すと、先の方を伸ばした。あ、それ、ただの装飾品じゃなかったんだ。ベルトの飾りの一つだと思ってたけど、柄に薔薇の飾りを施した杖だ。………薔薇?
「僕が授かるは紅き炎。すべてを飲み込み可憐なる華を咲かせる慈悲の心」
朗々と始まったそれが『詠唱』だと気づいたのは、悦に入った顔のマイナーさんの周りに、ぽん、ぽん、って彼の頭くらいの大きさの炎の玉が浮かんできたから。
以前クリスが、「この国の魔法師たちは長い詠唱こそが正しいと考えている」と教えてくれたことをぼんやりと思い出した。
思い出したけどさ、実際目にするとポカンと口が開く。
それは俺ばかりじゃなかったようで、さっと視線を流すと、周りのみんなも俺と同じようにポカンと口を開けてた。
クリスは呆れたような顔で眉間のシワを指でもんでたし、マシロはキョトンとしてトビア君の服の裾を引っ張って何やら聞いている。
「――――咲き誇れ大華、紅蓮なる炎は僕の化身」
炎の玉は全部で五つ。その『詠唱』がされたとき、その五つの火の玉は、僅かに形状を変え、まるで開花前の蕾のような形になったかと思えば、本当に開花した。
炎でできた大輪の薔薇。
これには周りから感心したような声が漏れた。
うん、俺もこれはすごいと思う。
……すごく、きれいだけど、でもね?
「灼熱の抱擁を、彼の者を灰燼と化せ!」
ヒュンって音と共に杖が振られた。
派手な攻撃が来るかな…って少し身構えたけど、炎の薔薇はゆらゆらとこちらに飛んでくる。……や、もう、飛んで、というか、漂っているような。
マイナーさんといえば、やりきったドヤ顔で、かなり肩で息をついている。
「あー……」
ここまでとは思ってなかった。
俺の乏しい語彙力で『めちゃきれいな真紅の薔薇だなぁ』なんて感想は出てくるけど、それ以外どう評価すればいいのか。
華麗っていうのは認める。芸術性はかなり高そう。魔法の新たな使い方として捉えるならいい着眼点だと思う。薔薇の再現率も高い。これは本人の薔薇に対する観察力の賜物で、それを具現化させる想像力の高さ。
……うん、マイナーさん、すごい使い手だ。これが、攻撃魔法でなければ。
指の先に魔力を集中させる。
とてもきれいな魔法だから、きれいに散らしたい。
炎に対するなら水か氷だけど、ん、氷にしよう。
くいっと手首を振る。その動作で指先から氷の礫を出現させ、薔薇の中心に打ち込む。
礫が着弾するのは一瞬。
炎の薔薇は花びらが散るように霧散していく。
「…は?」
ひらひらと舞う花びらの名残を残した炎の残滓。その向こうに目を見開くマイナーさんの姿。
「きれい!」
マシロのはしゃいだ声が聞こえてきた。
「魔力が足りなかったのか……っ」
気を取り直したらしいマイナーさんが、再び杖を構える。
詠唱のために口を開いたとき、氷の礫を飛ばした。
クリスのかすかな笑い声が聞こえた。……そりゃ、俺の得意技みたいなものだけどさぁ。笑わなくても。
でもね、さすがにね、いつも通りだとマイナーさんの顎外しちゃうからさ。着弾の瞬間、氷を砕く。即席のかき氷。口の中いっぱいの。
「!?!?!?」
詠唱は止まる。当然だね。
「……っ」
それから頭を抑えて蹲るマイナーさん。
あれだね。キーンってくるやつ。アイスクリーム頭痛って名前の結構つらいやつ。
「そこまで」
苦笑気味のクリスの試合終了の声。
「……っ、な、で、んかっ、っ」
口の中の氷を吐き出して頭を抑えたマイナーさんが立ち上がった。アイスクリーム頭痛はすぐ治るから、もう痛みはないはず。
「納得できません!」
「勝負はついただろ。お前が放った魔法はアキの魔法で相殺された。その上、詠唱阻害をされて膝をついた。誰が見てもお前の敗北だ」
「ですが!!!僕の魔法は完璧に……!!」
その言葉は否定しない。あれは確かに完璧な芸術作品だった。残らないけど。
「僕の魔法は誰にも負けない…誰も真似はできない、最高傑作だ……!!」
マイナーさんの魔力が高まった。
仕方ないなぁ…と思いながら、彼の周りに少し大きな氷の塊を出現させる。
「!?」
それをマイナーさんの魔法と同じように花に形状変換……させたら、まあ、なんだ。落書きのような歪な形の花になった。
「ぶ…っ」
「ふわっ」
……笑った人。許さん。しょうがないじゃん。俺の想像力なんてこんなもんだよ!
「うわっ」
むっとしながらその一応花の形を取った氷を、マイナーさんの周りに落としていく。氷の花の檻だからね、一応!
「これでわかったよね?」
笑いながらマイナーさんに歩み寄ると、なにか恐ろしいものでも見たかのように表情が消えていた。
……失礼だな、おい。
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