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俺が魔法師である意味

55 変な人、来襲。…エアハルトさんじゃないよ?

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 午後からはクリス執務室にて書類仕事。
 クリス隊のみんなは近場の調査や備品の確認っていう雑事をこなしている。
 意外とやることは多いようで、移動の足になるお馬たちの世話も、時間があるときは自分たちでやるのだそう。毎日毎日ってわけにはいかないから、基本は馬番の方々の仕事らしい。
 隊員さんたちの愛馬は体が強くて気難しい子が多い。強い信頼関係があるから、他の人のお世話だと満足しないことが多々あるんだとか……。まあ、あの走りっぷり、普通のお馬だと無理だと思う。うん。
 王都内の見回りは、兵士団の人たちで構成されてる警邏隊の人たちが担っているけれど、クリス隊の人もたまに見回る。この間、リオさんが「息抜きだぁ!」って嬉しそうに叫びながら王都に出ていったから、みんなにとって力を抜ける任務なんだろうな。あ、手を抜く、ってことじゃなくてね。
 それらをこなしつつも手が空いた隊員さんたちは、思い思いに鍛錬に励む。
 俺たち新生魔法師団の活動も今は無いに等しいので、休憩しながらの主にトビア君の訓練の時間。隊員さんたちから体の使い方を教えてもらったり、エアハルトさんとアルフィオさんから魔法の訓練を受けていたり。
 トビア君、素直で頑張り屋だから、隊員のみんなは弟のように思ってるらしく、誰も嫌な顔をしない。よかった。

「ましろも、まほうのれんしゅう、する?」

 午前中、文字の勉強を頑張っていたマシロは、午後からは俺たちと一緒に執務室に来ている。もちろん紺色のワンピースを着てる。マントは付けてない。暑くなっちゃうから。

「んー、俺の仕事が終わったら少しやろうか」
「あい!」

 窓から外を見ていたマシロが、ニコニコとうなずきながら俺のところに戻ってきた。

「マシロ、絵本を読みましょうか」
「えほん」

 全員分のお茶を用意し終えたザイルさんが、マシロの頭を撫でながらどこからともなく絵本を取り出してきた。

「いる、よんで」
「ええ。それじゃ、こちらに座りましょう」
「う」

 俺の隣りに座ってたマシロは、いそいそと向かい側のソファに移り、ザイルさんも同じソファに腰掛けた。
 ザイルさんの膝の上にちょこんと座って、ザイルさんの手元で開かれた絵本に見入るマシロ。可愛い。
 ちらりとクリスとオットーさんを見たら、クリスの口元には笑みが浮かんでいて、オットーさんの目尻は下がってた。うん。微笑ましいし光景だよね。ザイルさんとマシロが親子のように見えるからって、俺、嫉妬とかしないしね。
 絵本を読む抑揚をつけたほんの少し高めの小さな声をBGMにしながら、めくった書類はトビア君のお給料に関するものだった。
 お給料計算に関しては騎士団のものを参照した。クリス隊は国軍じゃないから、クリスのポケットマネーからお給料が出てるからね。クリスのポケットマネーも結局国庫からの王子様予算的なものなんじゃ?と思ってたけど、それは生活の中で使われてるものにしか当てられていないらしい。クリス個人的に、冒険者報酬とか、〇〇の報奨金とかが入るらしく、個人資産もそれなりにあるんだそうだ。びっくりなんだけど。働きすぎじゃないだろうか。

「あ、クリス、ここんとこ――――」

 ぺらりとめくった書類の内容を聞きに立ち上がったときだ。
 それまで穏やかだった執務室の中の空気が、一瞬で張り詰める。

「え」

 俺、何かしでかしたの?って思いはしたけれど、それは違うらしいとすぐに気づいた。

「アキ、こちらに」
「う、ん」

 クリスの固い声。
 言われるままに立ち上がったクリスに近づくと、すっと腰を引き寄せられた。
 ザイルさんはマシロを抱きかかえて扉から離れ、オットーさんは逆に扉に近づく。
 緊張を孕んだ静かな室内。
 それでようやく、俺の耳にも部屋の外で何か言い争うような音が聞こえてきた。

「…クリス」
「心配するな」

 クリスの声は酷く優しい。全く問題ない…ってわかってる声。

「マシロ、おいで」
「あぃ」

 ザイルさんの腕の中で大人しくしていたマシロがそう頷くと、ザイルさんは俺の腕の中にマシロを抱かせてくれた。マシロも何か感じているのか、俺の服の胸元を握りながら、扉の方をじっと見ている。
 両手の空いたザイルさんは、すぐにオットーさんの横に並んだ。
 その直後、軽いノックの音が響き、入室の許可を出す前に僅かに扉が開いた。

「も、申し訳ありません、殿――――」

 ミルドさんがほとほと困ったような顔を見せたとき、後ろからミルドさんを押しのけるように、一人の男性が身を乗り出してきた。

「何故平民ごときが僕の行く道を妨げるのかな。全く失礼だとは思わないのかい?僕を誰だと思ってる?黙って扉を開けばいいのに――――」

 文句を言いつつ、ため息を付きながらミルドさんを押しのけて執務室に入ってきた男性は、艶々の長い金髪を後ろになでつけ、更には前髪をかきあげるような仕草をしていた。ほら、あれだ。「俺って格好いいだろ?」ってのを、猛アピールするような、ちゃらけた仕草。
 それに、やたらとギラギラした装飾過多。明らかに貴族ぽい感じで、服には細かな刺繍が施されていて、宝石も縫い付けられている。
 貴族というよりどこのホストだよ……ってげんなりしていたら、その男性がニ歩目を踏み出すよりも早く、首元に二本の剣が左右から向けられた。

「ひ……!?」

 カッコつけポーズも忘れて、顔面蒼白にさせてガタガタ震える多分貴族さん。剣を少しも動かすことなく首元を捉えたままの護衛コンビ。

「オットー、ザイル。剣を降ろせ」
「「御意」」

 クリスの言葉で剣から開放されたその男性は、顔色が悪いままでも二人をじろりと睨みつけた。
 護衛コンビはまだ警戒を解いてない。その男性が何か動きを見せれば、その剣はすぐに首を捉えるんだろうな。
 で、結局、この人は何をしに来たんだろう。

「マイナルディ伯爵家の者だな」

 冷たい冷たいクリスの声。
 けど、その男性はこわばった青い顔を一瞬で喜色に染めて、膝を折って礼の姿勢を取った。

「マイナルディ伯爵家次男、メルキオレでございます。第二王子殿下」

 すっと体を戻した次男さんは、今度は俺にむかって笑みを深くし、胸元から鎖を取り出した。
 その鎖のさきには、見慣れてきた水晶がついていた。

「魔法師招集と聞き及び、参上いたしました!」
「え?」
「この僕の華麗なる魔法をようやく披露できる時がきました。僕のありあまる才を是非ともお役立てください!どのような魔物でも僕のこの手の一振りで滅してみせましょう!美しい僕が放つ魔法は、野蛮な魔法とは格が違うのです。僕の魔法もまた美しい…!優美に、ときには激しく、巻き起こる魔法。ああ…!!僕の魔法はまるで僕自身を映した鏡のよう……!!!」
「はぁ…」

 朗々と、まるで、歌うように。それこそ、オペラか何かを見せられているような。
 右手を胸に当て、左手は上に向け。自分に陶酔してるのか、悦に入った表情で。スポットライトでも浴びているように見えるのは目の錯覚だけど。

「………」

 全員が言葉もなく立ちすくんだ。
 ……エアハルトさんよりも強烈に変な人が来ちゃったよ……。




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