上 下
141 / 216
俺が魔法師である意味

39 マシロ、看病頑張る

しおりを挟む



 その日一日、俺はベッドの上の住人になった。
 どこかが痛いとかはない。あるわけがない。でもだるさは抜けないし、熱が下がらない。
 ……多分、調子に乗りすぎたから……だと思う。
 早朝の寝起きにクリスを襲って、完全に日が昇るまで二人で濃厚な時間を過ごした。
 快感で頭の中はネジが飛んでて、次から次に沸いてでてくる欲に抗えなかった。それを制止するのではなく、不敵な笑みを浮かべながら促してきたクリスに責任の一端があることは明白だと思うんだけどね。

「あきと、いっしょね」
「うん」

 いつもは日の出とともに部屋に帰ってくるマシロは、昨日の言いつけどおり朝食まで帰ってこなかった。
 …朝食と言っても、ブランチみたいな時間になってしまったけど。
 メリダさんは朝食に甘めのパン粥を俺に用意してくれた。それから、果物を絞ったジュース。何種類か入ってるようで、不思議ななんとも言えない色だったけど、甘くてほんのり酸味があって美味しかった。

「…たべる?」

 ベッドに足を伸ばして座ってる俺に乗りながら、マシロはバッグの中から花びらを取り出して俺の口に押し付けてきた。

「マシロの分がなくなっちゃうよ」
「……………………いい」

 バッグの中身と自分の手のひらと俺を何度も見て頷いたマシロから強い決意みたいなものを感じて、思わず笑ってしまった。

「じゃあ食べるよ?」
「…………………う」

 マシロが差し出してくる花びらを一枚、口の中に入れる。

「………あき、げんき、なる?」
「うんうん。なるよ。もう元気」
「きゃあ!」

 きゅって抱きしめたら嬉しそうにマシロが笑った。…でも、すぐに顔が歪んでくる。

「……あき、あちゅい」
「んー。元気だけど熱が下がらないね」
「……むぅ」

 このマシロのジト目は、「嘘ついた」と言わんばかり。
 マシロは俺の足の上から降りて、ベッドからも降りた。
 椅子の上によじ登り、テーブルの上に置かれてる洗面器の中のタオルを取り出して、小さな手でぎゅっと絞る。
 俺の看病をすると言ってきかなかったマシロのために、メリダさんは小さめのタオルを用意してくれた。マシロの手に丁度いい大きさのタオルは、マシロの力でもなんとか絞れる。

「あき、ぉやすぃ!」

 椅子から降りたマシロが、ふんすと鼻息が聞こえそうなくらいのはりきり顔で、俺をベッドに倒そうとしてくる。

「わかったから」
「う!」

 大人しくベッドに沈み込むと、俺の前髪をかき分けて、マシロが冷たいタオルを額においた。
 それはちょっと絞りが足りなくてべちゃっとしてるけど、水が垂れてくることはなさそう。

「う」

 満足気に頷いたかと思ったら、ベッドによじ登ってきて毛布を俺の口元まで引っ張り上げた。

「マシロも寝る?」
「あき、ねんねしゅる」
「マシロは?」
「あきにね、いいこ、ってしゅる」

 ぺたりと枕元に座り込んだマシロが、俺の胸元をとん、とん、と叩く。

「いいこね」

 ……笑いをこらえるのがつらい。
 多分、メリダさんがこんなふうに寝かしつけしてくれてるんだろうけど、マシロはとても真面目な顔でやるから、可愛らしくて仕方ない。
 いいこ、いいこと言いながら手でとんとんとリズムを取るマシロ。
 それを暫く続けていると、手が止まった。
 疲れたのかなと思ったけれど、そうではないらしい。
 俺の額に載せたタオルをゆっくりめくりあげて覗き込む。一体何を見てるんだろう。

「あちゅくない?」

 冷たいタオルが乗っていた額に手を当てて、少し表情が明るくなる。まあ、冷やしてた額だから、冷たく感じるだろうけど。

「さすがにまださがらないなぁ…」
「うむぅ」

 唸ったマシロがタオルを戻してまた俺の胸をとんとんと叩く。
 やること全部が可愛いなぁ。
 もうなんでこんなに可愛いかな……って笑いながら、マシロの刻むリズムに体を委ねてるうちに、眠気がぶり返してきた。

「ねんね」

 ん。寝よう。





 頬に温かくて柔らかいものを感じて目が覚めた。

「クリス」

 少し席を外してたクリスが戻ってきてた。

「熱は下がったようだな」
「あ、ほんと?」

 なんとなく顔とか首とか触ってた。
 うん。熱さはなくなった……かな?

「マシロが一生懸命だったから……、あ、マシロは」
「そこにいるだろ」

 クリスが指さしたのは、クリスとは反対側の俺の隣。
 ゆっくりそちらを見たら、すぴすぴと鼻を鳴らしながら体をぐてっと伸ばして白猫が寝てた。

「ありゃ」
「マシロなりに考えた結論らしい。人化してるだけでアキの魔力を食ってるなら、白猫でいたほうがアキは回復しやすいんじゃないかと自分で考えてた」
「あー…」
「アルフィオにも確認したが、それはそれで正しいらしいな」

 話しながら起き上がったら、クリスがすぐに背中を支えてくれた。少しクラリとしたのは全快ではないからかな。

「アルフィオさんとエアハルトさん、戻ってきたんだ」
「ああ。それほど疲れてもいないようだったから、報告書を書かせたあとは俺のところに合流させた」
「ん。ありがと、クリス」

 クリスの頬にキスをする。
 それのお返し…みたいに、クリスも俺の頬にまたキスをする。それなら…って、少し体を伸ばして額にもキスをしたら、同じように返された。
 何度か繰り返して唇への啄むようなキスに変わる。それも何度もしてるうちに、お互いに笑い出した。

「きりがない」
「だね」

 まだ寝てる子猫マシロをそっと手の中に抱き込む。
 眠そうに薄っすらと開いた瞳は、俺を見ると嬉しそうに閉じてまた寝始めた。

「よく寝る」
「寝る子は育つんだよ」

 二人でマシロのふわふわな白い体を撫でる。
 子猫のマシロももちろん可愛い。
 けど、腕の中に子供のマシロの重みがないのが、ほんの少し寂しく感じた。









*****
マシロ、看病疲れにて撃沈(*´ω`*)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

処理中です...