128 / 216
俺が魔法師である意味
26 やらなきゃならないこと
しおりを挟む根が深い問題だってことを、俺は理解していたつもりだった。
あの男が長になる前なら、きっと、もう少し状況はよかったのかもしれないけれど、こうやって市民さんたちの間にまで、「魔水晶は隠さなきゃならないもの」ってことが根付いている。多分、子を奪われた人から人へ伝わっていったこと。
ここに至るまでどれだけ悲しいこととか辛い事とか、そういうことがたくさんあったんだと…わかっていた、つもりだったけど。
…もしかしたら、全然わかっていなかったかもしれない。
クレトの家族はもう大丈夫……って家を出たら、何組もの親子連れに取り囲まれた。
オットーさんとザイルさんが抑えてくれているけれど、どの親も必死な顔をしていて、腕の中に抱えてる子供はどの子も幼く見えた。
「私の子は…大丈夫でしょうか…!!」
その言葉で何を求めているのかすぐにわかった。
ざっくりと感知をしてみるけれど、どの子も暴走しそうなほど魔力を溜めこんでいない。ポケットや手の中に魔水晶がある子や、首からかけている子もいるらしかった。
「――――大丈夫。魔力は落ち着いています。だから、魔水晶は子供から離さないでください。そしたら昨日のようなことは――――」
起きないから安心してほしい。
魔水晶を取り上げるようなことをしないでほしい。
そう言いたかったのに、言えなかった。
髪を振り乱して、俺に向かってきた一人の女性。
その手には鈍く銀色に光るナイフが握られていて。
…当然、それが俺に届くことはなかったけど、なんで狙われたんだろう、とか。この女性に恨まれるようなことを、俺は何かしたんだろうか、とか。
クリスに守られて腕の中に抱き込まれ、ナイフを握りしめて向かってきた女性はギルマスとオットーさんに抑え込まれていて。
それでも、俺を睨む瞳には、憎悪とか、悲しみとか、そんなものがこめられていた。
「なんで……!!!」
振り絞られた悲痛な感情を乗せた声。
「どうして私のときには…私の子供のときには、助けてくれなかったの……!!!」
「っ」
この人は、子供を亡くしたんだ。
国に取られないように、魔水晶を持たせずに、魔力暴走を起こして――――
「あの子も、夫も、血塗れになっていたのに……っ!!」
「それはいつの話だ」
オットーさんの低く冷たい声。
「去年の春よ…私が忘れるはずないもの…!!」
「アキラ様がいらっしゃったのはお前の家族が亡くなった後だ。アキラ様は関係ない」
「そんなことないわ…!!だって、魔法師なのでしょう!?国の魔法師なのでしょう!?私の子供は助けようとした父親を切り裂いて、全身から血を噴き出して死んだのよ…!!どうして?ねえ、どうして?どうして私の子供は助けてくれなかったのに、その子供のことを助けるの?魔法師は国に攫われるのに、どうしてその子は連れて行かないの…!!!」
ぐらりと眩暈がした。
子供を助けようとした父親と、暴走した俺を助けてくれていたクリスが重なってしまう。
クリスのことも俺が傷つけた。なのにクリスは笑う。気にするなって言う。
それだけでも苦しかったのに、この人は血塗れになっていく自分の家族をただ見ていることしかできなかった。
それはどんなに辛く、悲しかっただろう。
「………めん、なさい」
俺にはどうすることもできなかった。それはわかってる。
…わかってるけど、苦しい。
俺がクレトを助けることができたのは、今の俺だから。偶々見つけることができて、助ける手段を持っていたから。
「どうして……っ、どうして私の子だけが……っ」
「犠牲になったのはお前の子だけではない」
俺を抱き込むクリスの腕に力が込められた。
「幼子を、家族を、同じように亡くした者は他にもいる。お前たちと同じ境遇の者たちを救えなかったのは私たち王族の怠慢だ」
クリスの声が響いてる。
ざわめきも何も聞こえない。
「知ることもできなかった。気づくこともできなかった。見ているようで見ていなかった事実に気づかせてくれたのは他でもないここにいるアキだ」
クリスの手が俺の背中を軽く叩く。どうしようもないやるせなさに襲われていたのに、心の中が凪いでいく。
「責められるべきはアキじゃなく王族だ。城に勤めている者全てだ。アキには何一つ落ち度はない。その知識にも魔力にも、感謝以外の言葉はない」
…駄目なとこ、たくさんあると思うけど。 でもクリスがそう言ってくれるなら、俺は全力でやるだけだから。
「…全ての命は尊いものだ。それは魔水晶を握りしめて生まれてくる赤子にも言えることだ。今まで亡くした命は戻らないが、この先を見ていてほしい。…魔水晶を持った子が軍属にさせられることはもうない。国のために犠牲になることもない。王族や貴族が信じられずとも、幼子の命を救ったアキのことは信じてくれ」
クリスの言葉はそこで終わった。
シン…となった中で、俺はクリスに縦抱きに抱えられた。
そして改めて周りを見る。
見守っていた人たちは、神妙な顔をしていたり、子供を抱きしめて喜んでいたり、…泣いたりしていた。
俺を襲った女性を神殿に連れて行くようクリスが指示を出す。本来なら投獄されるべきなんだろう。でもそれを俺は望まない。クリスもわかってくれたと思う。
溜息一つついて了承したオットーさんに連れて行かれるとき、女性と視線があった。
毒気を抜かれたような、さっきまで感じていた憎悪が抜けたような、そんな視線だった。
その女性は目を伏せ、俺から視線を外した。謝罪とは違うけれど、それで十分だと思った。
「クリス」
「…ん?」
小さく。
クリスの首にしがみついて、小さく小さく言葉にする。
「どうすることが一番いい?」
「……アキ」
「どうしたら、俺がやりたいこと、できる?」
「……それは」
クリスが言い淀むこと。
わかるよ。
俺も、ずっと拒否してきたし、そうなることを考えもしなかった。
でも、もうそんなこと言ってる場合じゃない。
「……俺、魔法師長になる」
もう、逃げないよ。
クリスは返事のかわりに、俺を抱く腕に力を込めた。
*****
言葉は難しいです。
書いたり消したり繰り返し。
109
お気に入りに追加
2,283
あなたにおすすめの小説
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【2話目完結】僕の婚約者は僕を好きすぎる!
ゆずは
BL
僕の婚約者はニールシス。
僕のことが大好きで大好きで仕方ないニール。
僕もニールのことが大好き大好きで大好きで、なんでもいうこと聞いちゃうの。
えへへ。
はやくニールと結婚したいなぁ。
17歳同士のお互いに好きすぎるお話。
事件なんて起きようもない、ただただいちゃらぶするだけのお話。
ちょっと幼い雰囲気のなんでも受け入れちゃうジュリアンと、執着愛が重いニールシスのお話。
_______________
*ひたすらあちこちR18表現入りますので、苦手な方はごめんなさい。
*短めのお話を数話読み切りな感じで掲載します。
*不定期連載で、一つ区切るごとに完結設定します。
*甘えろ重視……なつもりですが、私のえろなので軽いです(笑)
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。
重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。
少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である!
番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。
そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。
離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。
翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる