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エルフの隠れ里

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 お父上はアルフィオさんの頭から手を離すと、王子様にむかって深々と頭を下げた。

「伴侶殿を拐かしたことは事実ではありますが、危害を加える意図はなかったと、お心に留めていただきたい」
「害意はなかった、と?」

 俺の隣の王子様から、不穏な空気が漂い始めた。
 とてもとても重苦しい、ガタガタ震えそうになる空気……。
 ちらりと後ろを見ると、暗めの茶髪の人は、無表情で前を見据えているのに、左手は既に剣の柄にかかっているし、王子様に負けず劣らずな重たい空気を発してる。
 え、これ、もしかして、一触即発ってやつ?なんで?なんで!?

「――――ええ」
「ならば」

 左腕に力が入った。
 寄り添うように触れ合ってた体が、より一層密着する。

「何故アキがなっているのか、私が納得できる説明を聞きたいのだが?」

 ひぃ…!!
 王子様からどす黒いオーラみたいなものが出てる気がします!!!
 ってなに!?俺がなってるって、なに!?
 あ、もしかして、記憶障害がどうとか言ってたこと!?
 た、確かに今の俺は王子様と結婚したってこと何一つ覚えてないけど、けどね!?なんだか特別な気はしてるから、それじゃだめですか!?

「あ、あの……っ、く、くりすとふ、さん……っ、ひ…っ!?」

 名前を呼んだ瞬間、にこって微笑まれた。にこ、って。にこって!!!どっかの魔王様みたいな背筋の凍りそうな『にこっ』て!!!!

「アキ、『クリス』だ」
「く……りす、さ」
「『クリス』」
「………ク、リス」
「それでいい」

 ちゅ、って言った。
 俺の、右のこめかみで。
 ちゅ、って。

「~~~~!!!!」

 気持ち的にはズザザザザー!!って逃げてた。気持ち的にはね!!でも、現実はそんなことできないくらい腰を抱かれてて、何もできない。
 そしてまた困ったことに、驚いたのと恥ずかしいのとで逃げたくなったわけだけど、ひとっつも嫌じゃない。直後に俺に見せた笑顔なんて、腰砕けになるんじゃないの?って思うくらい蕩けてて、俺の心臓がほんとに壊れる。魔王様な笑みはどこ行った。
 心臓、止まってほしい。…や、止まったらまずいけど、切に止まってほしい……!バックンバックンうるさいし、苦しいし、顔、滅茶苦茶熱いし。
 駄目だ。
 思考が変だ。
 落ち着こう。
 落ち着こう。
 ましろ、ぎゅっとして落ち着こう。
 ……けど、ましろ、寝てた。俺の腰に抱きついて、「すぴー」って寝てた。……ましろ、すごくない?この空気の中でなんでそんなに気持ちよさそうに寝てるの?




「害意はありませんでした。ですが、目覚めたときにアキラ殿が魔力暴走を起こしかけ、少し強引に眠りの魔法を使いました。……恐らく、精神に作用する精霊魔法と暴走魔力が混ざった結果の副作用かと思います……。……本当に、こんなことになるとは思っていなかったんです……本当に……!!」

 真っ白になってる俺を置いて、話し合いは続いてた。
 アルフィオさんが顔色をなくしているのは、多分お父上から滅茶苦茶睨まれてるせいだ。俺と話したとき、こんなに青褪めなかったし。

「ただ、ちょっと、楽しいかなと思った結果の行為で……っ、…ひっ」

 ……お父上からとても大変な殺気が溢れてます。
 俺は何も言わない。
 それより何より、こんな雰囲気の中で腰に回った手が、そのあたりをさわさわしてることのほうが大問題だ。

「アキラ殿に対しては不自由さがないようにもてなす予定でした…!殿下を招き入れることも決めておりましたし、多少結界もわかりやすく操作しておりました……っ。せ、精霊が殿下方に攻撃を仕掛けたのは、お、わ、私の不手際で……!」

 あー、あれですか。不審者は撃退せよ……的な。その精霊見てみたい……。
 てか、ほんとにこの手!やめて!!
 じり…っと離れたらそれを阻止するように手に力が入る。逃亡不可。

「アキ」
「な、んでしょうか……っ」
「ふむ」

 右手が伸びてきた。
 うひーっ、てなった。駄目、心臓飛び出る…っ。
 心臓のバクバク音を聞きながら、頬を指が撫でていくのを、目を固く固く閉じてなんとか耐える。耐える……。耐えてたら、「ふっ」って短い笑い声がして、唇を親指で撫でられた。
 うあー!!!!
 無理っ!!
 無理ぃぃぃ!!!!

「ク」
「確かにもてなされたようだな。顔色も肌の状態も変わっていない」
「え?え、っと」
「食事は美味かったか?」
「えと、うん。美味しかった……です」
「それはよかったな」

 ………と、今度は額に、ちゅ、と。
 頭ん中、ぐるぐるしてる。
 速攻で気を失いたいくらいに恥ずかしい。
 心中穏やかであるわけなく、うひーうひー!って叫び続けていたら、いつの間にか抱えられていて、いつの間にか王子様の膝の上に座らされていた。………って、なんで!?

「く、」
「それで、マシロは何故こんな状態に?」

 ……と、俺の唯一の癒やしなましろを、俺の膝の上から片手で持ち上げた。
 はっと目を覚ましたらしいましろは、きょろきょろしはじめる。

「ま」
「ぅー!!」

 自分を抱えてるのが王子様だとわかった途端、ましろが尻尾を振り回した。……流れ弾ならぬ流れ尻尾にあいそうなんですが。

「その子は精霊と聖獣の血を受け継いでます。アキラ殿の魔力が暴走した際、魔力の奔流を受けたことと、この地に精霊の力が満ちているために、急激な進化を遂げたものかと……」
「え」

 ちょっと驚いて出した声は、意外と客間の中に響いた。




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