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エルフの隠れ里

6 ◆アルフィオ

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 最初その姿を見たとき、里に伝えられている聖女のことを思い出した。子供のような容貌に、黒髪黒目。この世界にはありえない色の組み合わせ。
 王都に立ち寄ったのは本当に偶然……いや、弱い精霊の声に呼ばれたからだ。
 弱々しい、今にも死にそうな精霊の声。何が起きたのだろう…と、声に惹かれるまま人混みの間をすり抜けた。
 声が近くなった…と思ったとき、その声の主は一人の少年に保護されていた。その時初めて目にしたのが、黒髪黒瞳の少年ーーーーこの国の第二王子の婚約者だった。

 面白い…と思ったときにはもう行動していた。
 できれば真正面から話をしに行きたかったが、さすがに王族の席は警備が厳しい。通りすがりのエルフ一人に開かれるような場所ではないとわかった。
 まあ、なので、せめて目立ってやろうかと、御前試合なるものに入れ替わって出てみたが、中々に皆手練だった。
 それでも俺の敵ではなくて、それなりに危なげなく優勝し、褒美として第二王子殿下と剣を交えることができたけれど。
 ……まあ、あれだね。若造だけど強かった。当然、精霊魔法を交えれば遥かに俺のほうが強いだろうし、生きてきた年月が違いすぎる。強いと言っても所詮は人族の王子だ。俺からしてみれば赤子同然。
 だから、俺が負けたようにのは余興の一つだ。人族の王子に華を持たせてやったのさ。
 ついでに、試合場は王族の席に近くて、あの黒髪の少年と、その彼と共にいる精霊をよく見ることができた。
 精霊だと思っていたものは、完全な精霊ではなかった。半分精霊、半分聖獣と言ったところか。
 半精霊は本当に生まれたばかりなのだな。なのに、すでに少年との魔力的繋がりが出来ている。これまた面白い。小さな獣の姿を取っている半精霊は、精霊の言葉を聞けないあの少年を主と決めたのか。



 いつか里に招いてみたい。



 そう思っていたが、案外その機会は早くに訪れた。
 ぶらりと旅をしていたときに、覚えのある魔力が辺りを走り抜けた。それはあの少年の魔力に違いなく、つい、その魔力に干渉する形で俺の魔力も放った。
 彼はどう感じただろうか。俺の招待を感じ取ってくれただろうか。
 その後もしばらく人族の街に身を寄せていたようだったが、人里から離れたときに出迎えに行った。
 俺が招きたいのはこの少年と半精霊だけだが、この少年の番だろう王子とその仲間も招待してやるのもいい。
 じゃあ、全員にその資格を与えてやろうじゃないか。

「折角ですので、招待いたしますよ。殿下、南の森へ。それまで伴侶様は丁重におもてなしさせていただきますから」

 その場所を見つけることができたなら。
 唯一無二の番だと言うならば、それも容易いはず。

 そして俺は、少年を抱きかかえたまま、里へと転移で移動を終わらせた。
 ……移動した直後に、全身に殺意をみなぎらせた半精霊から攻撃されるとは思っても見なかったけれど。

『モドセ』

 赤い瞳は大きく見開かれ、小さな体からは魔力が立ち上っている。ふさふさしていた尾は三本に分かれ、それぞれに魔力を纏っている。
 あまりのことに少年を取り落としてしまったが、少年の体はふわりと浮いてゆっくりと半分精霊の足元に横たわる。

「私に害意はありません、精霊殿…!」

 里の中で通常の魔法は使えない。
 使えるのは精霊魔法か、純粋な魔力の放出のみ。
 半精霊から放たれる魔力の槍のようなものを躱しながら説得を試みていたが、中々に言葉を聞いてくれない。
 そのうち、少年も目を覚ましてしまうし。

「………へ?」

 きょろきょろとまわりを見る少年。

「マシロ?え、なに?クリスは?」
「みっっ」
「待って、ここ、どこ?」
「みっ!!」
「マシロ…いつの間に尻尾三本!?」
「みぃっっ!!」

 魔力の流れが一瞬止まった。
 半精霊は少年のもとにすり寄り、その魔力で包み込もうとしている。
 少年は周りを見渡し、黒い瞳を俺に向けてきた。

「クリスは?」
「っ」
「クリス、どこ?」

 ぶわりと膨れ上がる魔力に、冷や汗が流れ落ちていく。

「マシロ、クリスはどこにいるかわかる?」
「み」
「……そっか。そこのエルフの人が俺たちを連れてきたんだ。……クリスの魔力がわからないのは、魔力阻害でもかけられてるからなのかな……。魔法は、使えないみたいだね」
「み」

 半精霊に優しく話しかけている少年は、その声音とは裏腹に、剣呑な瞳を俺に向けてくる。
 …幼い子供のように見えていたのに。

「クリスのところに、帰して」
「…っ」

 威圧を含んだ魔力の奔流。
 それは留まることなく膨れ上がり続けた。

「お……落ち着いてください!王子殿下はすぐ、こちらに……!!」
「戻して」

 少年の魔力が、弾けた。

「………っ」

 この空間を、里を滅ぼす勢いの魔力の乱れ。
 引き起こされた魔力の暴走。
 これは……駄目だ。落ち着いてもらわなければ、互いにまずいことになる。

「……仕方ない……っ」

 眠りの魔法を発動させる。
 半精霊には効果がないことはわかっているが、心を乱している少年には効果が出るはず。
 繰り出した精霊が歌うように少年の周囲を舞う。
 魔力嵐が収まっていく。
 ふつりと魔力が途切れた後には、倒れ込んだ少年と、その少年を守るように両手を広げる白い幼子がいた。

「……人化したのか」
「あーき、めぇ!!」

 主である少年の魔力を取り込んだ結果か、精霊と親和性の高いこの土地の影響か。何が作用して半精霊が人化したのかはわからない。
 ……明らかなのは、俺が嫌われているということ。

「眠らせただけだ。いつまでも地面で寝かせておくわけにいかないだろう?今から部屋に運ぶから」
「めぇ!!」
「……駄目と言われても……。一瞬だから」
「めぇ……っ」
「君も一緒にいていいから。ね?」
「………むぅっ」

 やっと了承をもらえた。
 疲れる。






 このときは眠る魔法だけを使った。これは違えようのない事実。
 だから、本当に、これは事故で。
 少年が記憶をなくすなんて、本当に、本当に、予測不能の、事故だったんだから。
 仕方ない……ことだ。うん。……多分。





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