上 下
55 / 216
エルフの隠れ里

1 ◆クリストフ

しおりを挟む




 伸ばした手の先には、もう何もなかった。
 いつも感じているアキの魔力は欠片すらどこにもなく、この付近にはいないことがわかる。

「オットー!」

 剣に手をかけたまま、馬車を降りて呼びつけた。
 わかっている。わかっているが、それでも少しの期待は持ちたい。

「殿下?」

 俺の剣幕に野営準備の指揮に回っていたオットーが、表情を強張らせて近づいてくる。

「今すぐ付近の捜索に全員向かわせろ」
「何が……」
「アキが攫われた」

 全員から息を呑む音が聞こえてきた。

「アキラさんが…?馬車の中に殿下といらっしゃったのでは……」
「エルフだ」
「っ」
「御前試合に紛れ込んだだろ。……あの男が転移を使えた」

 あの日、あの男は会場から、大勢の目の前から、あっさりと姿を消した。
 目くらましなどではなく、完全に転移を使いこなしていた。

「すぐに探索に向かいます」
「ああ」

 野営の準備は後回しだ。
 見渡す限りの平地。
 ……この近くに潜んでいる可能性は、殆ど無いだろう。
 団員を探索に向かわせながらも、考えるのは今後のことばかりだ。
 自分が妙に落ち着いていると感じるのは、あの男がアキを害するとは思えないからだろう。
 気まぐれなエルフのやることだ。深く考えても仕方ない。
 それより、『南の森』だ。
 招かれた、ということは、その付近に行けば何らかの接触はあるんだろうが……、『南』というだけでは範囲が広すぎる。まさか、国境を越えることはないだろうが。
 だが、できるだけ早く移動したい。

「ヴェル」

 ずっと馬車と並走させていた相棒は、呼べばすぐに近くに来た。

「アキを迎えに行こうか」

 首を撫でれば目を細めて頷くように頭を振った。
 夜の闇が訪れる前に、陛下と兄上に今回の視察の件とアキの誘拐についての報告を紙に書きつけた。封蝋はないが、問題はないだろう。

 探索に向かっていた団員たちは、完全に暗くなる前に戻ってきた。
 ランタンで照らせる範囲も限られている。

「殿下」

 苦々しい表情のオットーを筆頭に、全員が同じような顔をして俺の前に膝をついた。報告を聞かなくてもわかっていたことだ。

「これから団をわける。オットー、ザイル、俺についてくれ。ここから南に移動する」
「「御意」」
「――――エアハルト」
「はっ」
「お前もだ」
「!」

 オットーの表情が歪むが、必要だと呑んだのだろう。特に何も言ってこない。

「お供させていただきます…!!」

 ここでアキがどうと叫ばないあたり、エアハルトもそれなりにわかっているのだろう。

「ブラントン」
「はい」
「残りの者を連れて王城へ帰還せよ。俺たちが戻るまで王太子殿下の指示の下、役割を果たせ。城に戻り次第、これを陛下と王太子殿下に」
「承りました」

 用意した書状をブラントンに渡し、もう一度皆に視線を流す。

「アキのことは心配するな。あれがただ黙ってるとは思えないからな」

 目を覚ませば転移で飛んでくるかもしれない。
 ……考えたくはないが、エルフの隠れ里で目を輝かせているかもしれない。

「南へはこれからすぐに向かう。オットー、荷物の確認を。王城への帰還組は明日早朝に出ろ」
「「御意」」

 それからは普段の野営とは全く違う雰囲気で準備が進んだ。
 オットーには予備の収納袋を渡し、必要なものを準備させる。
 南の森が、どこを指すのかはからない。途中の村や街で食料を調達する必要はあるだろう。
 外套を羽織り、鞍の後ろ側に小さめのランタンをかける。

「ヴェル、お前なら離れていてもアキの魔力を見つけることができるな?」

 タリカで誰よりも早くアキの魔力に勘づいたように。

「アキがいるのは南だ。エルフの隠れ里にいる。何かに気づいたら遠慮なくそこへ向かえ」

 ヴェルは低く嘶き、頭を振る。
 アキと共にマシロも姿を消した。恐らくアキの傍にいるんだろう。

「殿下、準備完了です」

 三人とも該当を羽織り、それぞれの愛馬にはランタンをかけている。

「行こう」

 周囲を確認してからヴェルに騎乗する。そうすれば彼女は自然と馬首を南に向けた。
 全員が騎乗すると、帰還組は一斉に膝をついた。

「無事のご帰還、城でお待ちしております」
「――――頼んだ」

 それを合図として、走り始める。

 緊急でない限り、夜間の移動は行わない。
 だが、今は、少しでも早くアキの傍に近づきたい。
 徐々に速度を上げながら、平原を突っ切っていく。
 夜空を見上げ方角を確認し、そういえばこんな走りは久しぶりだな…と思う。以前は昼も夜も関係なく走っていた。休憩は最低限のものしか取らず。
 けれどここ最近は随分ゆとりを持つようになった。それもこれも、アキがいるから。
 ふ……っと、口元に自嘲の笑みが浮かんだ。
 害されることはないだろうとか、余裕でもありそうな思考を繰り返していたというのに、本心では俺は焦りに苛まれているらしい。
 アキを失った不安。
 アキを永遠に失うかもしれない不安。
 ……何一つ、余裕などなかった。

「速度を上げる」

 風を切りながらも張り上げた声。
 俺を支配する不安を振り払うように。

 アキ。
 どうか、無事でありますように。
 俺がすぐに迎えに行くから。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【2話目完結】僕の婚約者は僕を好きすぎる!

ゆずは
BL
僕の婚約者はニールシス。 僕のことが大好きで大好きで仕方ないニール。 僕もニールのことが大好き大好きで大好きで、なんでもいうこと聞いちゃうの。 えへへ。 はやくニールと結婚したいなぁ。 17歳同士のお互いに好きすぎるお話。 事件なんて起きようもない、ただただいちゃらぶするだけのお話。 ちょっと幼い雰囲気のなんでも受け入れちゃうジュリアンと、執着愛が重いニールシスのお話。 _______________ *ひたすらあちこちR18表現入りますので、苦手な方はごめんなさい。 *短めのお話を数話読み切りな感じで掲載します。 *不定期連載で、一つ区切るごとに完結設定します。 *甘えろ重視……なつもりですが、私のえろなので軽いです(笑)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

【完結】ぼくは伴侶たちから溺愛されてます。とても大好きなので、子供を産むことを決めました。

ゆずは
BL
 ぼくの、大好きな二人。  だから、望まれたとおりに子供を宿した。  長男のエリアスは、紫と緑のオッドアイに綺麗な金髪。  次男のイサークは、瞳は空色、髪は輝く銀髪だった。  兄弟なのに全然色が違って、でも、すごく可愛らしい。  ぼくは相変わらずの生活だけれど、どんなことも許せてしまう大好きな二人と、可愛い息子たちに囲まれて、とてもとても幸せな時を過ごしたんだ。  これは、そんなぼくが、幸せな時を過ごすまでの物語。  物語の終わりは、「めでたし、めでたし」。  ハッピーエンドに辿り着くまでの、ぼくの物語。 *R18表現は予告なく入ります。 *7/9完結しました。今後、番外編を更新するかもです。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

処理中です...