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新婚旅行は海辺の街へ

32 ◆クリストフ

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 アキは中々目を覚まさない。
 朝方まで揺さぶっていたのだから、当たり前かもしれない。
 アキより早く目を覚ましたマシロは、ひたすらアキの頬をなめ、起きないと気づくと頭の近くでまた丸くなった。
 ベッドの天蓋を降ろし、ソファに移動したとき、部屋にノックの音が響いた。

「入れ」
「失礼します」

 先に入室してきたのはオットー。その後にフランツとダルウェンが続き、最後にザイルが入って扉を閉めた。
 オットーは俺の左斜め後ろにつき、ザイルは俺の向かいのソファに座った奴らの右斜め後ろに立つ。
 二人からピリピリとした殺気を感じながら、テーブルの上で遮音魔導具を起動させた。

「おはようございます、殿下。早朝からのお呼び出し、何かございましたか」

 ……と、昨夜のことをなかったかのように朗らかに話し始めるフランツ。忘れてるわけではないだろうが、怯えもなにもない表情だ。俺の怒りや護衛たちの殺気を感じ取っているらしいダルウェンは、すでに顔色をなくしているというのに。

「氷室への氷の補充はいつ頃になさいますか」

 ちらりと視線をベッドに向けるフランツ。
 それはそれ、これはこれ、か。

「アキが目覚め次第だな」
「ええ。承知いたしました。――――それで、殿下。私達への処罰はどのように?」

 まさにそれが本題だと言うように、処罰される側が言葉にするのだから、一種異様な空気が部屋の中に流れる。

「王族である殿下とその伴侶であるアキラ様に対して奸計をめぐらしたのです。極刑は然るべきかと」

 オットーの感情を消した冷たい声が室内に響く。
 まあ、当然だな。

「同時に、職務を怠った私も処罰を受けます。今後、一団員として、休みなく殿下の護衛に回ります。団長の職務はザイルに。副団長にはブラントンを推します」
「……いや、まて。それは認められない」

 ……いきなり何を言い出すんだ。
 オットーを団長から降ろすわけがない。

「殿下とアキラ様を護衛する職務を放棄し、お二人を危険に晒したというのに、その私には処罰なしですか?……それはあまりにも」
「お前を団員に落とせば、アキが勘ぐるだろう。……アキは多分何も覚えていない。そのアキに降格の原因を話せば、思い悩むのは目に見えている。……休みなく護衛につく、それくらいにしておけ」

 オットーはすっと目を伏せ、頭を垂れた。

「……御意。では、この二人に対する処罰はどうなさいますか。極刑ともなれば、アキラ様にお知らせせずに、というのは無理かと」

 気持ちの上では叩き斬りたい。
 そうなれば伯爵家自体にもなんらかの処罰を与えなければならない。だが、伯爵家はこの地の領主として、それなりに領民たちからは評価を得ている。
 フランツが伯爵たちにけしかけられた訳でもない。これは完全にフランツの独断での行動だ。
 アキの転移を知られたことについても、極刑とし首を落とすことが一番確実で安全ではある、が――――。

「アキが欲しているコンブの安定的な採取と生産を確立させること。卸先として城を優先させること。ブドウ果汁について毎月規定数を城に献上すること。そのための輸送手段を確立させること。伯爵家、及び男爵家の跡取りは、別の者を立てること。そして、今回お前たちが目にしたアキの魔法に関する内容を、今後一切他者に漏らさぬこと」

 かなり、甘い処罰にはなるが。

「コンブと果汁に関しては期間は一年。他については永続とする。これらを呑めない、反故にした場合、速やかに投獄後、極刑とする」
「……随分甘くはないですか?」

 と、処罰を受ける側が口にした。

「コンブについても果汁の輸送手段確立についても、いずれこの領にかなりの利益が生まれます。理由はどうあれ、王城で取り扱っていただける商品となれば、ほしがる者も大勢出てくるでしょう。利点しかないのに、これが処罰と言えるのでしょうか」
「まあ、見えないだろうな」
「でしたら」
「俺は、アキが悲しむ顔は見たくないだけだ。……フランツ、アキはお前に信頼を寄せている。裏があったとわかれば、あれは酷く悲しむ。……お前を極刑にしたとしても同じことだ」

 ……結果としては未遂だったのだから。
 アキなら、「何もされてない」と主張しそうだ。

「……奥方様のことが大優先なのですね」

 すっと目を細めたフランツ。
 ある種嫌味かとも思ったが、そうでもないらしい。

「ああ。愛らしくて仕方ない。あれの我儘ならずっと聞いていられる」
「――――では、私達も奥方様の恩恵をありがたく頂戴いたします、殿下」

 恩恵。
 確かに恩恵かもしれないな。

 アキが目覚めるまでに、この内容を書類にしたためた。
 伯爵には二人が仕出かしたことをしっかり話さなければならない。
 廃嫡とまでは言わずとも、跡取りの交代もある。すんなり話が通るのかと危惧していたが、息子の性癖について伯爵たち家族はそれなりに理解していたらしく、次期当主にはニノン嬢があっさりと就いた。
 男爵家に対しては、顔色をなくしていたが、伯爵家の事業への全面協力ということで話はついた。次期当主はダルウェンの弟で、ダルウェン自身はフランツの伴侶となるらしい。……意味がわからない。

 これらの面倒な話し合いと手続きは、アキが目覚める前に終わらせることができた。
 昼近くに目覚めたアキは、案の定、昨夜のことをほとんど覚えていなかった。
 そんな状態でも自分の乱れ具合は少しは覚えていたらしく、真っ赤になる姿が可愛らしかった。




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