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新婚旅行は海辺の街へ

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 リシャルの町中の氷室五か所も、問題なく氷で満たした。
 一か所終わるごとにクリスが魔力の補充をしてくれたから、俺はとても元気。
 馬車の中でマシロのもふもふ尻尾に癒されながら、屋敷に戻る。
 そしたら、屋敷の前には、隊員さんたちと馬車が用意されていた。

「あれ?」
「今日これからリシャルを出るんだ」
「え」

 聞いてないんですけどっ。
 部屋の荷物とか……って思ったけど、よくよく考えるとクリスポーチの中に収納されていて、私物は残ってなかった。
 伯爵家の馬車を降りると、ゼバルト伯爵夫妻、ニノンさん、それから、他の貴族さんたちも見送りに来ている。その中にダルウェンさんの姿も見つけたので、マシロを腕の中に抱いて目をそらしてしまった。俺、あの人キライ。絶対クリスのことそういう目で見てるしっ。
 マシロをぎゅうぎゅうしながら、クリスに寄り添う。人の目がたくさんある場所だけど、もういいし。クリスにぴたりとくっついて、俺のものだよ!と主張してみる。
 クリスはそんな俺に気づいて、軽く笑ってから腰を抱いてくれた。
 それから、伯爵たちの挨拶が始まった。
 俺もクリスにならって握手したりお礼を口にしたりと色々していたんだけど、くいっと下から服を引っ張られて、既視感で下を向いた。

「あ」
「にーたま」

 目をキラキラさせた、幼子二人。昨夜の夜会で絵本を持ってきた子たちだ。

「うささん」
「うん」

 何か期待した目。可愛い。
 俺はその場に膝をついた。子供たちと視線をあわせて、頭を軽くなでてあげる。
 それから、手のひらを出して、キラキラとした魔法をまた見せてあげた。
 でも、これだけなら昨夜と同じ。子供たちの目がとてもキラキラしていて、それだけでもいいとは思ったけど、もうちょっとだけ魔力を使う。
 ティーナさんとお兄さんの婚姻式のときのように。光の粒を蝶や花に姿を変えさせる。

「わぁ…!!」
「なんと…」

 ついでだ……って、シャボン玉も。大盤振る舞い。
 そのときだけ、屋敷の前が何かのお祭りのようになった。
 キラキラした魔法はすぐには消えなくて、子供たちは楽しそうにそれを追ったり手を振り回して捕まえようとしたり。大人たちはただ茫然とその光景を見ていたり。
 ふと視線をあげたとき、キラキラ魔法を茫然と見ているダルウェンさんの腰にフランツさんの手が回ってた。……え、どういうこと?
 俺の頭の中に?????が出たあたりで、クリスに抱え上げられた。

「奥方様、この魔法も氷室の件も、本当にありがとうございました。すでに領民たちからも感謝の言葉が届いております」
「お役にたててよかったです」

 大喜びしてる感じの伯爵さん。
 うんうん。
 よかったよかった。
 これからの対策はフランツさんと話しあってくださいねーと軽く言づけて、見送りに来ていた人たちが一斉に礼を取る中、クリスに馬車に乗せられた。

「にーたま、ありがと!!」
「ありあと!!」

 窓を開けたら、子供たちが全力で俺にむかって手を振ってくれる。
 可愛いな、嬉しいな…って思いながら、俺も手を振った。

 それからすぐに、オットーさんの合図で隊が動き出す。
 御者は安定のエアハルトさん。…そういえば、離れていたせいかエアハルトさんの鬱陶しいくらいの賛辞を最近聞いていない。まあ、いいか。平和。
 屋敷の敷地を出たあたりで、窓を閉めた。
 なんとなくクリスにもたれかかって、息をついた。

「疲れたか?」
「んー…、や、疲れては、いないかな……」

 甘えたいだけ。

「えと…これから王都に戻る感じ?」
「この近くをもう少し回ろうかと思っている。…せっかくの『旅行』なんだ。ゆっくりしてもいいだろ?」

 って、笑って俺にキスをしてくれた。

「……お仕事は、終わりってこと?」
「ああ。視察は終わり。あとは完全に『旅行』だけだ」
「そっか」

 二人きり…ってわけではないけど、仕事抜きでクリスと過ごせるんだ。

「嬉しい」

 抱き着いて、キスをねだった。
 なんか、すごく、そうしてほしい気分だった。

 とりあえずは、海岸沿いを南下するらしい。
 漁師町は他にもあるから、そこに向かうって。

「マシロ~、また海に行けるよ?」
「みゅっ」

 ……言葉にするなら、「いや!」って感じだろうか。
 耳も伏せて尻尾も足の間に挟んでしまった。完全拒絶の体勢。

「ああもうほんと可愛いっ」

 ぎゅっと抱きしめたら、みゃっって短い悲鳴が聞こえてきた。






◆side:クリストフ

 急ぐ仕事は何もなく、あとはいくつかの街をめぐって城に戻ればいいだけだった。
 朝のうちに出発する予定が昼をかなり過ぎてからの出発になったが、問題はない。今夜は野宿になるが、それはそれでアキも楽しむだろう。

「ん……」

 元気に振る舞っていたが、やはり疲れは抜けていなかったのだろう。
 馬車に揺られてしばらくすると、アキは俺にもたれかかり寝始めた。
 その体が倒れないように抱き留め、額に唇を寄せる。
 ……それにしても、昨夜のことを覚えていなくて本当によかった。フランツの企みをアキに知られなくてよかった…と、妙な安堵感がある。

 西の空が茜色に染まり始めたころ、馬車が止まった。
 森からはずれた見渡しのいい平地。海が近いからか、波の音がしている。
 アキを座席に横たわらせ、立ち上がった。
 外の様子を見ようと扉に手をかけたとき、妙な魔力の揺らぎと、マシロの「みゃっ」と切羽詰まったような叫び声のようなものが聞こえ、振り返った。

「な――――」

 ありえない光景がそこにあった。

「アルフィオ・ジル・テレジオ――――」
「覚えていてくださったんですね、殿下」

 ニコリと笑う御前試合に紛れ込んだ南の森のエルフ族の青年が、その手に眠るアキを抱きかかえていた。

「アキを下ろせ」

 狭い馬車の中だ。
 思い通りに剣は振るえない。

「折角ですので、招待いたしますよ。殿下、南の森へ。それまで伴侶様は丁重におもてなしさせていただきますから」
「何を――――」
「では」

 ニコリと笑ったままのアルフィオは、アキを抱きかかえたまま姿を消した。




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