45 / 216
新婚旅行は海辺の街へ
26
しおりを挟む「クリス……クリス……っ」
頭がグラグラする。
クリスどこ。
廊下が広くて長くて、扉がいっぱいで。
ふらふらしながら小走りになって、扉をいくつか開けたけど、クリスはどこにもいない。
『今頃抱かれてる』
頭の中でその言葉がぐるぐるする。
違うって否定するし、そんなの信じてない。
けど、不安ばかりが大きくなる。
オットーさんとザイルさんはなんでいないの。いつも一緒にいるのに、どうしてこんな時にいないの。
「おいっ」
後ろからの声にちらりと振り返って、足を早めた。
俺がほしいのはその声じゃない。
もしかしたらすれ違いになった?
部屋に戻ってるのかもしれない。
伯爵さんが用意してくれた部屋は、確かこっちで。
見覚えのある廊下を進む。
もう完全に走る速さで、驚いた顔の人とすれ違っても足を止めなかった。
「クリス……!」
この部屋……と思って開けても、違う部屋ばかり。
お留守番のマシロもいないし、クリスもいない。
「うむ………」
頭がぐらぐらしてる。
めまいもしてきて壁に背中を預けて蹲りそうになったとき、いきなり腕を取られた。
「おい!」
「なにっ」
眉間にシワを寄せたダル……なんとかさん。
だから、俺に触らないでっ。
「はな……っ」
「探してんだろっ、俺が連れて行く」
「いらないです」
「闇雲に探したって見つかるわけ無いだろ」
「見つけるし。それに触んないで。俺に触っていいの、クリスだけだしっ」
「……わかった。わかりましたっ。とにかく、迷子になってんだろ!大人しく俺について来い」
ぱっと俺から手を離したダルなんちゃらさんは、ほらこっち、と言うふうに、二歩くらい進んで俺を振り返る。
……どこ探してもクリスがいないのはいないし、場所知ってるって言うなら、まあ、ついていくくらいいいかな……って、二歩分くらいあけてダル…さんの後について歩き始めた。
それまでバクバクしてた心臓が、ほんの少しだけ落ち着いてくる。
「……なんでクリスの居場所しってんの」
「俺はあいつと古い付き合いなもんでね。好みは十分把握してんの」
あいつって、誰。
「それ、答えじゃない」
「ああ?答えだろーが。ベッドをおいてある部屋なんざそうそうねぇんだよ」
「貴族のくせに口悪いねダルさん」
「ダ……っ」
うんん?
前を歩いてたダルさんが、いきなり俺を振り向いて見た。口元パクパクしてる。餌ないよ。
「なんだよ。自分は王族だから?こんな対応する俺を不敬罪で牢屋にでもいれる、ってか?」
「そんなこと一言も言ってないし」
「そういう顔してんだろ」
「意味分かんない」
「意味わからんのはこっちだ。……なんでいきなり……っ」
「俺は人としてどーなのって言ってるのっ」
「はいはい。……ほんと、あんたやっぱりいいわ」
呆れられたらしい。別にどうでもいいか。
「ほら、こっちだ」
ぐいっと手を握られたから、思い切り振りほどいた。
あってるのかどうかわかんない。
同じような扉ばかりだし、装飾品だっていちいち覚えていられない。
「なんでお前みたいなやつが殿下の伴侶なんだよ」
「ほんっと失礼ですね。ダルさん」
「………お前」
「俺なんかが伴侶で悪かったですね。でもクリスが選んだのは俺なので諦めてください」
はあ。
怒れば怒るほど息が熱くなる。
くらりとして立ち止まると、ダルさんも立ち止まって俺をじっと見ていた。
なんだろう。このくらくらする感じ。それに、感情が爆発しそうで、制御が効かない。
「おい」
「あーはいはい。歩けます」
駄目なくらい苛々する。
眉間にシワを寄せたダルさんが、また歩き始めたから俺も足を動かす。
……なんで俺、俺を嫌ってるやつの後ろをついて歩いてるんだろう。
ぐらぐらする頭で考えながら歩いていたんだけど、クリスを探してたんだってやっと思い出した。
クリス。
どこ、クリス。
「……おいっ」
またがしっと腕を掴まれて。
「やだってば」
「掴んでないと倒れるだろっ」
「んなこと」
「こっちだ、ほら、歩け」
腕を離すつもりのないらしいダルさんに引っ張られるように一つの部屋に入った。
そこは暗くて、人の気配がない。
「ここ?」
クリスがいる場所って言ってたのに。
うっすら見える他の扉の向こうにいるんだろうか。
「ねぇ、クリス、どこ」
「……ここまで連れてこられてもわからないのか」
溜息のような、呆れのような、そんな声。
「何がっ」
「あんたの伴侶は今お楽しみ中だって言っただろ」
「だから、クリスはそんなこと絶対――――」
「伴侶が楽しんでるんだ。あんたも楽しめばいい」
「なにをっ」
クリスが一緒じゃないと楽しくないっ。
「なぁ」
ぐいって顔が近づいてきて、顔をそらした。
そしたら、耳元に息がかかって悪寒が走った。
「俺を使えよ?」
ぞわわわわ………って、総毛立った。毛穴、全部開きそう。
使え、ってなに。
なんでこんなに近いの。
魔法を人に向けたことは模擬戦くらいでしかないけど、もうふっ飛ばしていい?貴族の人らしいけど、もうふっ飛ばしてもいい?
ふっ飛ばして、離れて。
――――あ。
ぐらぐらする頭の中が、いきなり鮮明になった。
「そっか」
それは声に出ていて、すぐ近くでニヤリと笑う雰囲気を感じたけど、俺はもうそれに意識は向いてない。
軽く目を閉じて、探す。
どうして忘れてたんだろう。
クリスの、慣れ親しんだ魔力。
それを見つけるのは簡単で、すぐに見つけられる。
見つけたら、あとは、跳ぶ、だけ。
目を開いたら、すぐ近くに顔があった。
クリスじゃない人。
誰だっけ。
でもいいや。
これは、緊急事態だから。
俺は大好きな人の元に向けて魔力を固定する。
その人の顔が完全に俺にくっつく前に、俺は跳んだ。
『え?』
って声が聞こえた気もするけど、わからない。
だって。
「アキ」
次の瞬間には俺を見る探し求めてた碧い瞳が目の前にあったから。
122
お気に入りに追加
2,295
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる