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新婚旅行は海辺の街へ
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しおりを挟む「それでやっと友人から頼まれていたものを見つけて――――」
「ほう。海ではそのようなものも採れるのですな」
「うん。そういうの使ったら料理の幅も広がるし、旨味ていうの?いい出汁が出て――――」
「では今度うちの料理人にも使わせてみましょう。しかし奥方様が、ここまで料理にお詳しいとは」
「俺は全然。リアさんが、俺の友人が、すごいんです」
伯爵さんは話し上手…聞き上手だった。
夫人さんもうんうんって頷きながら、マシロと一緒に波にさらわれそうになったって話をしたときには、慌てたりとか。
二人ともすごく気を遣ってくれているのがわかるんだけど、でも、寂しくなくちゃんと楽しく話ができた。
「んー」
それにしても、クリスが傍にいないのに、すごい楽しい。
あ、でも、クリスが傍にいたら、もっと楽しい。
そういえばクリスはどこだっけ。
「クリス…」
「殿下ならフランツと話しがあるとかで、別室の方に向かいましたよ」
「あー……そうだった」
クリス、俺以外の人と一緒にいるんだ。
もやもやっとして、また一口ジュースを飲む。果物に罪はないから、フランツさんが用意してくれた葡萄も口にいれる。
「…ジュースに果物…」
なんてことはない組み合わせなのに、やたらと面白い。
なんだろう。
はて…と首を傾げてたら、上着の裾をぐいっと引っ張られた。
なに?と思ってキョロキョロしたけど、それらしき人がいない。
なに?って思ったらまた、ぐいっと。
なんとなく下を見たら、さっき見た小さな男の子と女の子が、俺をじっと見ていた。
「も、申し訳ございません……!」
「あ、全然」
お母さんらしき夫人さんが慌ててきたけど、ん、名前わかんない。
「にーたま、これ?」
「ん?」
「うささん」
「あー」
女の子の方が持っていた絵本、めちゃくちゃ見覚えがあった。
字を覚えるときにメリダさんが用意してくれた絵本。何故か主人公はうさぎさん。
女の子が持っていたのは、その中でも魔法使いを目指すうさぎさんの物語だった。
「うん、俺ね、そのうささんと同じ」
しゃがんで視線を合わせて言うと、その子達は嬉しそうにぱーっと顔を輝かせた。
「にーたますごい」
「すごい」
目をキラキラさせてる。可愛い。
…傍にクリスがいないけど、これくらいはいいか…って、手のひらを上に向けて、その中だけでキラキラの光を出してみせると、その子達の目ももっとキラキラした。
「うささんといっしょ!」
「いっしょ!」
絵本の中で魔法使いになったうさぎさんが、最後に見せてくれる魔法が、キラキラしたものだったから。
子共たちだけじゃなくて周りの大人からも、おお、とか、感嘆の声が聞こえてきた。
「ありがとうございます、奥方様!」
「いえ」
「にーたまありがと!」
「ありあと!」
「ふふ。どういたしまして」
バイバイと手を振る子供たちに、俺も手を振ってから立ち上がった。
ちょこっとだけ魔力減ったから、増やしてもらおう。
「クリス――――」
周りを見てもクリスがいない。
……あ、そうか。
今、いないんだ。
「子供と戯れてる余裕があるのか」
「……なに?」
棘とか嫌味とか、そんなのを目一杯孕んだ言葉をかけられて振り返った。……そこにいたのは、予想通りダルウェンさんだった。
さっきまでそれなりに離れたところにいたはずなのに、すごく近くに来てる。
「余裕ってなんのことですか」
苛々しながら手元のジュースを一口飲むと、もっと苛々が増していく。
俺に嫌なことしか言わないダルウェンさんは、ふいっと俺にむけて数歩また近づくから、俺は数歩下がる。
ち、って舌打ちが聞こえた。
伯爵さーん……助けてー……って姿を探したら、「魔法が」「綺麗で」「王太子殿下の婚姻式でも」とか声がしてて、話に花が咲いてしまってる。
「おい」
……俺、クリスと結婚したから、見えないけど王族らしいんだけど、「おい」って何事かなぁ。身分とか立場とか、いつもの俺なら全く気にしないけど、なんか凄く腹が立つ。
そんな声をかけられても答える義理なんてないから無視を決め込んでまた一口飲んだら、今度は肩を掴まれた。
「ちょっ」
「殿下とフランツが何してるか気にならないのか」
「……は?」
いきなり耳の近くで言われたことに、思い切りダルウェンさんの方に顔を向けた。
「今頃抱かれてるんじゃないのか」
「は?」
眉間に皺がよっていくのがわかる。
「これほど戻ってこないのはおかしいだろ」
「………そんなのないし」
「どうだろうな?その気にさせる方法なんていくらでもあるからな」
ニタリと笑う口元が嫌。
クリス、そんなこと絶対しないし。
でも、なんで。
すぐ戻ってくるって言ったのに。
なんで今俺のとこにいないの。
「クリス――――」
そう思ったら勝手に足が動いてた。
空になったグラスをテーブルの上に置いて、クリスが向かった扉の方に歩き出して、少し、小走りになって。
「奥方様?」
って声が聞こえたけど、足は止めなかった。
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