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新婚旅行は海辺の街へ

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「おい、さっき捕れた奴、おろしに持っていったか?」
「まだありますよ」
「よし。鍋と台用意しろ。あと、野菜適当に、塩ももってこい」

 ……と、おじさん指示し始めた。
 俺はポカンとその様子を見てしまう。
 ブツブツ言ってはいたけど、え、まさか、今から作るの?昆布出汁の汁物?

「え、と」
「坊っちゃん、すんません、ちょいとこれに水をください」
「あ、はい」

 でかい鍋に水を張った。魔法便利。
 その水を汲んでおじさんは昆布を一枚洗って、別の鍋に昆布をいれて水も入れた。

「坊っちゃん方、時間ありますか」
「え、と」
「問題ない」
「でしたら、ちょっと待っててくださいよ」
「ああ」

 俺、ちょっとついていけてないんだけど。
 クリスはくすっと笑うと、俺の頭を撫でた。

「何か振る舞ってくれるらしい」
「あ、うん」

 なるほど。『食べていけよ!』ってことか。
 あれやこれや指示を出して手を動かしてるおじさん。あたふたと動く他の漁師さんたち。
 俺、やることない。

「おじさん」
「なんです坊っちゃん」
「向こう行ってていい?」
「ああ、構わんですよ。出来たら呼びに行きます」
「ありがと!」

 俺が指を指したのは、桟橋のない砂浜の方。
 波も穏やかだし、これくらいはいいと思うんだ。

「クリス、マシロ、行こ」
「ん」
「みゅ」

 クリスの手を引いて砂浜の方に行く。
 マシロは足元の砂を気にしながら、歩いてついてきた。
 海って遊ぶとこじゃないって認識だよね。
 砂浜もきれいだし、海もキラキラしてて穏やかなのに、誰も見かけない。水着がないから海水浴とかもないから、これが普通なのかな。まあ、魔物がいるから無防備な格好で遊ぶわけにもいかないよね。

「クリスは海には来たことあるんだよね」
「ああ。何度か、ここ以外の街にも行ったな。魔物絡みばかりだったから、こんなにのんびりと眺めるのは初めてかもしれない」
「んー、俺も、海に遊びに行ったことってないかも。記憶にもない小さい頃に、もしかしたら連れて行ってもらったかもだけど」

 春の二の月だけど、そんなに肌寒くはない。騒いでも人はいないから迷惑にはならなさそうだし。
 それならば、と、ブーツをぬいで靴下も脱いだ。それから、裾も捲りあげて膝くらいまで出してしまう。

「アキ?」
「海だし!」
「海だが」

 素足の下の砂が気持ちいい。
 ゴミも落ちてない綺麗な砂浜。何かを踏んで怪我をするとかもなさそう。

「マシロ、おいで!」
「みゃっ」

 そのまんま、波打ち際に向かって走り出した。ふはは。小さな子供みたいだ、俺。

「アキっ」
「大丈夫!」

 色の変わった砂の上に乗ると、ひんやりとしたものが足から伝わってくる。
 マシロは俺のあとについてきたけど、すごく慎重にその濡れた砂に前足を付けていた。
 俺はもう少し進む。
 丁度波が来るところまで。
 ひいた波が戻ってくる。

「うはっ」

 足首までくる海水がやたら冷たい。

「アキ」

 クリスが近づいてきたけど、海水の中までには入ってこない。

「やっぱ冷たい」
「だろうな」

 って、笑う。
 つられて俺も笑っていたら、マシロも意を決したように進んできた……の、だけど。
 波ってさ、時々でかいというか勢いがあるというか、そんなのが来ることがあるらしい。

「うわっ」

 いきなりふくらはぎの真ん中くらいまでの波が来て。

「み!!」
「マシロっ」

 俺は平気。クリスも平気。けど、まだ小さいマシロは完全に波に飲まれてて。

「アキっ」

 そんなに遠くない場所にいたマシロを波の中から掬うように抱き上げた途端、引いていく波に流れる砂に足を取られて体勢を崩して、そんな俺に驚いて手を伸ばしてきたクリス………っていう連鎖が起きた。

 ………結果。

「「………………」」

 波の中で座り込む俺とクリス。当然ずぶ濡れで、マシロなんて俺の手の中でべっしょりと濡れて小さく細くなってた。
 クリスとじ…っと目を合わせて。
 お互いに「ぷ」って吹き出した。

「あーもー、裸足になった意味ないし」
「全く……」

 笑ったままのクリスがまだ座り込んでる俺を抱き上げて、俺の脱いだブーツを置いてるあたりまで進んだ。
 ブーツのところに凍らせた魚を入れてもらった革袋も置かれてた。

「じっとしてて」
「あ、俺やる」

 クリスが、ポーチの中から魔導具を出したから、俺がそれに魔力を流した。使うたびにクリスは指を噛んで傷をつけるから。すぐ治るけど、いつもいつもは、なんか、嫌。
 すぐに洗浄魔法が発動する。
 海水でデロデロになってた服も体もマシロも、全部スッキリ。ほんとにこの魔法は便利すぎる。早く使えるようになりたいなぁ。

「びっくりしたぁ。マシロ、流されるかと思った」
「俺はアキが流されるかと思ったが」
「ん、ごめん。まさかあんなに砂が動くと思わなくてさ」

 クリスは腰を落とすと、膝に俺を乗っけたまま、靴下を履かせたりブーツを履かせたりとお世話してくれた。
 マシロは俺によじ登ると、頭の上でぺたりと張り付く。

「あー……海、怖くなっちゃったかな」

 頭からぷるぷるしてるの伝わってくるしなぁ。

「少しくらい怖いものがある方が大人しくていい」
「クリスっ」
「ほら、行くぞ。呼びに来たらしい」

 ひょいっと縦抱きにされた。
 歩けるのにっ。
 呼びに来てくれた漁師さんにまで笑われた。

「坊っちゃん、捕獲されちゃいましたね。駄目ですよ、波打ち際は危ないんですから」
「あー……はい」

 ばっちり見られていたらしい。
 少しだったけど、でも楽しかったんだけどなぁ。クリスだって笑ってるし。

 再び桟橋近くに戻ると、いい匂いがしてきた。
 漁師さんたちみんなに見られていたようで、口々にからかわれてしまったけど、出された器に入れられた汁物を一口食べて、一気に機嫌が良くなった俺はかなり単純。
 美味しかった。
 昆布の香りとかしてて、懐かしい味がした。




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