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新婚旅行は海辺の街へ

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 明日、フランツさんが街を案内してくれることが決まった。
 明日はあんまり勝手な行動はできないかもだけど、明後日は視察とは関係なくクリスと街を見て回ってもいいだろうし。
 …何日くらい滞在するか聞いてないんだけどね。

 ふふ…楽しみだ、って思いながらまたお菓子を口に入れたとき、左肩を思い切りクリスに引き寄せられた。
 何事?と思ったけど、直ぐ側に俺に伸ばされたフランツさんの手があってちょっと驚いた。

「…え、と?」
「あ、いえ、どうしても、気になってしまって」

 何が……って思っていたら、フランツさんだけじゃなくて、伯爵さんも夫人さんも、ニノンさんも、俺の左肩の方をみてた。

「?」

 わからなくてクリスを見たら、少し笑って教えてくれた。

「マシロだ」
「あ」

 そういえばマシロが肩に座ったままだ。
 いつものことで慣れすぎてて、ほぼ同化してたな。

「マシロ、果物食べる?」
「み」

 右手を伸ばしたらすり寄ってきてくれた。
 赤い目が少し俺を責めてる。

「ごめんねマシロ」

 とてもいい子でじっとしてくれてたのにね。

「奥方様……そのこは、子猫ですか?」
「え?えっと、はい。子猫、ですね?」

 ……俺、滅茶苦茶怪しげな返答してるわ。

「御前試合のときにこちらで保護した子猫だ。今はアキが面倒を見ている」
「ああ……なるほど。いや、置物のようにピクリともしなかったので、生きているのか、なのか、判断が付かず」

 あははは。すみません。完全にマシロの存在を気にしてなかった俺のせいです。
 まあ、和やかな雰囲気だから、いいや。

 その後も特に問題なくお茶会は進んでいた。
 果物を食べて満足したらしいマシロは、俺の膝の上で丸くなっている。
 お菓子も紅茶も美味しいけれど、そろそろ部屋に戻りたいなぁって思い始めたとき、ニコニコ顔の伯爵さんがクリスに向き合った。

「殿下、今夜は近隣の子爵家、男爵家の者を招いて夜会を開こうかと予定しております」

 って言葉に、うっかり紅茶を吹き出すところだった。
 こういうときまで夜会って開かれるものなの?
 近隣の子爵家男爵家ってどういうことだろう。伯爵領内に別の貴族さんもいるってことだろうか?

「私の血縁の者たちも殿下にお会いできるのを楽しみにしておりますので」
「必要ない」
「は……」
「夜会は必要ない。……顔合わせが必要ということであれば、夕餉のときに手配したらいい」

 クリスはそう話をまとめて、おもむろに俺を抱き上げて膝の上に座らせた。

「クリス?」
「長旅で私の伴侶は疲労が溜まっているのだよ、ゼバルト伯爵」
「え、ええ」
「けれど私の伴侶は疲れているのに『疲れている』とは一言も口にせず、倒れるまで普通に振る舞う厄介な性格でね」

 ……誰のこと、それ。

「一日二日、寝込むこともよくあることだ。…だから、これほど疲れた顔をしている伴侶に無理強いはしたくない」

 つい……っとクリスの指が頬をなでていくけど。
 俺、そんな顔してる?
 ちらりと護衛コンビを盗み見たら、なんかやたらとクリスの言葉にうんうん頷いてるし。
 俺をよじ登ってきたマシロが、俺の頬を舐め始めるし。……見ようによっては子猫に労られてるようなもんだよね。

「なるほど……。私達にはわからぬことでも、殿下は奥方様のことを深くご理解されているということなのですな。……そして奥方様も、私達に心配をかけないように元気そうに振る舞われていたのですね……。ほんとうに気付かず申し訳ございません」

 いや、元気だけど。
 ここで俺が「そんなことないし」と言っても、「ご無理されずに」とか言われちゃうやつだな。
 まあ、俺としても夜会を避けられるなら、文句はない。

「ク」
「ん?そろそろ一度休もうか。……明日の街の散策にも影響が出る。…案内を買って出てくれたフランツ殿にも申し訳ないからな」

 ぐい…っと頭を引き寄せられて、クリスの胸元に額があたった。
 うう。恥ずかしいけど……もういいか。
 今更だ。

「では、ゼバルト伯爵。夕餉まで部屋で休ませてもらう。呼び寄せたい者がいるなら遠慮なく呼ぶといい。夕餉までにはアキも落ち着いている」
「ありがとうございます、殿下。後程お飲み物をお持ち致しますので、お寛ぎください」
「感謝する。折角の茶会だが、中座する無作法を許してほしい」
「とんでもございません!むしろ私達の配慮が足りずに、奥方様にご負担をかけてしまい、心よりお詫びを」
「いや。美味い菓子でアキも癒やされていたようだから気にすることはない」
「はい。ありがとうございます」

 クリスが俺を抱いたまま立ち上がって、伯爵さんたちも立ち上がる音が続いた。
 んー、俺はこのままなのね。疲れて限界ですって体でいればいいのね。クリスがどうしてそんなことを言い始めたのかはよくわからないけど、それなりに考えあってのことだろう、し。

「ただの嫉妬だから」
「へ?」

 耳元でこそっと言われたことに頭を上げそうになって、優しく抑えられた。
 伯爵さんたちはついてきてないけど、廊下にはそこかしこに護衛さんな私兵さんや、侍女さんとかがいるんだよね。
 仮病?ってバレたら大変だけど。
 クリスはその後は何も言わず足早に廊下を進んだ。すごいね。迷わないの?クリス。
 さっきニノンさんに案内された部屋に着くと、護衛で立っていた私兵さんがドアを開けてくれる。
 部屋に入ってクリスはソファに座って、そのまま俺をぎゅって抱きしめてきた。

「クリス?」
「アキ……あの長男には気をつけてくれ」
「え。フランツさん?」
「そう。……お前に気があるとしか思えない」
「あー……、嫉妬って、そういうこと?」

 クリスは答えの代わりに、抱きしめてる腕に力を込めた。
 俺もクリスの背中に腕を回して、ぎゅって抱きしめる。

「大丈夫。俺、一人にならないから。…もし万が一、一人のときに何かあったら、すぐにクリスのとこに飛べばいいよね?」
「そうだな」
「……でも、クリスも気をつけてよ?」
「ん?」
「……ニノンさん。悪い人には見えなかったけど、なんか、時々思い詰めるような視線とか感じるし……」
「彼女は特に問題ないだろう」
「そう思いたいけど、……クリス、格好いいし…」
「ふうん?」

 くすっと笑ったクリスが額にキスをしてくれた。
 俺が目を閉じると、すぐに唇にそれが触れてくる。
 深くなる前に離れたら、すかさずマシロが、「自分の番!」とでも言うように、俺の唇をなめてきた。
 ……クリスの盛大な舌打ちも聞こえてきたけどね。


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