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団長は副団長と友になる
10 団長は副団長と友になった
しおりを挟む◆side:オットー
嬉しいと言う割に、ザイルの瞳は揺れたままだ。まだ気にかかることがあるのか。
「嬉しいという顔ではないですね」
「あ…」
さて。どうしたらもっと心を開いてくれるだろうか。
近すぎるのも話しにくいかと、ザイルの前から立ち上がり、向かいの自分のベッドに腰掛けた。
「ここには貴方と私だけなんですから。言いたいことがあるなら言ってください」
言われなきゃわからない。戦闘のときは、視線だけでわかるのに。もどかしいとしか思えない。
「あの……聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
足の上で両手を組んで、話し始めたはいいが中々次の言葉が出てこない。
睨みつけないように、ただ黙って次の言葉を待った。急かしても溜息をついても、ザイルは何も言わなくなってしまうだろうから。
「……オットー、団長は」
「はい」
「殿下と……、親しいですよね?」
「親しい…」
とは、どう捉えればいいんだろうか。貴族が『親しい』というときには色々な含みがあると聞いているんだが。
さて、どう答えようかと考えあぐねていると、ザイルはさっきよりもしっかりと俺を見て口を開いた。
「殿下とは、砕けた口調で話されるときがありますよね?」
「ああ……」
口調の乱れを責められてる……わけではないらしい。そんな声音じゃない。じゃあなんだ?
「……さっき、私のことを馬鹿だな、って言ったときも」
「不快だったなら謝罪しますが…」
「いえ!そうじゃなくて、……あの、……その、嬉しく、て」
「え?」
予想外だ。
これは……最後まで聞かないとさっぱりわからない。
「ずっと、羨ましく思ってたんです。殿下と、オットー団長の関係が。お互いに気を許し合っていて、信頼しあっていて。……でも、団長は私に対してはずっと丁寧な口調だったので、私はまだまだ殿下のような存在にはなれないんだと思って」
話しながら薄っすらと頬のあたりが赤くなっていく。自分で話してる内容に照れているらしい。
「……私は何を言いたいんだろう……。……あの、だから」
「はい」
「思わず出た言葉かもしれないですけど、あのときの団長の口調は私にとって凄く嬉しいもので、……団長から『友』と言われたこともとても嬉しいことで…、なのに、団長はそれきりいつもの口調に戻ってしまったから……、私を励ますためだけの言葉だったんじゃないか、と……」
珍しく隠さずに自分の思いを吐露したザイル。その内容に俺の口元にも薄っすらと笑みが浮かんだ。
◆side:ザイル
本人に対して私は一体何を暴露してるんだろう。
これは呆れられる。面倒と思われる。自分がこんな思考に陥るなんて思いもしなかった。
二人の特別でありたいと、高望みしてしまった。
「はぁ…」
団長から漏れ聞こえた溜息に、背筋がゾクリと震えた。……これはやっぱり秘めなければならなかったことなんだ。しっかり話せという言葉を鵜呑みにした私が愚かだったんだ。
「あの」
「馬鹿だなぁ……。そんなこと」
「……っ」
思っていた反応とは少し違った。
団長は目元を手で覆い、天井を仰いでいる。口元には、笑みを浮かべて。
「殿下と会ったのは俺の村で一年以上も前の話だ。俺は名もないような村の生まれで、見様見真似で剣を振るっていた。……けどな、魔物の襲撃にあって全てを無くした。そんときに視察だかなんだかで来てたのが殿下だった。最初はいけ好かない神官だと思っていたし、この国の王子サマだなんて知らなかったんだよ。……俺がああいう言葉遣いなのは、仮にも王子サマの下に付くから、それなりの礼儀作法は覚えさせられた結果だな」
飾らない言葉遣い。素の団長の姿。
私が憧れていたものの一つ。
「団長―――」
「敬称はいらない。オットーだけでいい。……そう言ったよな?」
ニヤリとした笑み。
「『友人』だろ?」
「はい。オットー」
年の差があって、しかも私はまだまだ団長に追いつけないのに、友として認めてくれた。肩書ではなく、名で呼べと言ってくれた。
「よろしくおねがいします」
「ああ」
拳と拳を軽く合わせ笑いあった。
私と団長――――オットーとの間に、新しい絆が生まれた瞬間だったと思う。
ディックは問題なく殿下の兵団に入団が決まった。
王都への帰り道は五日で駆け抜けた。
私が副団長から降ろされることもなく、三人と殿下で打ち合いをしながら腕を鍛える日々。
兵舎に私は一人部屋をもらうことになった。ディックは最初から四人部屋で問題ないらしい。
……オットーと同室でなくなるのは、少し寂しかった。
オットーは帰城してからも、私と二人のときには素の口調で話してくれるようになった。私も二人のときには普通にオットーと呼びかけることができるようになった。
友、という関係になってから、私達は増々呼吸が合うようになった。
兵団にも少しずつ人が増えた。
遠征に出た先で見つけた手練な平民や、平民に混ざって魔物を討伐していた貴族とか。
三年で兵団の人数は九人になった。この頃には殿下の直属の兵団は国のどの騎士団よりも精鋭揃いだと噂されるようにもなっていた。……そこは、まぁ、否定はしない。多分、そのとおりだと思うから。
そして、私が殿下の目に止まった御前試合で、十人目が決まった。
「どうして、私が」
三年前も、私は同じようなことを言ったかもしれない。
剣の手入れを怠って、決勝で剣が折れて負けとなった私。
十人目の彼――――ユージーン・アディントンは、決勝の前に保護した迷子の子共の親を探してて、試合開始に間に合わずに不戦敗。
そんなユージーンの入団を決めたのは殿下で、頷いたのはオットーだった。
単純に剣の腕だけを求められているわけではない。もちろん、腕があることは大前提だが、殿下とオットーには他に明確な基準があるようだ。……私はまだまだその基準はわからないけれど。
三年という時間が過ぎても、団員が十人に増えても、オットーは団長だし、私が副団長であることは変わらなかった。
そして。
私の隣には常にオットーがいることも、変わらない光景だった。
*****
過去話はここまで。
次回から婚約編と絡みます^^
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