魔法が使えると王子サマに溺愛されるそうです〜団長は副団長を嫁にしたい〜

ゆずは

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団長は副団長と友になる

1 副団長、怪我をする

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◆side:ザイル

 中に着るシャツは華美ではなく、動きやすさを重視したもの。汗が乾きやすいなら尚いい。
 濃紺のトラウザーズにベルトを通す。
 ブーツは履きなれたものを。
 鏡の前で濃紺のジャケットに袖を通す。肩周りは動きやすい様、ゆとりがあるのに、だらしなくはなく。不思議なほどに体に馴染むし、サイズはぴったりだった。

「………」

 少し長くなった髪をしっかりと結い上げ、改めて鏡の中自分を見ると、自然と口元が緩んだ。
 ……ああ、駄目だ。どうしても顔がニヤける。
 まさかこの軍服に袖を通すことを許されるなんて。
 私はなんて幸せ者で幸運の持ち主なんだろう。
 鏡の前で自分の姿を何度も確認して喜びを噛み締めていたとき、

「ザイル、支度は――――」

 ……と、オットーさんが扉を開けて、鏡越しに目が合って固まってしまった。絶対私、変な顔で喜んでいた……!

「………っ、そろそろ出ますよ」
「は、はいっ」
「っ、大丈夫。十分似合ってます」
「…………っっ」

 笑いをこらえたオットーさん。
 うわあああ…っ、駄目だろ私っ。顔が、顔が熱い……!!

「よく似合っているので、自分に見惚れてないで早く出てきてくださいね」
「は………ぃっ」

 そう言い残して、パタンと閉まる扉。

「あ゛~~~~っっ」

 どうしようもなくてその場に蹲ってしまった。
 オットーさんに変なところ見られた。
 なにこれ。すごいはずかしいんですが……っ。

 顔の熱がひいてから洗面所を出ると、もう剣の確認も終えたオットーさんが、ものすごく微笑ましそうな、子供に向けるような視線で私を見て、笑いながら頭をなでてきた。
 い、いたたまれない……っ。





 巨人型の魔物を討伐してからも、日常に特に変化はなかった。
 殿下やオットーさんと打ち合いをして、二人の強さを思い知らされて、それに近づきたくて己を鍛えていく日々。
 乗馬の技術も向上した。馬の素質もあるのだろうけど、より速く、より正確に馬を駆るというのは、思っていたよりも技術のいることだった。その点、リドはこちらの意図をよく汲み、動いてくれる。
 馬を駆りながら魔物を討伐することも身に着けた。下半身だけでリドを操り、上体を安定させる。――――中々それが難しく、数度落馬したが、大きな怪我にはならなかった。
 オットーさんはその状態で弓矢も扱った。その射撃技術は正確で、空を飛ぶ魔物の頭部を撃ち抜く。……この人、何者なんだろう。少し近くなった気がしたのに、あれを見たら更に遠くなった気がしてしまった。
 すごいとしか言いようがない。

「ザイル」
「はい!」

 けれど、互いに剣を振るうとき、オットーさんの思惑や動きがわかるようになってきた。
 互いの体がぶつかることもなく、互いの死角を埋め合うように魔物に対峙できる。
 この高揚感に、私は体が震えた。
 技術的にはまだまだかもしれないけれど、自分はもしかしたら彼の右腕になれるんじゃないかと。もしかしたら、相棒と呼んでもらえるんじゃないかと。
 そんな期待をしてしまう。
 そんな勝手な優越感に浸っていたとき、隙ができた。

「ザイル!」
「………!!!」

 触手を持つ魔物と戦っていたときの明らかな油断だった。
 足元から這ってきた触手に気づくのが完全に遅れ、体が宙にあがり、地面に叩きつけられる。

「……っ」

 全身の痛み。
 険しいオットーさんの表情。
 けれど私は何も言うことができず、そのまま意識を失った。





 北への遠征五日前の出来事だった。





 人の話し声がした。
 私はどうやらベッドに寝かされているようで、背中に当たるものは硬くもゴツゴツもしていなかった。
 意識が浮上してるはずなのに、体は動かなかった。指先の一つも動かせなかった。
 声も出ない、目も開けられない。

「――――油断で――――全ては――――の、責任です」
「――――問題――――遠征に――――」

 恐らくは枕元でかわされている会話。殿下と、オットーさんの。
 自覚していた優越感や高揚感が、急速に小さくなり消えていく。
 ……私はなんであんなに思い上がっていたんだろう。殿下に認められて、オットーさんの右腕になれる、などと。
 あんな初歩的な失敗をするなんて。殿下もオットーさんも、きっと私に幻滅したはずだ。
 目をかけてもらってた。それはわかってる。なのに、傲り高ぶり、結果、取り返しのつかない失敗をした。
 ……きっと、北への遠征には連れて行ってもらえない。もしかしたら、明日にでも除籍を言い渡されるかもしれない。
 いやだ。
 ようやく、やっていける、と、思い始めていたのに。

 体を動かせないのに、涙が流れたのはわかった。
 その涙を拭うように指で触れられたことにも気づいた。
 ……それから、すぐ、体の中が熱くなっていく。柔らかな何かに全身が包まれているような感覚だった。
 その熱が落ち着いたとき、背中の痛みがなくなった。
 感じていた息苦しさも軽くなっていた。
 指先を少し動かせた。

「ザイル」

 その声に呼ばれて、静かに瞼を持ち上げる。

「ザイル」

 視界の中に、白いローブを着た人と、なんとも言えない表情で私を見るオットーさんが、いた。



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